二子玉川のホームから川上をのぞく
■この頃は、午後5時になるともう暗い。
だから、どう見ても午後5時とは思えず、午後7時ぐらいに思えてしまうのだけど、時計を見ると、まだ5時で、「まだ」と思うのなら、得をした気分になるのかというと、そうではなくて、ものすごく、損をした気分になる。
■朝まで起きていたりしたとき、朝日を見て、きれいでびっくりするのだけれど、そのときいつも、内田百間の『阿房列車』(ものすごくおもしろいので超お薦めです)という三巻本の随筆のどこかで、いつも午後まで寝ている内田百間が、寝台列車に乗って朝まで寝られずに、空が明るくなって来たから窓外を見ると、きれいな朝日が出ていて、それを見て「こんなものが毎朝出て来ているとは驚くべきことだ」と、同行の弟子を叩き起こして「朝日を見ろ」という場面があるのだけれど、そこを思い出す。
■だからようするに、ぼくの写す写真が、どうもいつも、もちろん例外はあるけれど「夕方」なのは、前記のように、この頃は日が暮れるのが早いということと、内田百間のように、起きるのが遅いということがある。
■うちの猫はよく鳴く。鳴くというか、いちいち声を出す。
最初は、その全部に意味があるのかと、声を出すたびに、猫の方を見ていたのだけれど、見ていると、そういうわけでもなさそうで、どうもただ何となく声を出している。
人間でも、おしゃべりな人、というのも、もしかしたらそうなのかもしれない。
■ぼくは喘息持ちで、軽い発作のときでも、声が出難くなる。かすれるというか、ちゃんと声にしようとすると、力を入れないと出ない。だから、そういうときは、とても無口な人になってしまうのだけれど、そこに大した意味はなく、とりたてて機嫌が悪いわけではない。
■喘息のつらさを、人に説明するときに、両手を鼻と口にほぼすき間なく引っ付けて息をしてみて、という。大体、ああして息をするときの感じが、発作のひどいときの感じに似ている。
だけどああいうのでも慣れるから、慣れというのはすごい。
■ある男が女の子に生まれて、育てられて、大人になって、ある男と出会い、恋をしたのだけれど、その出会った男も、ある女が見た夢、というのを考えてから、そのことをずっと考えている。
夢とうつつの交錯。
■新聞に「死ぬときに後悔すること25」という本の宣伝が載ってあって、丁寧にもその25個の後悔することが書かれてあって、「たばこを止めなかったこと」とか「記憶に残る恋愛をしなかったこと」とか「子供を育てなかったこと」とかいろいろとあって、それをじっと読んだのだけど、「この本に書かれてあることを真に受けてしまったこと」というのはなかった。
■ポニョのメイキングがものすごくほしい。
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登録日:2009年 12月 07日 20:17:56
コメント
>いちいち声に出す
以前、ある地元誌にこんなことを書いたことがある。
「ドライビング・ランドスケープ」と題し、湘南海岸沿いのR134を逗子から茅ヶ崎まで、車で時速40キロ、時速60キロと2度走り、車窓から見える景色や看板や標識を、気がつく限りいちいち声に出して録音し、あとでそれを文章化し、それをそのまま記事にする。
「デニーズ、、駐車禁止、、波頭、、赤い水着の女、踏切、、犬、、鳶、、、」という風に。
そうすると、当然だけれど、時速60キロの時の方が時速40キロの時と比べて情報量が少なくなる。速度が増すにつれ視野狭窄が起こり、同時に注意力の狭窄も起こるからだ、、、そのことを確かめる実験でもあった。なぜそんな馬鹿みたいなことをしたかというと、、、、ある本で、「光速の99.9999%の速度のロケットで飛ぶと、視野狭窄が顕著になり、ほとんどなにも見えず、真っ正面に髪の毛一本ほどの景色(光?)が見えるだけとなる」ということが書いてあったから(笑)。
いやぁ、光速にはほど遠いけれど、車でたった20キロの差でも、あとで書いたものを読んでみると、かなり違う。まぁスピード出せば出すほどよく前見てなきゃ危ないんで(笑)、細かい標識なんて見るヒマはなくなる、、という単純なことなわけだけどね。
でも面白かった。それに、そうか、声に出そうが出すまいが、僕たちはもともと切れ目なんてないアナログの風景、つまり世界を、そうして言語として記号化しデジタルに換えて認識しているんだなぁと実感した。
がぶん@@ @ 2009年 12月 08日 22:08:35
>車窓から見える景色や看板や標識を、気がつく限りいちいち声に出して録音し、あとでそれを文章化し、それをそのまま記事にする。
それおもしろいなあ。
でも前に、1時間の間に頭に思い浮かぶことの、それをやってみようとしてみたことがありますけど、頭に思い浮かぶことのほとんどは「言葉以前」で、字では書けませんでした。
山下 @ 2009年 12月 09日 04:16:00
朝日も夕日も好きです。
特に朝日が好きですが、やはり朝まで起きていた時でないとなかなか出会えません。
それでも、日の出が遅い冬はチャンスです。
>いちいち声を出す。
それ、私もよくやります。
頭に浮かぶことを書いてみようと思いましたが、私は思いついた先から書いてる間に何処かに行ってしまいます。
難しい。
よこ @ 2009年 12月 09日 13:46:13
いまもぼくの横で、うちの猫が、おそらく何の意味もなく、声を出しています。
山下 @ 2009年 12月 09日 19:22:31
中学の頃、腕時計を初めて買ってもらって、教室に時計がなかったので、いつも腕時計を見ていた。忘れたりなんかしたらもう一日中落ち着かなくて、授業中、隣りの人に何度も「あと何分?」と聞いていた。開始15分ぐらいしか経ってなくても聞いた。たぶん8分置きぐらいに聞いた。5分は頑張るけど10分は待てない…みたいな(笑) あの時、みんなもそんな感じで、でも好きな先生の授業の時は聞いたりしなかった。でも逆に、あんまり楽しくても残り時間が気になることもある。だけど、大概、一緒に居る人がそっと時計を見ると、なんか悲しい。
子供が親に、恋人が相手に、「ねぇねぇ」とか、名前を、何かねだるように、甘えるように、振り向くまで言ったりして、「何?」と言われた側が答えると、「なんでもない」「呼んでみただけ」と少々満足そうに言う。
あれは、言っている側の、一緒にいるその時が満たされている中での一種の愛の確認のようなもので、ただ言いたいだけで、だだ答えて欲しいだけで、いや場合によっては答えられなくてもよくて、何があるというわけではない。意味は無いけど、意味にあふれている。猫くんも、ご主人の視線やその存在に、ひとりそうやってほくそ笑んでいるのかもしれない。状況はわからないけれど、そんな風に読んだ時思った。だって、ご主人様、時々ボクを置いてけぼりにするから、こんなに一緒にいられる日々は嬉しいんだもーん。て。
「おかーあさん」 「なぁに?」 「おかーあさん」 「なぁに?」 ……
それだけで成り立つ会話もある。
それとも、ご主人様に似て、彼も、ひとり演じながらの妄想中なのか(笑)
あと、ん、イチイチ声に出す人、いる(笑) それも、誰かいる時に限って。そばに人が居ない時には静かに黙々と仕事をしているのに、誰か居ると、言う人。忙しい時、集中したい時はイライラする(笑) あれは場を盛り上げようとしているのか? 自己アピールなのか? なんなんだ。
そうかー、でも、無口な人になっても全然平気。しゃべれなくても起きられれば何とかパソコンには向かえる。大丈夫。こちらには今のところ、取り立てて不都合はございません(笑)
ごきげんよう。
kiki @ 2009年 12月 09日 19:46:47
上のコメントを読んで授業中に「いま何分?あと何分?」と、いつも、ほんとうにいつも考えていたことを、とてつもなくリアルに思い出した。45分の授業が始まって、時間を見たときに、まだ5分しかたってなかったときの、あのおそろしくも、ぞっとする気分に勝てる気分は、今のところ、ぼくにはまだないです。
山下 @ 2009年 12月 09日 20:47:23
ボクがいつも人にきくのは、、、、
何かの申込書書いてるとき。
「えー、いま平成でいうと何年でしたっけ?」
がぶん@@ @ 2009年 12月 09日 22:55:54
昭和で言うと今何年?なんてこと、いまだに言う(笑)
昭和の時代に西暦を意識したことはほとんどなくて、昭和と印字されたうんざりする量の未使用の書類を使うたびに、次作る時は平成と印字するのはやめようと思った。すごく思った。書類を使い切る5年ぐらい、ずっと思った。晴れて作ってみて、とても不安に思った。平成とも書かず、数字から書き出す日付は、ことに、一ケタで始まる年数は見た目が悪い。そんなことを思っている間に、21世紀がやってきて、今度は西暦の末尾2ケタを書く人もいて、西暦と和暦がごっちゃになって、すごくイライラしたのを覚えている。
来年、寅年。え?今年なに年? ね、うし、とら…あ、うし。いつも最初から言わないとわからない(笑) しかも一個前だから、ゆっくり考えて言わないといき過ぎる(笑) でも3月ぐらいから10月ぐらいまでは全然考えるとっかかりもないので、わからなーい。あ、テレビの上に干支の置物があった…(笑)
授業って45分だっけ? ホントにリアルに思い出したんですね(笑)
おはようございます。夢に見ませんでしたか?(笑)
kiki @ 2009年 12月 10日 15:29:47
>「おかーあさん」 「なぁに?」 「おかーあさん」 「なぁに?」 ……
私、やってた気がする・・・。
あれ?
私、授業って50分だった気がする・・・これが耐え難く、よく目が閉じちゃって(笑)
よこ @ 2009年 12月 21日 18:29:38
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