そぼくな疑問
【ロンドン/英国 20日 AFP】テレビの視聴はかつて考えられていたよりも、視力の低下、肥満、性的早熟や自閉症になりやすいなど、子供たちの健康にとってリスクを高める可能性があるとの研究結果が発表された。
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(c)AFP/ABDELHAK SENNA
ときどきそぼくに疑問なのが、何にせよ「昔がよかった」もしくは「昔はよかった」的なやつで。
このニュースのように、もしほんとうにそんなにテレビが悪いのなら、テレビなんかなかった時代が、少なくともその部分においてはとても「いい時代」だということになる。少々不便ではあったけれど、子供たちは日の高いうちは表で元気に走
り回り、暗くなったら寝る、みたいな。健全、みたいな。少し前にはやった「なつかしの昭和ブーム」みたいに。みんな貧しかったけど、1人1人に部屋なんてなかったけど引き蘢る場所もなくて、愛にあふれてました、健全、みたいな。
なら、そのままにしていればよかったのにと思うけど、そういうのはそのときには気がつかないらしくて、過ぎてから「ああしまった」と思うことになっているらしい。物ごとは過ぎてから、はじめて正しく判断が出来る、ということになっているらしい。
だけどその理屈でいくと「今」は「ほぼ間違っている」ということになるのだから、ならそういう風にふまえて修正したり、行き過ぎに注意したりすればいいのに、そうもいかないらしい。
だけどそれって、結婚した相手が、日に日に太り、恥じらいも体裁をかまうこともなくなり、何だか憎たらしい口調でぞんざいにものをいうようになり、憩いの場「家」に帰ってきてもこれじゃあ「癒されません」とかいう人が、いがみあって別れたかつての彼女(もしくは彼氏)を思い出し「もしあいつと一緒になっていれば」とか考えはじめ「確かにあいつもキツイ奴だったけれど、こういうところは優しかったなあ」「そうだそうだ。そういえばあいつは子犬なんかをとても愛でていたなあ」「ああそうか、いい奴だったなあ」「うん。とてもいい奴だったなあ」となり、もうそこまでいけば現実とはかなり乖離してたりするのだけれど、そんなことはもうどうでもよくて、すべては甘い思い出となり、なら何故いがみあって別れたのかということになるけれど、それは若さゆえの過ちであったということで、甘く肯定され、だけどもかつての「あれ」が若さゆえの過ちなのなら、今の「これ」は若さもへったくれもない人生の過ちということになり、正しく間違っているということになり、子供もおるし、後悔するにもほどがあるということになり、愕然、という流れに似てないか。
それならただの無責任な奴ではないか。やすもんのドラマの主人公みたいではないか。
そうか。ようするに人は大変な「今」をうっちゃるために、昔をなつかしんだり、大変な「今」を否定してみたりするのか。たしかに「今」はどんな「今」でも大変だものな。それに「今」に「いい」も「悪い」もないものな。「今」は「いい」も「悪い」もひっくるめて、俯瞰が出来ないからこその「今」だものな。
だけどそうなると、やっぱり「昔はよかった」は正確ではないということになる。昔も、そのときはやっぱり「今」で「いい」も「悪い」もなかったということになる。後からそういってるだけということになる。そしてそれはもう「別れたあいつが素敵に思える」と同じで「フィクション」ということになる。だけど「フィクション」なら、あまりもっともらしいのは逆にうさんくさい。テレビを見過ぎると糖尿になるとか、自閉症になるとか、かしこいのだろう人にかしこそうな理論で責められれば責められるほど、うさんくさい。
だって、あんまりテレビを見てると「太る」というのは、それは動かないからじゃないの?それなら本を読み過ぎても太るし、そのうえ本の読み過ぎは目も悪くなるし妄想癖に拍車もかけるし変態度だって増すといえば増す。何もせず寝転んで天井をぼんやり見続けてたって太るし、太るから糖尿にもなるじゃない。そんなことどうとでもいえるじゃない。
ていうか、人なんて「病む」角度でとらえたら何をしてたって「病む」じゃない。
コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 02月 22日 04:25:50
コメント
後になって考えてみると
よく頑張ってやったな~(*^^*)
とか
何でそんなことしちゃったんだろ…(-"-)
など色々思い返すことは多々あります。
20代の頃は、未熟な昔を後悔することが多かったけれど
30代も後半となると、若さで頑張れた昔が懐かしく
結構私もちゃんと努力していたな~などと褒めてあげたくなる。
結局、思い返す時の今の自分の状態がキーで
今まさに頑張っている、充実している人は
思い返す必要もなく、今を満喫しているはず。
ちょっと、日常がマンネリ化して
時間をもてあましている人に限って
昔の自分と検証してみたくなるのかも…
と思ったりしますが…
もし充実していない今だとしても
何年かしたら、「あの頃は適当な毎日で楽だったな~」
となるのかもしれない(笑)
結局今の評価は、今出来ない。
「あの頃はよかったな~」と思っている今も
また何年かしたら、同じように思うのかもしれない。
そう考えるのなら、今はいつでも最高なんじゃないのかな。
話は逆になりますが…
昔大事にとっておいた雑誌の付録とか、可愛い小物など
当時は、それはそれは使わずに大切にとっておいたのですが
10年位すると、捨てられるんですよね…
特に、1年間の手帳なんて、その時使わなくちゃダメぢゃん!!(笑)
そう初めて思った時に、今大事にしているものも
いつかは捨てられる日がくるはずだから
今捨ててもいっか~ と思えるようになりました(笑)
発想の転換も時には役に立つかも(笑)
kiki @ 2007年 02月 26日 00:41:23
>そうか。ようするに人は大変な「今」をうっちゃるために、昔をなつかしんだり、大変な「今」を否定してみたりするのか。たしかに「今」はどんな「今」でも大変だものな。それに「今」に「いい」も「悪い」もないものな。「今」は「いい」も「悪い」もひっくるめて、俯瞰が出来ないからこその「今」だものな。
そうだね!!
しかしいつもここの文章を
山下さんの声をイメージして読みますが
すると舞台の上で台詞が展開するがごとくリズミカルでホント素敵。
桜井浩子 @ 2007年 02月 26日 23:33:21
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