私は1人でいい

ヤギも木に登る

【5月27日 AFP】モロッコ南西部の町タルーダント(Taroudant)ではこの時期、ヤギがアルガン(Argania spinosa)の木に登り、苦い実を食べる様子が見られる。アルガンはモロッコ南東部の半砂漠地帯に生育する樹木で、8メートルから10メートルの高さまで育ち、およそ200年の寿命を持つ。アルガンの森は80万ヘクタールの範囲に広がり、ユネスコ(UNESCO)により生物圏保護区に指定されている。(c)AFP

AFPBB News


 「私にご褒美」的なもののいい方を普通に聞くようになって、もうずいぶん経つけれど、あの「褒めてやる自分」と「褒められる自分」みたいな「自分」を分割する風のあの方式は、よくよく考えるとずいぶんおそろしいものであると、いまいち

「具合がよい」とはいえない状況に今ある僕は、考える。

 というのも、僕は今、もうほんとうに何日かのうちに片付けてしまわなければならない仕事のいくつかを抱えていて、ほんとうならば、ま、何が「ほんとう」なのかはともかくとして(って、こういう浮かべた態度なのです今から書こうとする問題は)、睡眠時間も削り、ふらふらと出歩くのもやめて、1日机の上に座ってなきゃいけない、そんな状況であるにもかかわらず、寝るし、出歩くのである。いつものように寝しなには本も読み、テレビもチラ見するのである。日常のどこにもエマージェンシーの気配がないのである。

 これはどういうことなのか。

 答えは簡単なのである。僕は怠けものなのである。

 が、しかーし。問題はそんなに単純ではない。ここから上記の「自分を分割して統治する」という今風の考え方があらわれるのである。「怠け者でよいではないか」が、状況に切羽詰まって「いいのかそれでほんとうに」になり「いけないのではないか」となる。なるけど、この「怠けもの」は、ただ者ではないから、そんな程度じゃ動かない。で、どうするかというと、自分を分割しといて自分で自分を責めるのである。褒めるのではない。責めるのである。とにかく責めておいて「責めましたし」みたいな既成事実を作ろうとするのである。それもおそろしいことに自分に対して。どうしようもなく「怠けもの」な自分におそれをなした自分が編み出した何ともいえず厄介な「いいわけ」をし始めるのである。

 これはやばい。かなりやばい。「あそこで鳴いとるのはカナリヤばい」

 いつの間にか植え付けられた「怠惰は敵」な教えが、こういう土壇場と認識したエマージェンシー時にあらわれてくる。あらわれてくるけど、育ちに育った「怠けもの」がいまさらどうにかなるはずもなく、こうして30年前にはなかったであろう新しい自分認識作戦「自分を分割して褒めて貶す方式」にからめとられていく。

 「自分へのご褒美」などというて、高価な指輪を買ったりしているのを眺めているうちは、まあまだいい。けれども、こと、問題がこの僕のように「だめ」な部分になると、これは由々しき問題である。百害あって一利もなしである。あんなものは即刻すたらせてしまうべきであるし、いっこくもはやく自分を「なまけ者」に統一してしまうべきである。自分。

 で、木に山羊。今までここで見た写真の中で1番すごくないですか。

コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2007年 05月 30日 02:58:03

コメント

わー。壊れてるー(笑

一応責めといてやっぱり「なまけ者」の方に統一してしまうんや(笑

よっ!山下屋!日本一!(最近気に入ってます)

「責める自分」に統一してしまうと気病むからね~。

yuko @ 2007年 06月 11日 23:50:33

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山下澄人
FICTION WEB
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「FICTION 」主宰。映像、ラジオドラマのシナリオも手がけ、2005年には初監督作品「ON THE ROCK」を発表。

E-mail:yamashita@fiction.gr.jp
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