いえてるけどいえてないこと
【4月18日 AFP】スウェーデンのウーメオ大学(Umeaa University)は17日、同国で樹齢1万年近い、現存する世界最古のトウヒを発見したと発表した。
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(c)AFP
「済んだこと」や「人のこと」は「どうこう」いえるけど「現在進行中」のことや「自分のこと」となると「どうこう」いえなくなってしまうのは何故か、昔から不思議で仕方がなかった。
回りの大人に聞いても「人間、今のことはわからんもんや」とか「人のことはようするに人ごとやからな」とか、挙げ句には「そういう風に出来てる」といった屁
の理屈にもなってない意見を口にするだけで(でもまあ、それがいちばん「なるほど」と思えたものですが)、その謎は長いこと解けなかったのだけれども、最近、その謎が、突然解けた。
それは解けたから「現在進行中」のことや「自分のこと」がわかるようになったとかいうんじゃなくて「済んだこと」も「人のこと」も「どうこう」いえているようで、結局何もいえてないということがわかったのである。
たとえば、誰かが誰かにダメ元で「もの」を頼んだとする。すると意外や「いいよ」となったとする。で「いいよ」ってなったから「もっかい」と再び頼んだとする。すると今度は「いや」といわれたとする。こういう話を聞くとたいがいは「2回も頼んだりするからよ」とか「1度でやめときゃよかったのに」とか「どすけべが」とかいわれる。たぶんぼくもそういう。で、いわれた本人も「そうかあ」と思う。
しかし。果たしてそれはそうなのか。2回頼んだから「だめ」だったのかどうかは確かなのか。ほんとうに2回も頼んだりしなければ、何か別の展開を見せたのか。そんなことは誰にもわからないことではないのか。結果、そうなっただけで、2回頼んだとしてもうまいこといった結果だってあったのではないか。ていうか、そもそも結果から遡って「外」からながめて「どうこう」いうことなんて、ほんとうは「生きている人間」には出来ないんじゃないか。だいたい結果から遡るというのなら、信じられない展開をみせていることの方が、むしろ多いし。
人は生きている限り世界の枠の「外」になんか立てない。だけどそれはよく考えてみると、とても不安でこわいことで、だからときどきそういうとき(だから「済んだこと」や「人ごと」に遭遇したとき)、何かとても安定した「外」に立っているような気がして、突然すべてが見えたような気がして、わかったような顔で「どうこう」いいたくなる。とてもなる。だけどその「どうこう」も、自分の身に同じようなことが起きたときには「クソ」の役にも立たないのも人は、ていうかぼくは、知っていて、だから何か起きた際に「人生、何が起こるかわかりませんからねぇ」だとか、パチンコで負けた際「あんなものは負けるように出来ているのですよ」とかいわれたときに、何だかものすごく腹が立つ理由はたぶんそこらへんにあるし、人にそんなようなことを口走ったあとの後味の悪さも、そこらへんにある。
ということがわかりました。
で、樹齢1万年。1万年。1万年ですよ。何それ。
コメント[8], トラックバック[0]
登録日:2008年 04月 21日 20:18:29
コメント
人に何か言いたくなるのは、それは、やっぱり、人に興味があるからで。コメントだってしたくなる(笑)コメントしながら、より深く考えたりする。だって、楽しーんだもーん"^_^" なーんにも、それこそ、どう思っているのか解らない程、自分の言葉(うけうりも含めて)を言わない人もいる。私は、その人がとても不思議だ。人が気にならないのか???
ストレスたまらなそうでいいな~、もしかしたら言えないだけでストレスの塊なのかな~、この人は何をしたら発散出来るのかな~、今喜んでいるのかな~、怒っているのかな~、本当は気が進まないのかな~
<いえていない>と突然言われても(笑)フォログやブログ、もちろん芝居を楽しみにしている人はたくさんいる。歯に衣着せぬもの言いも、いえていないと語る謙虚さも、訪れる人達は、どれも頷き、楽しんでいる…と思う。
現実は、作り話と違って、先を何パターンか予想は出来ても、読み切ることなんて出来ないし、人の気まぐれに振り回されることもある。いくら自分で気をつけていても、突発的な展開はやってくる。そして、予想もしなかった人生の枝わかれに遭遇する。でも、山下澄人はそれを模索し、具現化しようとする。そこに謙虚さは必要なのだろうか。何か心ひかれる<感>に導かれたりするのではないだろうか。理屈は抜きにして。
2回…(笑)しつこく、しぶとく、食い下がる(笑)<KY>なんて言われても、今を逃すわけにはいられない(笑)言っておきたいコト、それも後になって言えることかもしれないけれど、言いたいの。伝えたいの。参加したいの。第一、そんな<KY>なんて、略しちゃ解らない(笑)最近の流行は根拠が見えなくて難しい…
いずれにしても、<気づく>というコトは、何事にしても素晴らしい。また一皮むけたということでしょうか?うろたえながら、人は日々精進するのですね。
ソクラテスの「無知の知」。大好きだった倫理の先生の授業で、私が得たもの。
それこそが、自分を見つめる、知る、第一歩。
…で、何で、この記事だったのでしょう(笑)
今回も堪能し、私も、いえてないコメントしときました(笑)
ますます今後の活動が楽しみっっ(*^_^*)
kiki @ 2008年 04月 22日 07:09:33
どんなに頑張っても、人間所詮は自分の枠の中でしか物事を考えられないし
何も言えない。
だから「済んでしまった事」に対しては少し安心した気持ちになって、
綺麗事を言えてたりするのかなぁ。
もしそれが現在進行形だったら、同じ事が言えるんか?って考えたら
多分言わないですよね。いや、絶対に言わない。
済んでしまった事に対しては何も責任が伴わないから「どうこう」言えるのでしょうね。
好き勝手に。
ところで樹齢1万年ですか・・・ほんまに「何それ。」ですね (*^▽^*)ゞ
ゆるり @ 2008年 04月 22日 16:00:56
前回の『記憶の捏造再び』と今回『いえてるけどいえてないこと』何回も難解も?何回も読んで、私なりに理解したのですが、それをどのように言葉に表したらいいのか、その言葉がみつからなくって・・・。
でも、その気持ちを、重ねてとっておきたいです。。。
コメントの場所が違いますが、『うさもち』動画で拝見してます。
私が、山下さんを初めて拝見した『うさもち』と感じが違いますが、
大山さんもトンずら?した山下さんの後を引き継いで
あちょいな・ちょいな~とお店がんばってくださいね。。。。
kumi @ 2008年 04月 23日 14:25:19
相手がどれくらいの重さで問いかけ、知りたいのか。
特に答えを求めていないのか、一般的な意見なのか、もっと深く向き合って語り合い、時には、いさめて欲しいくらいなのか…
何かを言ったり、コメントするって難しい。
私はだらだら書いて、自分自身の頭の中の整理をしたりするので、ちょっと…いえ随分はた迷惑で重いかもしれません(笑)(笑っているのは私だけだったりして…)
山下さんが「気にせず、書き込んで」と、たまにこの中で言って下さいますが、あんまり深く堅く考えても「そこまでは聞いてないよ…もっと気楽に…」なんて言われやしないかと思っている人もいるかもしれないし、こんなに長々コメントする私ですら、毎回思いながら、恐らく10分の1ぐらいでとどめている(笑) 長ければ良いわけではなく、短かいからこそ伝わることもあるし…人に伝えるということは難しい。
でも、近いようで、距離も時間も直接的でないブログコメントというものは、会って話すこととは違う。即答しなくてもよい、客観的に考えられる良いつながりなのではないか…と改めて思ったりした。
普段、あまり付き合いの無い人にメールするのも、それはそれは何度も見直し、これでヨシ!と思って送信しても、リアクションがくるまで不安なものです。自分の伝えたいことが上手く表現できたか…それは、やっぱり、誤解されたくない大切な人だと思うからです。
いえてないと気づいた山下さんは、改めて、人?こと?に向き合って、きちんと思慮した結果なのでしょうね。
ま、〈そういう風に出来てる〉のですよ、世の中は(笑)
あ~身もふたも無い(笑)
しつこく登場。めげずに2回コメントしたぞっ(笑)
kiki @ 2008年 04月 23日 21:25:56
いつもコメントを楽しみに読んでいます。本来ならばひとつひとつに対して返事をするのがこういう場の流儀なのでしょうが、それらを含めての「本文」だとご理解ください。「どこが」とお思いかと思いますが、みなさんのコメントから「本文」が動きだすことも多々あるのです。
てまあ、ただの横着だったりするのですが。わはは。
で、ええと、今やってる「うさぎたちのもちつき」は、いちおうぼくの名前も入ってますが(原作者として)、今回のものに関しては、ぼくは一切手を出していません。ごめんなさい。
山下 @ 2008年 04月 24日 02:17:12
わわっ。わざわざありがとうございます。
今やってる「うさぎたちのもちつき」。。
感じが違うと感じたのは、ある意味正解。だったのかな?
なんせ、前の「うさぎたちのもちつき」で、ぼそっとつぶやいたマスターの言葉がきっかけで、ここに寄らせていただいてます。
そう考えると、やっぱり、FICTIONの劇に妄想?が膨らみます。。
kumi @ 2008年 04月 24日 11:26:58
「百万回生きたねこ」という絵本がありますよね。ここで言う「百万」とは、ものすごく何回も何回も生きたり死んだりしたっていう意味で、子供達はこのお話が大好きなのですね。
で、樹齢「一万年の木」・・・それはものすごく長生きの木のお話。
何してまんねん一万年
生きてまんねん一万年
死んでまへんねん一万年
何してまんねん一万年
年輪数えてまんねん一万年
こんな「言葉遊び」も子供達は喜びそうだし、私の想像もそんなところへしか飛んでいかない。
宇宙の誕生から人類の歴史、恐竜もマンモスも氷河期も、全部一括りに「大昔」としかいえない私は、何にどのくらい驚いたり感動したらいいのかわかりません。
だから、
これも、やっぱり「いえてない」感じ。。。
nana @ 2008年 04月 24日 11:57:36
>それらを含めての「本文」だとご理解ください
>みなさんのコメントから「本文」が動きだすことも多々あるのです
山下さんが〈オウチャク〉(そうは決して思えないけど)で良かった"^_^"
何かへ動きだすかもしれないなんて…
あ~ロマンチック☆.。.:*゜ ステキ☆.。.:*゜
そのカケラに成れるかも…と思うだけで、楽しい(*^_^*)
kiki @ 2008年 04月 24日 21:14:03
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