そういう人

 ぼくは基本的に「おっちょこちょい」である。

 ちなみに広辞苑によると「おっちょこちょい」は「ちょこちょこしていて考えの浅いこと。軽薄。また、そういう人」とある。ま、えらい書かれようなのである。  

 ただまあ確かに、そういう側面はある。たとえば、「いい」となったら、もうそ

こら中ふれてまわる。どこかの回し者かと思われるくらいふれてまわる。引かれるくらいふれてまわる。

 ちなみに今、ふれてまわっているのは、保坂和志さんの新刊『小説、世界の奏でる音楽』新潮社1900円(税別)で、もうほんとうにこれはちょーいい。まだ1章しか読んでないけど。でもあとの全部がつまらなくったって、1章があれだけ面白けりゃ、もうそれは面白いということでいい。ていうか、1章があれだけ面白けりゃ、他も面白いに決まってる。読まなくてもわかる。だから何なら読まなくてもいい。わかるものはわかる。

 でまあ、ぼくのそういうところを冷めた目で見る、冷静で堅実な「反おっちょこちょい」のひとつ違いの妹なんかは「また?」となるのだけども、ものごとは「また?」というより「また?」といわれている方が絶対に「いい」と、これまた強く信じているので、そんなクールアイにいくらさらされてもひるまない。

 「おっちょこちょい」は、何かが自分のどこかに当たるとすぐにはまる。はまるというのは「恋」をするようなもので、恋をした「おっちょこちょい」には、どんな「あばた」も「えくぼ」に見える。「どんなに好いてようと「あばた」は「あばた」として見る必要があるのじゃないの」と、いっけんもっともなことをいうのが「反おっちょこちょい」なのだけれども、ぼくらにいわせれば「何を賢(さか)しらなことをぬかしとんのじゃ」なのである。ぼくの中学のときの友達は、ほんとうに好きになるということは「その相手のうんこも食べられるということや」と、いっていたのを今、思い出して、少し感動したけど、ま、そこまであれ出来るかどうかは別として、いいたいことはとてもよくわかるし、そういうことなのである。「おっちょこちょい」は好きになると、それの全部が好きになるのである。そうでなきゃ、好きになるとはいわないのである。

 そして「あばた」を「えくぼ」として見る力は偉大なのである。

 ぼくはゴッホの「ひまわり」を見ているといつもそう思う。ゴッホが弟のテオに宛てた手紙を読んでいるとあの人はとても「おっちょこちょい」に思える。だけど、その「おっちょこちょい」が、道ばたに咲いていたどうってことのない「ひまわり」を見て「きれいっ。ていうか、きれい以上やっ」となって、そのどうってことのない「ひまわり」が、ゴッホには気持ちがかき乱されるほどの「えくぼ」になって、だから絵に描かずにはいられなかった(たぶん)。で、ゴッホが絵にしたとき、どうってことのないものとしか見えなかった「あばた」な道ばたの「ひまわり」が、あら不思議、どうってことのある、世界の「えくぼ」となった。「おっちょこちょい」の「愛のちから」でそうなった。

 そう。「おっちょこちょい」は「愛のちから」が強いのである。そして「おっちょこちょい」は、その強い「愛のちから」で世界を変えるのである。

 ただ、「おっちょこちょい」は飽きるのも早い。とても早い。だけど「いつか飽きるのだから」と「好き」になるのを止められないのも「おっちょこちょい」の「おっちょこちょい」たる由縁で、だからときどきうっとうしく、はた迷惑で、痛い「KY(古いですか。古いですね)」なのである。ごめんなさいね。

 あ、もちろん保坂さんの新刊は「あばた」なんかでは決してない。誰がどこからどう見ても純然たる「えくぼ」である。誰がどこからどう見ても「えくぼ」などという「純然たるえくぼ」なんてあるだろうかと、疑り深い人はいうけれど、そこも「おっちょこちょい」のぼくは断言する。

 あるっ。

 涼しいどころか寒い。このまま冬なのかと思うと、あのくそ暑かった夏が恋しくなる。なのにおととい近所を歩いていたら、まだ鳴いている蝉がいた。何年も7年も?暗い地下で、いつか地上に出て命がけのナンパをする日のために過ごして、固い土の中から命がけで出て来て、出て来たのがもうこんな涼しい冬みたいな秋て。「何をしとるんだ」と、蝉事ながら、何だか腹が立って、でもまあ残念なのは、通りすがりのぼくではなくて蝉なので、腹立ちをおさえながら、同じように出遅れた雌がどこかにいますようにと、そっと応援しといた。

 風邪など召しませぬよう。

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登録日:2008年 09月 29日 18:47:52

コメント

山下氏長生きしそうだなあ

ロンロン @ 2008年 09月 29日 23:44:27

わはは

山下 @ 2008年 09月 29日 23:55:48

コメントしようと考えていたけど…(笑) これ以上のコメントないね(笑)

kiki @ 2008年 09月 30日 00:17:39

「おっちょこちょい」の「愛の力」がなければ人は滅びるってことですね。
そうそうあばたもえくぼ、住めば都ですがな。なんか他にありましたっけ?

nana @ 2008年 09月 30日 15:41:18

「おっちょこちょい」と「うっかり」は似て非なるか。
わたしはよく「うっかりさん」と言われるが、
時々、サイテーなタイミングでサイアクな「うっかり」をやらかす。
そんな時はもう我ながら笑うしかない。
そうしてひたすら笑っていると
最終的にはもう「天然」のレッテルを貼られているしか
存在は許されなくなる。

保坂和志さんね。おもしろいのね。メモメモ。

yuko @ 2008年 09月 30日 21:44:04

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山下澄人
FICTION WEB
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「FICTION 」主宰。映像、ラジオドラマのシナリオも手がけ、2005年には初監督作品「ON THE ROCK」を発表。

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