無題
入院なんかしている場合ではないのに入院をしていた。
いつの間にか、ある処置を受けたらしくて、右腕には点滴がほどこされていて、それは黄色い液体で、英語と数字が書かれてあるのだけど、何の薬かわからなかった。
トイレへ行くと、そこに半袖のグレーの白衣、いやグレーだから白衣じゃないのか、とにかくひと目で病院の人とわかる、だけど医者じゃない(レントゲン技師と
か)とわかる制服を着た人がいて、ぼくの顔を見ずにぼくに「あの人、捻挫の点滴入れてるんだって?」といった。ぼくが「は?」というと、その人ははじめてぼくを見て「あっ」という顔をした。ぼくを誰かと間違えていたらしい。そのままその人は、大変なことを口にしてしまったといった様子で慌てて出て行った。ぼくは、その人のいった「あの人」はぼくだったのだと直感でわかった。ぼくは捻挫の点滴を入れられているらしい。どこも捻挫なんかしていたおぼえはないのに。そういえば、数ヶ月前から体のあちこちが地味に痛かった。けども、これは捻挫ではないと思う。突然、ただごとではないことがぼくの身に起きているのだと、思った。
病室は、とてもせまい六人部屋で、どのベッドにも患者がいて、部屋の壁際にとても大きな薄いテレビが置かれていた。一番若そうに見える患者は、掛け布団だけ自分の家から持って来たらしくて、紺色の薄いダウンジャケットみたいな掛け布団を頭からかぶっていて顔が見えなかった。ぼくの左隣には土色というか木色というか、そんな色の水気がまったくなくなったような顔をした年寄りが寝ていて、その隣でパイプ椅子に座った魔女みたいな黒い服を着た老女が寝ている老人をにらみつけていた。ぼくの右隣は坊主頭のとても太った中年男が寝ていた。ところどころ顔が赤いので酒を飲んでいるのかもしれないと思った。枕元に鷹か何かの剥製が置かれていた。あとの人らはよく見えなかった。だけど、確かに「いる」という感じだけは、はっきりとあった。テレビからは大きな音で、野球かお笑いか、なんかそんな、うるさいのが聞こえていた。
右隣の坊主頭の家族らしき人たちがたくさんの荷物を持ってがやがやと入って来た。男の奥さんらしき女は、男と同じようにとても太っていて、鼻の下に汗をかきながら、「どこにおく?これどこにおく?」と手にしていた荷物の置き場所を探していて、ぼくのベッド脇に置かれていた、椅子のような荷物置きのような台をみつけて「ここにおこ」と、ぼくに何の断りもなしに勝手に引っぱり出して、そこへ荷物を置いた。そして女は家族らしき人たちと顔をあわせて、大きな声でげらげら笑った。一瞬、ぼくのことを笑っているのかと思ったけど、どうなのかよくわからなかった。
ぼくはとにかく、入院していることをみんなに知らせようとメールをした。いろんな人から返信は来たのに、一番連絡がほしい相手からは何の連絡もなかった。だけどそれが誰なのか思い出せなかった。
そんなこんなで公演に参加できなかったぼくは、せめてカーテンコールのときだけでも、出て行って挨拶と出演者紹介ぐらいはしようと思った。
観客はもちろん、出演者も何故か客席にいた。だからぼくも客席で、出演者たちの紹介をはじめた。最初は口だけで紹介していたのだけど、もっと丁寧に紹介しようとぼくは、指で空中に名前を書きながら紹介しはじめた。何人かまでは、名前を口でいう速度と、書く速度がうまく一致していたのだけど、だんだん口でいう方が早くなってきて、指で書くのが追いつかなくなってきた。だから指で書くのはやめようと思ったのだけど、お客さんはぼくの指先に注目していたのでやめられなくて、とにかく書くのが遅くなってもいいから、字だけは間違えないようにしなければと思った。
ここで目がさめた。本気で「ああよかった夢で」と思った。
あちこちで薦めている保坂さんの新刊『小説、世界の奏でる音楽』にフロイトが「自我とエス」を視覚的に説明するために描いた図が載っているのだけど、図にされると字で読んでるよりもっとわからなくて、そのことがとてもおかしい。
株価暴落といくら深刻な顔をしていわれても、まったく「ピン」とこない生活を送れていることを、とても喜ばしく思う。
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登録日:2008年 10月 08日 18:18:20
コメント
つい数分前にアップしたら、すかさず「入院?!大丈夫ですか?」とのメールが、札幌で「イレブン☆ナイン」という劇団を主宰する後輩の納谷真大から来ました。最初の一行だけ読んでメールしてきたそうです。バカみたいなブログを書くバカですが、優しい人なのです。今月末、札幌その他で公演するそうなので、お近くの方で興味のある人がいましたらリンク内にある「78のうわごと日記」へ。
山下 @ 2008年 10月 08日 19:44:26
も~ビックリした~。山下さんが本当に入院したのかと驚く。コメントを読むと納谷氏の名前があったので・・・(納谷さんの体調が悪くなって入院?)と思ったら俺の勘違いでホッとしました。サイレントサイレント見に行きますよ~。
メルマガ届きました、また感動です。(本当に夢のような時間でしてた、ありがとうございました)
S氏の全国デビューうらやましいです(笑い)
黒ひげ @ 2008年 10月 08日 23:28:09
コメント欄に書いてからまたいくつか「えっ!」メールが届いて、黒ひげさんにも心配させて、何だかお騒がせしてしまって「すまなんだなあ」という思いと、これ、だけどもし「夢」と書いてなかったらどんな不思議なことが起きたのだろか、それこそ劇団につけた「FICTION」という名の奥底の意味がつかめたのではないか、という不埒な思いとが交錯しています。
ていうかごめんなさーい。
山下 @ 2008年 10月 09日 00:02:14
おもしろいことが起きてますね。
わたしはカフカみたいだと思いました。。。
まえだ @ 2008年 10月 09日 02:33:17
ほんとですっ! ごえもんに続いて今度は山下さんかとドキドキしながら読んでいって、最後のほうであれーあれー?
で、やられた!やっぱりね…と思いました(笑)
いざ「夢」とわかるとなかなかいい感じの小説の始まりでおもしろかったです。
nana @ 2008年 10月 09日 12:38:14
あー夢でよかった・良かった・・
でも、潜在意識でどこか、自分の身体に気になるところがあるのかしら?
喘息・腰痛・風邪気味・などなど、劇もひと段落して、安心していて、でも何か調子がいつもと違うのを、感じ取っているのかしら・・・。
なんか、山下さんって、人間ドックとか、行かないタイプに思えますが、自分の今の状態を知ることって、(元気でもそうでなくても)
生きているうちは、必要だとおもいます。
なんて、行かないタイプと決めてしまいましたが、実は、そこは押さえてあったりして・・・・・。
なんか、説教じみてきて~。
ではでは、失礼いたします。
kumi @ 2008年 10月 09日 14:18:47
すぐわかったで。
夢の話やって。
yuko @ 2008年 10月 09日 18:32:12
読み手は、読んでいるその瞬間瞬間に、読んでいるスピードとは比べものにならないほどの思考がうずまき、その思考にドキドキし、書き手の世界に引っ張られていくものだと思う。だから最初の「いつの間にか、ある処置を受けたらしくて」までは、現実であるかのようで、とにかく渦巻く。というのも、日頃より伏線を読者は張られている。
山下澄人=いつもなんだかどっか調子悪い
よって、最近の山下さんの状態を知らない人にとっては、〈ありうる〉という疑いづらい読み始めとなる。もっとも、ご本人が書いているのだから、大事には至っていないとわかるのだけれど、いつもケロっとしている山下さんだから、こんな風にいつか知らない間に、勝手にぽっくりいっちゃうのかも…とさえ連想させなくもない。多くの人に「えー!!」とさせたことは、当然のなりゆき。ご多分にもれず、私もびっくりして、現実を受け止めたくなくて、飛ばして最後のほうをすぐ読んで、違う…と確認しました(笑)
気を取り直して読み進めると、トイレへ行って、グレーの制服を着た人物のあたりから、文体がどうも小説風であると気づく。ましてや捻挫の点滴など…(笑) その思考に引き戻されれば、あとは、恐らく、初めて読む山下小説の世界。カフカ?んー、手持ち作家カードの少ない私(笑)は星新一世界を感じた。顔のはっきりしない、ちょっと無機質な文体の空気。
「字だけは間違えないようにしなければと思った」 いいねー、ここ。山下さんの誠実さが無意識の夢に出ている感じで。大西さんの下の名前も以前確認しておいてよかったね(笑)
あとを読まずに山下危篤かのように疑うことなくメールをした人は、大切にしなくちゃね~。しかも、UP後速攻。泣けるね~。うっかりさんだけど、決して笑っちゃいけないよ。
にしても、最後まで読めば、どういうことかわかるのだから、あやまるなよぉ~~と、残念しきり。読者は、思わず心配したことに悔しいからチクッと感想を書いているだけ(笑) 触れないのも変だし(笑) 今回の物語の交錯の勝因じゃん(笑) 今になって言えば、この無機質な感じなら、夢としなくても全然楽しめた気がする。けど、入院はしているのかも…とは思う、やっぱり(笑)
kiki @ 2008年 10月 09日 21:28:14
まったく、危ういとこでした。
あーびっくりした。
最初んとこ読んでオロオロしながら、でも一応読み進めました、高速で。
途中からなんとなーく怪しく感じて、読むスピード落としました。
なんとか最後まで読んでひと安心。
あー良かった。
...捻挫の点滴って(笑)
あるんですか。
プププ
よこ @ 2008年 10月 10日 12:54:30
変なところが生真面目な私は(別名・バカとも言う)
「えぇっ!澄人さん、入院しはった!しかも捻挫の点滴なんかあるんや!
何があったんやろ」と真剣に心配しながら読んでました。
良かった、夢で・・・
捻挫の点滴なんて無いですよね?
ゆるり @ 2008年 10月 12日 23:56:48
捻挫の点滴。たぶんないと思います。わはは
山下 @ 2008年 10月 13日 02:06:28
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