わからな続ける力(りょく)

米映画芸術科学アカデミー主催、黒澤明回顧展

【9月23日 AFP】映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and SciencesAMPAS)が主催する、故黒澤明(Akira Kurosawa)映画監督にゆかりの品々を集めた回顧展「Akira Kurosawa : Film Artist」が19日、米カリフォルニア(Califorunia)州ビバリーヒルズ(Beverly Hills)のサミュエル・ゴールドウィン・シアター(Samuel Goldwyn Theater)で開幕した。
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(c)AFP

AFPBB News


 こないだまでずっとテレビで黒澤明の映画をやっていて、それを毎日見ていたのだけれど、見ていて「ふ」と、もしかしたら黒澤明は「何も知らないしわからな

い」から、あのような画面が撮れたのではないかと思った。

 どこでもいいのだけどたとえば、最後の日にやっていた『七人の侍』の中に、剣の達人の試合のシーンがあって、そのシーンは映画とわかっていながら、画面の中で起きていることはあくまでも映画で、作りものなのだから、ほんとうに誰かが死ぬとか、大けがをするとかいうことはないはずなのに、見ていて、ほんものの殺しあいを覗き見しているような気に、いつの間にかなっていて、だからその達人が勝つと「すげー」と、結構本気で感心していたりする。やっているのはただの役者なのに。

 で、そういう黒澤の絵作りに対して、多くの解説や評論では、黒澤監督は念入りに下調べをして、可能な限りほんものに近づけようと努力して、役者も血のにじむような努力をして、そのうえ大金をつぎ込んで撮影しているから、そうなるのだよ的な、ことが、よくいわれたり書かれたりするのだけど、だけどあれは、たぶん、そうじゃない。黒澤は「知らないしわからない」からあれらが撮れたのだ。黒澤明は「何も知らないしわからない」ということを、とてもよく知っていたからあれらが撮れた。そしてどれだけ調べて考えても、「わかった」といわなかったから、あれらが撮れた。

 「そうしたいけどどうしていいかわからないし、いくら考えてもたぶん絶対にわからない。だけどそうしたい」と気狂いみたいに思い続けられる人だけが、あんなものが撮れる。それは「才能」よりも、もっとすごい「何か」で、「才能」だけであんなものは絶対に撮れない。とかいうと「だから天才なのですよ」という人がきっといるのだけど、ていうかたくさんいるのだけど、そんなものは、ただ「考える」ということを放棄しているだけで、「天才」とかいう、どーでもいい言葉で片付けられたら、黒澤監督も気狂いみたいな絵を作ったかいがない。
 
 だけどぼくは『七人の侍』のスジを、おもしろいとは思わない。「脚本がすごい」とよく聞くけれど、正直、そういうのも何だかよくわからない。脚本が良ければ、いい映画になる、といういい方もよくされるけど、そうは思わない。よく出来た脚本なんて、細部まで計算され尽くしたディズニーランドみたいな、ていうか、分刻みに「お楽しみ」が盛り込まれた肩の凝るホームパーティーみたいで、作り手の意図ばかりが見えて、ひとつもおもしろいと思えない。そこからはみ出して来るものや、はみ出したものだけで作られたものだけが、見ているこちらを混乱させるし、だからおもしろい。だからおもしろいものは途中から見ても、スジなんかわからなくても、全然おもしろい。もちろん、それが多くの人に共感される意見とも思ってない。だけど、だから「ぼくが間違っている」などとは、肛門のまわりに生えた毛の先ほども、思ってない。

 去年の暮れあたりから、簡単な日記、というか「日々のメモ」のようなものをつけている。書いているのは、何の本を読んだかとか、どんな映画を見たかとか、何のどこをどれぐらい書いたかとかを書いているだけなのだけれど、つけている。だから何だ、という話なわけではもちろんない。

 とても読みたい本があって、だけどその本はとても難しそうだし、高いし、ぶ厚いし、何度も本屋で手に取ってはみるのだけど、まだ買わずにいる。だけど、少し悔しいので、その本の中にとても重要な人物として登場する人物のことを、とてもわかりやすく、その本によると「普通の中学生程度なら理解出来る」ように書かれている、という本を、買って読んでいるのだけど、その本の「だけどさ、みんな。ここでひとつじっくり考えてみようよ。例えば世界っていうのはさ」みたいな、何ていうか、学校で人気があると錯覚している先生風の(そんな話し方をする先生を見たことはないけど)、こちらを下に見た話し言葉的な文章が、神経にさわってさわって全然読み進めない。こんなことなら、思い切って、そもそもの本を買えばよかった。絶対その方がよかった。ときどきこうして、変に生真面目な貧乏くさいことをして失敗する。


 

コメント[26], トラックバック[0]
登録日:2009年 02月 12日 19:09:02

コメント

すごく勇気が出てきました。
わからな続ける力、、、鍛えます。踏みとどまります。

自分が絶対正しいからそれ以外はぜんぶ間違っている、なんて
耳の中の産毛ほども思いませんが、
「物語のスジが上手いことなどが『面白さ』なんではない」ということを含めて、
自分がつかみかけている小さな灯りみたいな考えの方向は合っているはずだ、
という何だか弱腰なあやふやなガンコさにとって
山下さんの文章は力強くて嬉しいです。


書き込むのにためらって、何度もブラウザの戻るボタンを押しかけましたが、
コメントします。えいやっ

さく @ 2009年 02月 13日 01:47:01

 弱腰で、あやふやで、けどもガンコ、というのはとてもよくわかります。ぼくもそうです。だからいつもふわふわしています。だけど「おもしろい」に関しては、ふわふわながら譲れないのです。じゃなきゃ、あまりにも「おもしろい」がつまらない。

 ようこそ。また書き込んでってください。

山下 @ 2009年 02月 13日 03:04:27

「おもしろさ」とは適度な不条理、軽く受け入れがたい事柄に触れると、人はなぜか心が躍るのだ。

がぶん@@ @ 2009年 02月 13日 11:13:27

そうですね。なぜでしょうか。

ハタノ @ 2009年 02月 13日 15:58:43

ひとことで言えば、知的好奇心じゃないでしょーか。
どうなってるんだ? その仕組みを知りたい、、という。
強面のヤクザがいい女連れてると、なんでー!?と思う事がありますが、あれも同じで、
乱暴で恐ろしい相手なんだけど、ふっと見せる優しさがある。すると、不条理がやってきて、どうしてなんだろ?どっちがホント?、あー知りたい、、、というわけ。、、か?(笑)

がぶん@@ @ 2009年 02月 13日 19:21:34

 昔、見た知り合いの芝居で、長らくつまらなくてぐったりしていたのですが、突然、役者が口にした台詞が不思議で、頭がねじれるような気がして、「そこがおもしろかった」といったら、ただ台詞を間違えていただけ、ということがありました。

山下 @ 2009年 02月 13日 19:25:18

 自慢。いま、保坂和志さんとこのホームページの掲示板に『こんなメールが来た』と、さらされているのは、ぼくのメールです。わっはっはっ。

山下 @ 2009年 02月 13日 21:46:26

すぐ分かった、、わっはっはっはっふっほっぷっぺっちゃちゃちゃ。

がぶん@@ @ 2009年 02月 13日 22:08:08

 え、うそ。わかりました?へー

山下 @ 2009年 02月 14日 01:18:24

なるほど。がぶんさんも、山下さんも、そうして恐ろしいほど知的好奇心をそそってくれているわけですのか。だっていい女はこぞって超知りたいですから。どうなってるんだ?その仕組み?わははー

わーさらされているメール見ましたー。自慢ー。知らなかったらわかったかはわかりませんが。これまたなんてますます知りたくなる紹介になっていることです。こんなの絶対読む。

ハタノ @ 2009年 02月 14日 03:24:55

でもさー、超頭いいやつに本気出されて書かれた日にゃ、こちとらにはさっぱりですぜ山下くん。で、大抵の哲学者は哲学バカだと思う。考える能力は優れているけれど、それを人にうまく伝える能力はほぼない(笑)。別物なんだよね、その能力。それは科学の世界にも言えることだけど、自分が提示したいと思ってるこれまでにない新しい概念なり現象なりを説明する時に、既成概念と既製言語でしか説明し得ない、っていうジレンマがあって、結局それじゃ新しいことにならないから新しい言葉を創るしかない。すると、そんな言葉誰も知らないから、その新しい言葉を再び古い言葉で説明することになる。ってなことしてるうちに読む方はもうなにがなんだか。。。
ちなみに僕は哲学関係の本は「、、、入門」と書いてある本以外読んだことありません(笑)。あと、「五分で分かるポストモダン主義」とか、、、そういうのがいい。

がぶん@@ @ 2009年 02月 14日 05:12:18

ハタノさん。僕は若いころよく友達とストリップ観に行ってましたが、なんで飽きなかったのかなーと思う。きっとそれは、うーん、この人のはどうなってるんだろう?っていう興味がつきないからなんですけど、、結局のところ何百人見てもその仕組み(笑)は大差ないんですよね。でもやっぱり、もしかしたら次は、、ってな思いがあってついつい(笑)。

がぶん@@ @ 2009年 02月 14日 05:19:22

がぶんさん...
次は... のその後の 説明が 聞きたいです (笑)
昔 知り合いが
『ストリップは哲学やな』と 言っていました。理由を訊いたら
『なんとなく...』。
なんとなくて...。

うちの近所に老舗の劇場二件あります
山下さま がぶんさまご一行様
大阪にお立ち寄りの際はぜひ。
いえ 私は残念ですが? 踊り子ではありません。悪しからず。

つくね @ 2009年 02月 14日 13:57:33

「何となく」には膨大な何かが込められていて、だから「何でそんなにぼくがいや?」と聞いた時に「何となく」といわれるのが一番つらい。だけどそれをなるべく正確に言葉にしようとすると大変な事になって、何が何やらわからなくなるから、だから哲学の本は難しい。のだと思います。

山下 @ 2009年 02月 14日 15:27:10

あそこに書かれたところの沸騰しそうな勇気に水かけられ。わはははは。ストリップガールの仕組みの大差なしもそうですが。なんというか「そうでないもの」の勇気が沸騰します。そうか。そうか。

では、結局ワタシはついつい、その「何となく」が正確に書かれようとする「新しい言葉」のなにがなんだかにどうしても触れたくなって、そんなのをあと何百冊かくらい読んだら、入門だけでいいや、っていうの。かしら。どうかしら。

ハタノ @ 2009年 02月 14日 17:49:52

『なんとなく』 に含まれた膨大な なにか...
なるほどっ と 手を叩いた親父のような私でした。
そういえば普段 使ってます 『同窓会行かない?』『行かない』『なんで?』『なんとなく』 とか(苦笑)
『なんとなくあの人好き』とか 『なんとなくあの人気持ち悪い』とか(笑) そお その なんとなく使っている『なんとなく』には膨大な めんどくさいような 言い訳みたいな もう説明できないの!だからなんとなくなの! のような... そんなものが含まってますね。 がぶんさん 水かけてすみませんププッ
沸騰しそうな勇気て。ごめんなさい笑ってます。

つくね @ 2009年 02月 14日 19:15:11

えー、どこに水かけられたのわかんなーい(笑)。

で、「なんとなく」を使う時はたいがい自分の中でもう答えが出てるときで、その答えを引き出すのは「直感」以外のなにものでもない。

将棋の早指し選手権で加藤一二三が一瞬にして100手先まで読んで次の一手を指すという話がある。三つ候補があれば都合300手を数十秒で読むってことになる。しかし、本人もその300手をひとつひとつ思い浮かべてから次の一手を指すというわけではないらしい。直感で、なんとなくソコだってことが分かるのだと。訓練によって膨大なデータを脳が勝手に処理するってことなんだろうねー。

がぶん@@ @ 2009年 02月 14日 23:33:35

大変失礼しました
がぶんさんのコメントとばかり思い 大笑いをしてしまったのは私です ハタノ様 申し訳ありませんでした〜m(__)m

つくね @ 2009年 02月 15日 00:15:34

なんだー、脅かすなよ〜(笑)。ほんと頭がカオスになった、、えーなんでどうして?、、って。つくねさん。

ついでに書くと、、
掲示保坂のほうでよく哲学が話題になって、みんな書き込むでしょ。哲学者の名前出して、あっちこっちから言葉を引用して、解釈して、、、それって哲学史に詳しいかどうか、、っていうことに過ぎない。哲学してるんじゃなくて単に哲学史を勉強してるってこと。日本に存在するプロの哲学者がやってることも程度の差こそあれ似たり寄ったの状況だと思うよ。少なくとも画期的な新しい哲学を生み出すというところには誰も到達していない。
なんだかんだ言って日本人頭悪いのかも。というか哲学の歴史が短いってことかもね。結局ヨーロッパあたりのヤツに先を越されるんだよ。

がぶん@@ @ 2009年 02月 15日 01:45:26

 ああいうのって格闘技とかに詳しい奴に置き換えるとよくわかりますよね。技の名前とか選手の名前はとてもよく知っているけど、一回も人と殴り合いをしたことがない。わはは。

山下 @ 2009年 02月 15日 02:00:43

私 ほんとにああいう 勘違い多いんです。勘違いというか思い込みです。すいませ〜ん。そおいえば 以前がぶんさんの掲示板にあったコメントに対してがぶんさんが『もうわかりましたから勘弁してください』と書かれていましたよね。あの時も私大爆笑してしまいました。もうほんとにわかったから ね わかったから。と言う気持ちが伝わりました。
哲学って私にはよくわからないです 読んでいたら脳が痒くなります。某哲学者(日本の方)の本を読んでいて『もう!あんた嫌い』と途中で見えない場所に閉まったことがあります。難しい話し嫌いじゃないですけど わざわざ難しくしてるだけ みたいなのは苦手ですね

つくね @ 2009年 02月 15日 08:31:48

頭がね、、、やられ気味で凍結状態。
なので、道路もツルツルなのだけど思考も言葉もツーと上滑りしちゃうのですね。
でも、読んでます、読んでます皆さんのコメント。
「わからな続ける力」いい言葉だー。
問題はその「力」
あー勇気、やる気沸騰しておくれ!

失礼しました。

なな @ 2009年 02月 15日 12:03:41

わははー。ぐるんぐるんです。「不条理」が起こってドキドキしました。だから色んな人が交ざるのがおもしろいのですね。

日本人にはそれがないのかも?
いいコメント、沿ったコメント、正解のコメントだけしようとしちゃう。殴り合いしたことないヤツ。頭でっかち。へえ。その質をつくるのは歴史か。そうか。

ハタノ @ 2009年 02月 15日 13:01:29

こうしてレスがつながると、心地よい逸脱があってなかなかよい。

がぶん@@ @ 2009年 02月 15日 21:13:45

久々にお邪魔して、本文の最後の一節に大笑いし、多くのコメントやレスに
笑わせてもらいました。
澄人さんが仰るような『何でそんなにぼくがいや?』ってな状況になったら
えー、えー(汗)と思いながら私も『何となく』って答えてしまうんやろなーとか
つくねさんの『某哲学者の本を読んでる時』のエピソードとか、笑えるツボが満載ですよね。
ここいいなー、何だか居心地いいなーと、まったりしています。

ところでななさん、私が北海道に旅立つ前日に母がダウン致しまして、
(何でやねん!!)看病のため旅行が1ヶ月先に延びてしまいました。
でも来月の今頃もやっぱり富良野は雪・雪・雪ですよね☆

ゆるり @ 2009年 02月 16日 17:55:56

今年は雪が少なくて「シバレ」もないです。
1月2月といえば、-20度前後の日が続くのにあたたかですよー。
来月中旬なら雪の中から蕗のとうが顔をだしているかもしれません。
お母様お大事になさってくださいね。

なな @ 2009年 02月 17日 06:38:26

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