梅雨前の雨。牡蠣みたいな痰
ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人に対して、「生きたいと思って死んでいった人に対して失礼だ」とかいうもののいい方というか考え方あるけれど、で、またそれを真に受けて「ほんとだ」としんみりとするバカが
いるけれど、あんなものは少しでも考えれば「いんちき」だとすぐに気がつくはずで、だって、死んだ人が、ぼんやり怠惰な横着人を見て、どう思っているのかなんて、誰がわかるのさ。
ああいう「死者の代弁」みたいなのって、結局、代弁でも何でもなくて、それを口にしたり字にしたりしている人の思いや考えであって、それならそうと、そんな回りくどいもののいい方をしなきゃいいのに、それじゃあ伝わらないだろうと、姑息にそういう策を弄しているだけで、ようするに「いんちき」で、昔、子供のときに、お供え物をお供えしたとたん食べて「仏さんに怒られるわ」と叱られたことがあったけど、それに似ている。
だいたい怒りますか?仏さんが。たかが、子供がお供え物を食べたぐらいで。そんなことで怒るようなケツの穴の小さな奴を「仏さん」と呼んでいいのですか。怒るかよ。仏さんが子供がお供え食べたぐらいで。
怒るかよ。死んで、あの世で、世界の仕組みを見通せてしまった人びとが、それのわからぬ下界の人間のぼんやりや怠惰や横着ごときを。ぼんやりや、怠惰や、横着こそが、生きてる人間にしかできない特権でしょうが。ま、あの世みたいなものが、「ある」か「ない」かなどという議論に参加する気はぼくにはないけど。
さて。動いてないとしか思えてなかった次の公演に向けてのあれやこれやが、ようやくここに来て動き出している。
何がまずはっきり動き出したかというと、タイトルとチラシ。もちろんこの時点で「内容」なんてものは、掴みようのない、けれど消えない「けむり」程度にしかないから、タイトルも、あまり具体的な内容にふれず、かといって、あまり内容とかけ離れてはおらず、なおかつ「いいね」と自分たちで思えるもの、を考えてつけるのだけど、何度やってても、これはなかなか大変な作業で、今回も3日ほど考え込んだ。3日で出てくるのなら、そんなに大変なことではないじゃない、という意見もあるけど、それだけを3日考えるというのは、なかなかなもので、熱ぐらい簡単に出る。
タイトルは思案したけど、チラシは、いつになく素早く、いいのが上がってきたので、昨日、ほぼチラシは出来た。すごくいいのが。ただ、手放しで喜べないのは、内容が、まだ「欠片」が3つくらいしかないからで、それさえもっとどうにかなっていれば、もっと喜べるのにと思うけれど、何だってものごとは、そううまくはいかない。
ちなみにワークショップ参加のみなさん。「強力協力」として、さすがに個別名は入れられませんでしたが「一同」として入れますからね。ということは、わかりますね。あの場でひねり出したいくつかが「使われる」ということですからね。ていうか、使うからね。
音楽にまったくといっていいほど興味がなかったのだけれど、ある音楽家の音楽を聞いて、突然、目覚めた。その音楽家は大友良英という人で、何だかネットで調べたらとても有名な人らしいのだけど、ぼくは知らなくて、偶然聞いたら、それがすごくて、以来、ずっと聞いている。これを書いているいまも聞いている。絵や小説や劇と同じで、音楽を言葉で説明なんかできないけど、その人の作る音楽は、何ていうか、心や頭というよりは、耳が喜ぶというか、だけどそれは決して「耳ざわりがいい」というものではなくて、むしろ「耳ざわりはわるい」のに、耳が喜んでいる。それは走っていた猫も動きを止めるほどで、ま、だけどそれは異様な雑音のまじった音にとまどっているだけなのかもしれないけれど。なので、しばらくぼくの家ではリンチ祭りが開催されていたのだけど、昨日から大友祭りが開催されている。
朝まで酒を飲んで酔っぱらって、駅でよそのおばちゃんを抱えて電車の前へ飛び込んで、あわや殺しかけた奴があらわれた日に、世界禁煙デー。
ということで、梅雨前の雨で寒くて、きっちり風邪をひいて、牡蠣みたいな痰(タン)が次から次に出てきているけど、すごく楽しい。
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登録日:2009年 06月 01日 03:12:01
コメント
たとえば、親子に会った時、「こんにちはー」って私が二人を見て言ったにもかかわらず、親が子に「ほら、こんにちはは?」って子供に言う親がいる。お前がまず私に言って見本を見せろ、といつも思う。
お仏壇のお供え物。お盆には毎年お坊様にいらして頂くのですが、乾物はまー日々少しずつ私が使うとして、果物は、お経が終わったら、お盆中だろうが、もったいないから、ほとんど姉に持って帰ってもらう。だから、自分の食べたいものや甥っ子の好きなものをいつも備える。
たまに頂き物だと、供えて数時間後「ちょーだい♪」「いーわよぉ」と、きっと言うであろう親の許可も代弁して食べる(笑) 備えるものにもよるけれど、ゴミにする方がモノを粗末にしているのだと思う。何も言わずにお仏壇のものを食べたら、それは叱られると思うが(笑) 食べる食べないの問題じゃないけれど。
街中で耳にする、親の叱り方って、本当に変だなーって思うことが多い。
「ほら、あのおじちゃんが怖い顔で見てるから、やめなさい」とか。何がどういけないかを言うのがしつけなんじゃないのー?
>ということは、わかりますね。あの場でひねり出したいくつかが「使われる」ということですからね。ていうか、使うからね。
わー、これで行かれなかった人も共有できるんだー。たーのしみぃー(*^_^*)
行かれた人は、友達つれて、知ってる元を、よりリアルに語れる。なんだか+αが付加してておもしろーい♪
牡蠣みたいな痰…って、え″ーえ″ー。そのグロさはタバコも一因!? でも痰が出るだけ気持ち良さそう…なーんて、あはは…
kiki @ 2009年 06月 01日 14:06:26
ぼくは舞台に出てなくて、客席で見ているのだけど、稽古でやったこととはまったく違うことがそこでは行われていて、もちろんまったく観客の興味も引かず、だから終わったとき観客は手を打ち鳴らすのじゃなく、こすりあわせるような拍手をした。
という夢を見た。
ぼくの牡蠣がたばこのせい?それに「はい」なんていうわけないじゃないですか。風邪ですよ。風邪。
山下 @ 2009年 06月 01日 20:20:21
ぼんやりと怠惰で横着な日常を、、、、なんだオレのことじゃん。
ある、ないの議論についての議論をしたいと思う。
「あの世がある、ない」「神はいる、いない」「幽霊はいる、いない」「UFOはいる、いない」
どれもこれも「ある、ない」の話だけれど、共通しているのはその「存在を主張する」側に常に挙証責任があるということ。
ちょっと考えれば分かることだけど、実は「非存在」を直接的に証明することは原理的に不可能なのだ。
それじゃ殺人事件の容疑者の「アリバイ、つまり現場不在証明」は不可能なのかという話になるけれど、それを直接的に証明することはまさに不可能。可能なのは、その容疑者がその時間他のどこかに存在していたという存在証明をすることで、間接的にその現場での非存在を証明することだけだ。屁理屈ではない。
例えば、幽霊が存在することを証明することは、ある意味簡単なのだ(但し、もしホントにいるとすれば)。
実際にいま幽霊が出ているそのピンポイント(座標)にみんなを連れてってその存在を確認させればいいだけのことだから。
逆に、幽霊がいないことを証明するにはどうすればいいのか。
それは、みんなを連れ回って、ほらここにもいない、あそこにもいない、遠くのあっちにもいない、、、、と、、この宇宙のすべてのポイントを探し回った上で、ほらやっぱりどこにもいない、、という他はない。宇宙がどれほど広いか分からないにも関わらずだ。
だから、およそオカルト系の決まり文句「、、、なんでいないと言い切れる?」という質問には、
「頭悪いなお前、いないことの証明は原理的に不可能だということにまず気付けよ」とだけいい、詳しい説明はしないことにしている(笑)。
がぶん@@ @ 2009年 06月 01日 23:33:57
関係ないけど、、、今日ツタヤに行って、
「なんか返し忘れているやつないか調べてくれる?」と言ったら、
「えー、1本ありますね、え〜と『子、糞せず!?』ですか〜!?」
「切る場所がちがーう! 『告訴、せず』だよー!」
ん〜、そうかケースの表示はカタカナだけだからなー、
そ、松本清張の古い映画。。。
がぶん@@ @ 2009年 06月 01日 23:51:40
ずーっと雨で寒かったですね。
今日久々の晴れに出会ってはしゃぎました。
タイトルが決まってチラシが出来たのですね。
どきどき。
ワークショップから派生するものもあるのですね。
わくわく。
楽しみです。
よこ @ 2009年 06月 02日 00:57:29
>いないことの証明は原理的に不可能
これすごいなあ。ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人とは思えない。
とか書くと知らない人は「そんなことをいってるけど、このがぶんさんという人は、ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人ではない人」だと勘違いするのでしょうが、がぶんさんはほんとうに、ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人です。わはは
>ワークショップから派生するものもあるのですね。
あるある。すごくある。そのためにやったといってもいいくらい。
最近ぼくは引用にようやく「>」をおぼえたのです。
山下 @ 2009年 06月 02日 04:58:55
子供が小さい頃電車の中で泣いてころげていろいろ手をつくしたけどどうしようも出来なくて次の駅までまだ時間があったときに「ほら、あのおじちゃんが怖い顔で見てるから、やめなさい」と言ったことがあります。意味は「子供が泣いてうるさいでしょうが、あなたがそうやって怖い顔で見てるとその不穏な空気に不安を感じていつまでも泣き止みませんので、こちらを見ないで下さると助かります」です。実際そう言ったらよかったかなあ。悪い事をしたらきちんと叱りたいと思います。
ふくしま @ 2009年 06月 02日 14:45:48
>ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人に対して、「生きたいと思って死んでいった人に対して失礼だ」
もっと失礼なのは、人殺しといてまだ生きてる死刑囚たちだろねー。
いかに勤勉な模範囚であろうと、あんな失礼な人たちはいない。
そういう人がいまたしか95人くらいいるけど。
がぶん@@ @ 2009年 06月 03日 00:43:09
>子供が小さい頃電車の中で泣いてころげて
というのは、茜ちゃんを想像するに、まだ上手にしゃべることが出来ない時期だったのではないでしょうか。そういう時期だとしたら、子供はアクションするしか術が無いのだと思います。それを叱るのは、またおかしな話で、眠いか、疲れたか、何かそうなる原因は子供なりにあったのだと思います。
私も赤ちゃんの時に、母が電車に乗る時、必ずと言っていいほど、わんわん泣いたそうで…さー、私には記憶がございませんので、なんと申し上げてよいのやら…^_^;
先日、食事するお店で、ベビーカーの安全ベルトに縛られたままの男の子をそっちのけで、メニューに見入るパパ、ママ、小学生のお姉ちゃんがいた。食事時も、男の子はパンを与えられただけで相手にされず、奇声をあげて気をひこうとする。家族は慣れているせいか、ちょっとやそっとじゃ、見向きもしない。完全なる無視。逆に、他の客が何事かと段々と注目しくる。あげくの果てにママは「うるさいでしょ?シー」とテーブルの向い側から怖い顔して言っていた。えーー、だって、無視されてたから、かまってほしかったのに…なんだか美味しそうなものを食べているから、すっごく気になるのに…。仲間に入れてよーって。
ずーっと、私が隣でなんとなく観察していたら、そのベビーカーの男の子と目が会ったので、思わずニコって、笑ったら、とーってもかわいい笑顔を私にくれた。だらか、しばらく私が見てあやしてた(笑) 日常でない出来事だから、そんな風にできるんだろうけれど…。
kiki @ 2009年 06月 03日 01:02:47
わー6月。先月の連休明けから野菜畑の土を起こし苗の植え付け、種まき、草取りに追われている。というと本格的なファーマーみたいだけど、見間違えられることはあっても、「ほんまもん」ではないので、1日うちのほんのわずかな時間しか働いていないから「追われている」のではなく、常に「追い越されている」と言ったほうがいいかもしれない。私は怠惰に横着にそしてチマチマ楽しんでいる。
それにしても毎日、目にする世界はすばらしいと思う。すばらしいというのは善悪、生死などの分別なく存在そのものに心躍らされるというか、見事なのである。
一瞬にして軍手の網目をくぐりぬけて飛び去る虫。おかげで私の手はモンキーバナナのように腫れ上がる。持ち上げた「石のうら」はアリの家。風邪をひいて寝ている間にグングン伸びて今や食べ頃のフキ。わさーっと飛んでる大量の花粉。鍬でぶっちぎれたのに生きているミミズ。目の前のでっかい岩。どんどん湧き出るおいしい水。
宇宙には終わりがあるのだろうけど、とりあえず私が死んだあとくらいの少しの時間は、変わりなく静かであってほしいと思う。
「死者が生者をわずらわすなかれ」と思っている。「死者の代弁」なんて生きている人間の勝手で都合よく使われることが多いような気がする。
もうすぐ地元で行われる劇の新作が「死者の代弁」にとどまらず「代行」までなされるので、どうにもまったく気が重い。ほんとうに。
FICTIONの新作、楽しみにしています。
なな @ 2009年 06月 03日 10:57:08
>宇宙には終わりがあるのだろうけど
地球がやがて太陽に飲み込まれて終わるのは確実だけど、宇宙に終わりがあるかどうか今のところ微妙です(笑)。それはひとえにこの宇宙の物質密度にかかっていて、今んところ宇宙の平均密度は1立方メートルに水素原子1〜1.2個くらいらしくて、これだと引力が足りなくて、宇宙の膨張が止まらずそのまま果てしなく広がり続けることになる。この場合は限りなく空疎になるけれどこの宇宙に終わりはないことになる。で、今後もしブラックマターなどが発見されて宇宙の平均密度が上がって、例えば1立方メートルあたり水素原子2個とかになると、今度は万有引力が効いてきて、膨張速度が落ちやがて止まり逆に収縮しはじめそしていつか全宇宙が一点に集まりビッグクランチ(ようするにビッグバンの反対)を迎え、この宇宙は終わる。
ここで間違っちゃいけないのは、この宇宙ってのは、あらかじめ時間というものが永遠の過去から流れていて、ある時ビッグバンが起きてこの宇宙が始まった、、、というわけではないということ。この宇宙が始まったという意味は、「時間」も一緒にその時から始まったということなのだから。
従って、この宇宙が終わるということは時間も一緒に終わるわけで、、終わったあとは?という時間的な質問はまったく無意味なものになる。
がぶん@@ @ 2009年 06月 03日 13:57:39
>時間も一緒に終わるわけで、、終わったあとは?という時間的な質問はまったく無意味なものになる。
なんか目の前が開けた感じ(笑)
終わるって、時間も消滅するってことなんだ。時間が無いって感覚がわからないけど、急に、重力以上に時間に縛られたように重く感じる。
>ぼんやりと怠惰で横着な日常を送っている人
のゆえんは、こういう元があってこそなのでしょう。なんかコワいもの無さそーだなー(笑)
kiki @ 2009年 06月 03日 15:52:07
朝から晩まで95%パチンコ屋にいて、部屋に帰ってから次の朝までベッドで横になってる確率は100%です。6畳弱の部屋の60%くらいのスペースを、ウサギ、亀、インコ、熱帯魚、パソコン2台が占めていて、残りの40%いっぱいにベッドがあるもんだから、床に座ることはできません(訪問者も)。だからウチに来る知人友人は男女を問わず私とベッドを共にすることになります(笑)。で、横になったまま今もキーボードを打ってるわけです。
これで怠惰と横着はクリアー! ぼんやりはまぁ去年交通事故に三回遭ったってことですかね。そのうち一回は救急車で運ばれましたし(笑)。
でだ!
>時間が無いって感覚がわからない
人はイメージでなら、なんでも自由に出来ると思っていたら大間違い。
大抵のことはイメージできるけど、たったひとつイメージ不可能なことがある。
それは「無」。
極小の意味での「何もない無」と、極大の「無限(永遠)という無」。
どちらも「無」だ。
試しに目をつむって「何もない無」をイメージしてみると分かる。
、、、なにもない、、真っ暗闇、、そんな風景が思い浮かぶハズだ。
ほらね、、そこに浮かんでいるのはなにもない真っ暗な「空間」なんです。
「空間」があるじゃん、、って話。
「空間」さえもない「完璧な無」をイメージすることはできないんです。
その逆もまたしかり。
「無限の空間」をイメージしようとすると、、ほぼ同じ風景が見えて来るハズ。
その場合、、視界の端はぼんやりとしてるだろうけど、必ず有限な空間しかイメージすることができないです。
だからkikiさんが分からないというのは当たり前(笑)。
本来、時間と空間は切り離せないひとつの概念であって、それを「時空」と呼ぶのが正しいんだから。
がぶん@@ @ 2009年 06月 03日 22:39:41
「空間」さえもない「完璧な無」を、やっぱり懲りずに考えてみて、考えてみて、気持ち悪くなった(笑) 「有」の世界はなんと気持ちのいいことか。なんだか愛おしさすら感じる。
kiki @ 2009年 06月 04日 01:02:55
時間と共に広がっていた宇宙が、もし縮んでいくとしたら、そのときは時間も逆転していくということですか?そうじゃなくて、宇宙だけが縮んでいくのですか?
山下 @ 2009年 06月 04日 03:31:42
ぼくのうろ覚えの知識より検索したほうが早いと思うけど(笑)。。
ビッグクランチに向かう収縮が始まったときは、事象も、つまり時間も遡行すると考えられているね。そうなったら因〜果の支配するこの世界の真逆の果〜因という世の中がやってくる、フィルムを巻き戻すように。それは不自然だろうか? いや自然なハズ。そんなバカなことが!と考えるあなた、、、無理もないよね、因果律の支配する世界にどっぷり浸かっていながら、果因律が支配する世界のことを考えているのだから。果〜因の世界になったらきっと、因〜果が不自然に感じるに違いないです。
ところでボクにも怖いものがある。
それは「たいくつ」。
たぶん、たいくつはボクを殺します。
がぶん@@ @ 2009年 06月 04日 04:32:19
フィルムを巻き戻すように、というのはすごいですねぇ。1時間は1時間かけて巻き戻っていくのなら、もう1度、死んでも生きられるのですね。逆から。すげえ。
で、ぼくの考える劇の敵も「たいくつ」です。ただ、劇にとっての「たいくつ」がいったいどんなことなのかが、わかるようでわからないのです。
山下 @ 2009年 06月 04日 16:34:21
そうそう、逆転するのは秩序→無秩序という熱力学の第二法則が支配するこの宇宙が、無秩序から秩序に向かうわけだから、まさに死んで灰(無秩序)になってる状態から生身の身体(秩序)を取り戻し、どんどん若くなっていく、ってなことになる。
でもさ、この宇宙でだって量子論なんかではとっくに因果律は崩れてる。
原因がないのに結果だけが存在する、、、とかね。
がぶん@@ @ 2009年 06月 04日 20:08:15
因果律で語られていることを聞いていると、昔、見世物小屋で見た「へび女」の横で、だみ声の司会のおっさんのいう「親の因果が子にむくいぃー」を思い出します。で、それを聞きながら「そんなわけないがな」と思った事も。
山下 @ 2009年 06月 04日 22:13:11
話は全然関係ないけど、、こないだの保坂スレの2チャンネル掲示板でのボクの書き込み、、、
「キモくて悪かったな!ごめんねごめんね〜!」
の続きが書き込まれてた!
賛否があってまあ面白い。
コピペするとこんなんです。
25 :吾輩は名無しである:2009/05/29(金) 14:52:06
この人のHPはじめて見たんだが、物凄く閉じたHPだよな
一見さんお断り自分達の共通言語以外は受け付けないヲタク的な
26 :吾輩は名無しである:2009/05/29(金) 15:33:09
>>25
そうなんだ
読みたくなったw
27 :吾輩は名無しである:2009/05/29(金) 15:40:58
>>25
大学のサークル乗りだよな。
あれは管理人が悪いんだと思う。
28 :吾輩は名無しである:2009/05/30(土) 10:48:52
管理人さんの書いたコラム、おもしろい!
はじめてHPみたとき、管理人さんのハンドルネームを保坂和志のネット用のペンネームだと勘違いした。
それで、ネットでのコラムがおもしろいから、そのおもしろさを持ち歩けるといいなと思って
おそらく翌週には近所の本屋で文庫の保坂和志をもとめていた。
29 :吾輩は名無しである:2009/05/30(土) 17:33:04
日本語でおk
30 :吾輩は名無しである:2009/05/30(土) 22:47:13
>>28
がぶん乙
31 :吾輩は名無しである:2009/05/31(日) 06:43:47
そもそも猫が素晴らしい。
がぶん@@ @ 2009年 06月 04日 23:21:42
追伸
これを読んでるいつもの人たちには意味不明な言葉がいくつかあると思う。
1.そうなんだ
読みたくなったw
この最後のwは、(笑)とほぼ同じ意味だけど、悪意や皮肉を込めて使われることが多い。
2.日本語でおK
前の記事が意味不明や的外れだった場合に、「日本語でお書き下さい」という皮肉を込めた表現、、、、変形して「日本語でおK」となった。
3.がぶん乙
がぶん、お疲れさま、という意味。ただし、悪意や皮肉を込めて使われるケースが多い。
★結局、みんなオレの悪口だー、バーロー!
がぶん@@ @ 2009年 06月 05日 03:38:29
そういう意味なんだ(笑)
追伸、おもしろーい(笑)
ついでに前から知りたかったこと聞いちゃお…がぶん@@さんの「@@」はなんですか?
わからないから、いつもそのままつけているのですが…つけないほうがいいのかな?
kiki @ 2009年 06月 05日 07:44:40
ついでに答えましょ。
15年以上も前になるかな、ネット上で「茶楽」という名の巨大チャットサイトがあって、、なつかしいと思う人もいるだろー、、そこで毎夜チャットしてたら、同じ「がぶん」と名乗るやつが現れた。で話し合った結果(笑)、そいつは「がぶん(埼)」、ははは、埼玉なんだね、、、私は「がぶん@@」となった。「@」はひとつでもよかったんだけど景気付けに二つ。
つけてください、もう身体に染み付いているんで(笑)。
がぶん@@乙Kw @ 2009年 06月 05日 13:51:11
ついでのついでに、、こんな風に攻撃しときました(笑)。
35 :”管理”者@@がぶん:2009/06/05(金) 14:01:02
なにが「閉じたHP、、、自分たちの共通言語、、ヲタク」よ、ちゃんちゃらおかしいぜ。
読みたくなったw、、日本語でおk、、がぶん乙、、、
こんな言葉こそヲタクで閉じた世界でしか通用しないぜ。
それに変だろ、その本人がメルアドも公開してこうして書き込んでいるのに、
あたかもいないように(笑)話進めてるけど、、、
ようするに匿名弱虫が教室の隅でこそこそ井戸端会議してる、、っていう状況。
いいかげんなんとかしろよその性格。
いつでも相手になってやるから、どーんとかかって来いよ。。
がぶん@@ @ 2009年 06月 05日 14:04:48
わははははははは。ここにも来ていいよー
山下 @ 2009年 06月 05日 14:40:25
わははは。おもろー!
さすががぶんさん!宇宙の膨張、収縮から2チャンネルの用語解説まで。ここに来ると頭がグルグルほんとに「たいくつ」なんてしてる間ありません。
でも、ここでも日本語でおKて書かれたらこわーい(笑)
なな @ 2009年 06月 05日 15:50:19
がぶん@@さんの「@@」由来ありがとうございました。
メガネか何かのマークなのかなー、って思っていました。
勢いで「ついでに…」と書いてしまいました^_^;
ごめんなさい。
kiki @ 2009年 06月 05日 23:17:08
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