鬱蒼とした森の中より 2

 前回に引き続く。

 人間には、たぶん、五感と呼ぶだけではまったく足りない、もっと複雑な感覚がそなわっている。それをオカルト好きの人たちは「第六感だ、超能力

だ」とすぐに呼びたがるけど、それはだけど別に、「超」のつく「能力」でもなんでもなくて、人に、動物に、「基本装備された能力」で、だけど今の社会で、ていうか、今の、ふだんの、とくに都会の生活では「それ」を使うことがあんまりないから、使わずにいるだけで、使わずにいるから「ない」とされてしまっているだけで、だけど「それ」を必要とするときになったら、「それ」はちゃんと発動できるようになっていて、で、「それ」は発動させ続けてれば、他の反復と同じで、どんどん鋭いものになる。

 で、たぶんぼくは、そこで気がついてしまったものを「何か」ということにして、前回、書きたかったのだと思う。

 だけどそれは俗にいう「かん」で、「何か」は「かん」で気づいたものだから、そのままでは、万人に説明する言葉がない。そこで感じた「何か」をはっきりさせるために、とにかくすぐに殺してはいけない、何だかよくわからないけど時間をかけてそのことをあきらかにしていくしかない、ようするにだから「死刑反対」となっているのではないか。コメント欄に書いたけど、あの弁護団には、そもそもの死刑廃止論者は数人らしい。

 だけどもしかしたら「何でもなかった」ということだって、「かん」で感じ取ったことだから、ある。あんな奴ぁ、さっさと殺しとけばよかったクソ外道、ということだって、もちろん、ある。デカの「かん」で捕まえられた冤罪被害者はたくさんいる。ただ、そうだとしても、遺族感情はともかくとして、慌てて首をしめて息の音を止めてしまわなくても、とりあえずは「何か」がはっきりするまで、「もう少し生かしとく」という判断があってもいいのではないか、というのが、ぼくがテレビを見て感じた、その人たちの態度だったような気がする。

 ただ、遺族が「早く殺せ」というのは、当たり前で、そりゃそうで、だけど、だからといって、外野までがそれに便乗して「殺せ殺せ」というのは、少しおかしい。義憤、みたいなものなのだろうけど、口だけの義憤を見ていると「お前関係ないやろ、ちょーだーっとけ」って、思う。だいたい、よってたかって「外道は殺せ」と叫んどいて、その外道をいつ殺したかには、ほとんど世間は無頓着だし。外道が殺された後の、「犯人を殺す」という目的のなくなった遺族のそれからにだって、ぼくをはじめ、多くの世間は無頓着だし。

 まあだけど正直ぼくは、人の持つ、その「かん」的なものや、そこで感じた「何か」は「何や」ということには、何だか異常な興味があるけど(前に「 リアル」と書いたのはそういうとこから)、死刑云々そのものには、ゆるい、テレビやみんなが「殺せ殺せ」といっていることが気持ちが悪ーい、と感じる程度の興味しかない。

 と、ここまで書いて、ああそういうことが、ぼくが劇を作る動機のひとつになっているのかもしれないなぁ、と思ったけど、ここからそれをはじめると長くなるので、またにする。

 ということで、劇作週間が、まだまだ続いている。ここに来て、まだ終わりがまったく見えてない。だけど、その「不安」は、不思議に心地よくもあるから、今はとても「しあわせ」な時間なのだと思う。ひとつも顔は笑ってたりはしてないけど。

 先日、稽古場の前で大きなカエルを見た。車に轢かれてぺちゃんこのも見た。

 野良猫にエサをやりながら「大きな声出しちゃだめ。大きな声出して聞こえちゃったら近所の人に怒られちゃうでしょ」と大きな声で笑いながら猫にしゃべりかけてるおばちゃんを見た。

 ドトールで働く若い女の子に一生懸命話しかけてるじいさんを見た。

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登録日:2009年 06月 23日 03:41:35

コメント

>五感と呼ぶだけではまったく足りない、もっと複雑な感覚がそなわっている。

ボクはちょっと違う思いがある。
その何かっていうのは「洞察力」だと思うのだ。
大雑把に言えば、真理を見抜く力。
逆に言えば、それが真理でないことを見抜く力。(この場合は、じゃなにが真理なのか?という点についてはもやもやしてるかもしれない)
いずれにせよ洞察力の特徴は、なぜ自分がそう思うのかうまく説明できないところ。

でもそれはきっとこういうことだろうと思う。
物事を見極めようとするときには、人は知らず知らず五感を総動員させて情報収集につとめ、その複合的な結果に対する分析を脳みそのどこかがバシッと決めてひとつの答えを得る、、、みたいな。
その答えを引き出す過程については、論理の積み重ねではなく、五感が入り交じったまさに複雑で非線形なできごとなので自分でも解説不可能なのだ。
ま、この点は前に書いたサヴァンの人たちの強烈な洞察力に通じるものがあると思う。
ただ言えることは、サヴァンでない人たちは、だら〜んとした日々を送っていては、その洞察力は発揮されないってこと。
その関心事について日々アンテナを張り巡らし、苦悩し研鑽を重ね、あれやこれや試してもやっぱりダメで、、、そんなある時、突然真理みたいなものが降って湧いて来るのだと思う。
ニュートンが、リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したというよく出来た逸話だって、日々研究してたからこその思いつき、ってことでしょ。

がぶん@@ @ 2009年 06月 23日 05:07:23

>その答えを引き出す過程については、論理の積み重ねではなく、五感が入り交じったまさに複雑で非線形なできごとなので自分でも解説不可能なのだ。

 そのとおりだと思います。非線形というのが、すごくそうです。ていうか、非線形っていうのか。

山下 @ 2009年 06月 23日 19:43:13

>慌てて首をしめて息の音を止めてしまわなくても、とりあえずは「何か」がはっきりするまで、「もう少し生かしとく」

死刑制度について興味深いというか難しいなーと思うことがある。
日本ではよく死刑を廃止するかどうかは別にして、終身刑を作ればいい、という論議がある。で、その終身刑だけど、諸外国の終身刑の多くは、一定の期間が過ぎると仮釈放の資格を得ることができるようになっている。一度入ったら死ぬまで出られない絶対的終身刑に対して、それを相対的終身刑というらしい。要するに日本の無期刑と同義なのだ。
ペルーでは、幼女を300人も殺したある男が捕まり最高刑である終身刑になるものの、たった16年で仮釈放されたという実例があったりするから驚き。
それで、例えば死刑をなくしてその代わりに絶対的終身刑を取り入れたらどうなるか、っていうことなんだけれど、、、これが難しそうなのだ。
死刑より経費や人件費がかかるというような話は別にして、、、、。
実際そういう国もいくつかあるのだが、絶対的終身刑の囚人のほとんどは強度のノイローゼに陥り病院を出入りし、最後には人格破壊を起こし廃人となって、ふつうの人の寿命を全うせずに病死してしまうという。
要は、いつか刑務所から外に出られるかもしれないという希望が全くなく、かといって、殺されてしまうのだという諦観の境地にも達せず、ただ無為に生きて行かなければいけないのが耐えられないそうなのだ。
ところで何となく知っているかとも思うけど、死刑囚というのは刑務所には入らない。死刑そのものが刑の執行なので、それまでは未決囚と同じ扱い。つまり拘置所にいるわけだ。だから、刑務所で懲役をしている人たちと比べるとかなり厚遇されている状況にある。強制労働もないし比較的自由に暮らしていける。その点、終身刑が採用されれば、その刑を言い渡された瞬間から刑が執行されるので、もちろん拘置所ではなく刑務所。他の懲役囚と同じく、かなり厳しい規律の中で暮らして行かなければならない、しかも死ぬまで。
さー、それでも生かしておくべきか、いっそ死刑で決着をつけるか。いったいどっちの方が重い刑ということになるのだろうか実に難しい。

がぶん@@ @ 2009年 06月 24日 03:31:48

 ぼくはたぶん、人には、どこかにやっぱり「善に向かおうとする何かがあるのだ」と、思いたいのだと思います。もちろん、そんなものの欠片もない奴だってきっといます。だけど、もしかしたらそこに気がつく可能性のある奴もいるのではないか。ひどい、どうしようもないことをしたけど、それでも、もしかしたら、そんなことをせずに済んだかもしれない、何かがどこかで歪まなければそうあったかもしれない「その人」というか、に、考えて考えて修正させる機会を、時間を、と、思ってしまうのです。で、遺族は何が起ころうと、損なわれたものが元に戻ることは残念ながらないけど、だけど、唯一の、もしかしたらの「ひかり」は、可能性は、そこにしかないのではないか、と、思うのです。だからどうしても、さっさと殺して決着をつけてしまうことに対して、強い引っかかりがあるのです。

山下 @ 2009年 06月 24日 04:17:49

人間の仕業とは思えないほどの凶悪な犯行?
いやいや、いかにも人間らしいだろ、動物ならそんなことはしない。

前に話が出た池田小学校の連続殺人事件の犯人の宅間は、完全な確信犯で、捕まったあとも一切謝罪しないどころか弁護士への手紙の中で「A子はオレが殺した中で一番ブスだった」とか「夢や希望に満ちた将来がある子供たちも、オレみたいなヤツに一瞬にしてその可能性を奪われるという不条理がこの世の中にはあるのだ、ということを思い知らせたかった」などというようなことを書き記している。そして一審の死刑判決を不服とした弁護団の上告を無視し、自ら上告しない旨の願い書を別に提出し、それが認められ死刑が確定さっさと執行されたという次第。
この経緯を考えて、宅間という人間は悪の塊で善のひとかけらもないやつととらえることもできる。でもそうじゃないだろうとボクは思う。山下君のいう通り、人には善に向かう何かがある。それを性善説といってしまえば簡単なのだけれど、宅間にもその思いがたぶんかなり強烈にあって、その思いをさらに上回る強烈さで否定する自分がいて、言ってみれば、いずれ善に向かってしまうかもしれない自分のある意味の弱さを恐れて早期の死刑執行を望んだのだと思う。そこで思うのは被害者の遺族たちのこと。彼らは宅間がさっさと死刑されてよかったなどとは決して思っていないと思う。死刑はして欲しい。しかしその前に自らの罪を認めて欲しかったという思いのほうがどれほど強かったかしれないと思うのだ。上記の山下君の書き込みからは、善に向かう可能性を排除してしまう死刑執行には否定的ということは分るが、では、例えば宅間が悔悛の情を示し、本当に申し訳なかったと謝罪し、死んでお詫びするのでどうぞ死刑を執行して下さいと言ったら、果たしてどうなのか?という疑問に対しての答えは書かれていない。ボクは死刑を執行して差し上げるべきだ、と考えますが(笑)。
ちょっと論点がずれるかも知れないけど、山下君の発言を聞いて強く感じたことは、キリスト教のインチキ性。死刑囚の多くは何らかの宗教に帰依する、させられる?ことになってるけれど、よく考えて欲しい。人の倫理をしゃかりきに説くキリスト教の父つまりヤファエ(エホバ)は全能の神で、時間を超越し、過去も未来もすべて既に知っている。宅間があの小学校で子供達を殺すこともずっと前から知っていた。つまり宅間がどんな人生を送って来たかに関係なく、宅間があのとき子供達を殺すことはすでに決まっていたことなのだ。逆に言えば、決まっていたからこそ事前に知ることができるという理屈になるわけだ。人を殺す事が避けられない運命、だとしたらその本人にいったいどんな倫理的な罪があるというのだろう。そうじゃないよね。あのとき宅間は子供達を殺す事もできたし、殺さないこともできた。未来なんて何も決まっていなくて、その時点で、つまり人には自由意志があるからこそ、殺す選択をしてしまった宅間に倫理的な罪が生ずるのではないだろうかと思う。

がぶん@@ @ 2009年 06月 24日 09:32:57

>では、例えば宅間が悔悛の情を示し、本当に申し訳なかったと謝罪し、死んでお詫びするのでどうぞ死刑を執行して下さいと言ったら、果たしてどうなのか?

 ぼくは、犯人に直接対峙して「何か」を感じ取った人たちの「ちょっと待てよ?」をも強く封じて、「さっさと殺してしまえ」な空気に対して、強く引っかかってはいますが、何が何でも「反対死刑反対」と書いたつもりはないし、なので、「これでも生かしとくか」式の質問をされても、こたえられないです。ていうか、その「例えば」は、そこまでの逐一がどうなのか、どんな顔と声で、宅間がそういったのか、という「微に入り細に入り」がないと、こたえようがない。だけどそんなものを、いくら想像で設定してもまったく意味がないし、ていうかそんなことは不可能だから、やっぱり、こたえられないです。

>あのとき宅間は子供達を殺す事もできたし、殺さないこともできた。未来なんて何も決まっていなくて、その時点で、つまり人には自由意志があるからこそ、殺す選択をしてしまった宅間に倫理的な罪が生ずるのではないだろうかと思う。

 それはまったくその通りだと思います。

山下 @ 2009年 06月 25日 03:58:25

愛し合ってる夫婦が、同じ日に、病気でもなく事故でもなく心中でもなく、同時に死ぬ事ができたら幸せだろうなと考えたことがあったけど、日本にもいましたそういう夫婦が。夫婦揃って同じ日に死刑にされたという、、なんともはや。

まー難しいけどねー。
でも、法治国家と言ったって、我々国民にとって日本の法律なんてぜんぜん至上価値ではないということを肝に銘じておくべきだろうね。
簡単に凌駕されちゃうもの。
いろんな団体にはそれぞれの至上価値ともいえるルールの枠組みがあるわけで、それがたまたま日本の法律に引っかかったって意に介さないでしょ。
オームしかり、暴力団しかり、過激派しかり、、平気で人殺します。
死刑制度について国民投票でも行われるとしたらボクはたぶん廃止に一票。
もし自分や自分の周りに被害が及ぶようなことがあってそれが許せないとしても、国に殺して欲しくない。なんとしても自分で殺したいから。それがボクにとっての法だな。

がぶん@@ @ 2009年 06月 25日 05:02:46

追伸
小学校に乱入するときに、きっと宅間は思っただろうね。
今この瞬間に自分もろとも世界が滅亡して欲しい、そうすればこれから子供達を殺さないですむのに、、って。

がぶん@@ @ 2009年 06月 25日 05:08:56

 まったく停滞して、これまで書いたところもまったくおもしろく思えないという、いつもくる、あの例の「おそろしい時間」に、何時間か前から飛びかかられているので、何だかさっきから意味もなく、掃除ばかりしていて、汗だくです。

 絵についていろいろとゲストがしゃべるという番組を、昼に再放送されていたのを見たのですけど、どうしてみんな「絵」を、描き手の内面の叫び、みたいな解釈の仕方をするのだろう。「絵」は、ただたんに「絵」だから意味があるのに。描き手のサイドストーリーなんかでは語れないから、「作品」なのに。ぼくの作ったものを、あんな風にいわれたら、すごくいやだな、と思いながら見た。

山下 @ 2009年 06月 25日 17:38:52

>内面の叫び

そんなもったいぶった劇はつまらないですね。
全開でお願いいたします。

kiki @ 2009年 06月 25日 19:54:29

『寓話』、届きました。これから読むのもわくわくですが、

>うちの裏の小さな公園のすみの、木と、あらゆる草と、たくさんのゴミで埋め尽くされた一画
(前の「鬱森」コメントより)

って聞いたら、自分が読んでどう思うんだろうかってそれもわくわくです。


ここでの山下さんとがぶん@@さんとのやりとりを何度読みかえしても、毎回胸がキュンキュンするのだけど、それは自分の中にずっとあった宅間に対するわだかまりが、少しずつとけてゆく解放感だったり、それは宅間が早期の死刑を望んでいたのに、「そういえば支援者の女性と獄中結婚していたなあ」と思い出したり、それは山下さんとがぶん@@さんのいちゃいちゃぶりに嫉妬だったり(笑)

喫茶店で、山下さんとがぶん@@さんがここでのやりとりをしていたら、私は隣の席で間違いなく多動児バリバリで、ひいては、「あの、いきなりなんですが、ありがとうございます!」と言っていたでしょう。


>「絵」は、ただたんに「絵」だから意味があるのに。描き手のサイドストーリーなんかでは語れないから、「作品」なのに。

生意気ですが、私はいろんな「作品」を見たり読んだり聞いたりしたとき、これは内面の叫びだって感じる時があります。でも、やっぱり、作り手の云々なんて圧倒的に超えちゃってる「作品」に触れたときは、まさに

>その答えを引き出す過程については、論理の積み重ねではなく、五感が入り交じったまさに複雑で非線形なできごとなので自分でも解説不可能なのだ。

という感じがすごくそう思って、こうゆう時は、なんか前世だがなにかの仕業で、自分の意識と無関係に猛烈に涙が出たりして、で、こうゆう時に出る言葉は、「なんか、すごいっ」とか「なんか、止まんないねっ」とか、ちょっとアホなこになってしまいます。

ゆうこちゃん @ 2009年 06月 25日 19:58:40

>いやいや、いかにも人間らしいだろ(自分の引用するなんて、おいっ!)

今日パチンコ休みにひとりで「ハンバーグ大魔王」入ったら、
あとから女子高生らしい二人連れが入って来た。
ひとりは制服だけど、もう一人は私服で、しかも赤ちゃんを抱いている。
どうやらヤンママらしい。
で、ヤンママが席に着こうとした瞬間に、赤ちゃんの頭をテーブルの角にぶつけてしまい、ウギャーウギャー!と。
「おおーよしよし、痛てーかー?」
それを受けて制服の女子の方が、、、
「そりゃ痛ぇーだろう、人間だって痛いんだから」
「???」

がぶん@@ @ 2009年 06月 25日 21:21:56

>これまで書いたところもまったくおもしろく思えないという、いつもくる、あの例の「おそろしい時間」
>ぼくの作ったものを、あんな風にいわれたら、すごくいやだな?

山下くーん!
対象を意識し過ぎなんだよー。
そういう風に自分の作品を顧みるときって、対象者の視線であって自らの視線になていないと思う。
もっと一方通行でいいんだよー!全開全開!
もっと世間をナメたほうがいいよ。
ぜんぜん通用するから、山下君の作品は。

がぶん@@ @ 2009年 06月 25日 23:21:33

>そういう風に自分の作品を顧みるときって、対象者の視線であって自らの視線になていないと思う。

 うんうんうんうん。そーだ。そーなのだ。がぶん@@さんありがとうありがとう。

 あ、これ?いちゃいちゃって。わはは

山下 @ 2009年 06月 25日 23:55:54

>自分の意識と無関係に猛烈に涙が出たりして

ゆうこちゃん、それ自律神経失調症だから、、、、、、、、、、、(笑)

がぶん@@ @ 2009年 06月 26日 00:45:21

そうだよ、そうだよ、全然通用するから大丈夫だよ。
今さら、山下こんなんー?って思わないよ、お客さん5人しかいない時からみてるから。がはは

精一杯、山下さんとがぶん@@さんのいちゃいちゃに割り込んでみた。

・・・・・えぐっ。えぐっ。 (←はっ!自律神経失調症?)

ゆうこちゃん @ 2009年 06月 26日 09:29:54

>お客さん5人しかいない時からみてるから。

 そのほとんどがみんな知り合いで、終わった後、その中の高校のときからの友達が「さむかったー」というので「何コラっ」と脅かしたら「ああ違う違うスミちゃん、クーラーが俺に直撃、冷たい風が、直撃してて」と怯えながら取り繕っていたのを思い出しました。ありがとう。

 今日は、3歩進んで7歩下がり中。

 わははー

山下 @ 2009年 06月 26日 19:53:02

そうですよ。「フランス映画みたいなお芝居でした」って感想書いた張本人ですから。(素直な感想だったんだけどね、、、今さらの言い訳)

>今日パチンコ休みにひとりで「ハンバーグ大魔王」入ったら、
>「そりゃ痛ぇーだろう、人間だって痛いんだから」

もう突っ込みどころ満載のパチンコ休みだわ~。「ハンバーグ大魔王」が気になっちゃって気になっちゃって、思わず調べちゃいましたよ。ちなみに、私のいきつけのパチンコ屋では、近所のパン屋が店内でパンを売り歩きます。イライラしながらパンにかじりつくおじさんとか、微笑ましいです。

ゆうこちゃん @ 2009年 06月 26日 21:34:53

>ハンバーグ大魔王」

可愛い店内のくせに、今どき禁煙じゃない席もあるのがステキ。

>今日は、3歩進んで7歩下がり中。

ばかだな、3歩進んだところでやめるんだよ!
でまた明日、3歩進めばいい(笑)。

>「ああ違う違うスミちゃん、クーラーが俺に直撃、冷たい風が、直撃してて」

うまくごまかしたな、、お友達(笑)

でね、オレは今年もうクーラーとかやめることにして、、ま、インコも亀もいるんでね、、「朝までクール」という商品を買った。
簡単に言うと、おでこに張る冷えピタみたいな、中にジェルが入ってるヤツね、、あのでかいバージョンで普通のシングルベッドサイズ。。だからすげー重たくて10キロもある。
で、別に冷やすとかじゃなくてそのまま使うんだけど、直に素肌で寝るとそりゃもうさみーさみー、薄いシーツで覆って結構いい感じに冷たい。で翌朝まで使ったら、ボクは快適、そいつはすっかいボクの体温を吸収してちょっと暖かい。で、しばらくほっとくとまたヒンヤリになってた。こりゃいいわーー!

がぶん@@ @ 2009年 06月 26日 22:30:42

 七歩下がったとこから九歩進んでやめたので、二歩プラスです。

 昔、かなり負けてて、残り玉ぎりぎりまで打ってて、そしたら奇跡でそろって、だけど玉がなくて、左右、後ろ、斜め後ろにも人がいなくて、それでも2個は、絶対に2個は入れたのに、なのに玉が出て来なくて、慌てて店のにーちゃんに「玉入ったのに出てこーへんっ、早く早く止まる」とクレームをつけたら「何個」と呑気に聞いてきやがったので「2個やっ」といったら「ほんとですか」とかぬかしやがって「台調べたらわかるから開いて調べろ」といったら「入ってないのに調べられませんよ」とかぬかしやがったりしているうちに、台はエラーが出て、止まって、あんまり腹が立ったのでのでそのままそいつとケンカになって、もちろん店中大騒ぎになって、店員が集まってきて、そいつもそれをかさに勢いづきやがったので、「なめるな」と近くにあった自動ドアを蹴飛ばしたら、壊れて、このままだと弁償とかさせられると慌てて逃げた店が、最近、まわりにいい店がたくさんできて、客が全然入ってなくてすごくうれしい。

山下 @ 2009年 06月 27日 03:21:27

山下くんと正反対のことが今年の春に起こった。
確変で海物語当たったんだけど、6ラウンド以降玉が出てこない。
店員呼んでるんだけどぜんぜん来ないので、結局15Rまで打ち切っちゃった。
そしたら次の一回転でカスで当たっちゃって、困ったな、と思ってたらようやく店員が来て直してくれた。
で、カス当たりが終わって時短になっても出なかった玉がずるずると出ている、、ずーっとずるずると出ている。時単100回転終わっても出ている。そうこうしているうちに玉が3箱になった、、??、、2回しか当たってないのにもう3回分出てるじゃん!で、そのままシカトして打ってたんだけど、またカスが当たった。で、その当たりの玉なのかどうなのかもうごっちゃになっちゃってるんだけど(笑)、、、とにかくその後も玉は出続けてついに7箱くらいになっちゃった。もう当たってないのに玉が出続けるという不自然な状態になっちゃってるんで、さすがにこれはマズいなと思って、4箱分を集玉機に流して(その店は勝手に自分で流していいことになってる)、、もちろんその間も玉は出続けている、、、席に戻り店員を呼んで「ねえ、この台壊れてるんじゃない?玉が止まらないよ」と告白。そしたら店員が調べて「いや、溜まってるのが出てるだけですから、どうぞこのままお打ち下さい」と。「あいよ」、、でも当たり回数を見てみると合計5回、そのうちボクが3回だから、、、、それでももう8箱近いのは変、、、でもまあいいやと、、ついに14箱を超え、、時間を見たらもう夜10時近い、、、で結局15箱になったところで、もう一度店員を呼んで「あのさ、まだ玉出てるけどオレもう飽きちゃったからこのまま帰るから電源落としていいよ」「はい承知しました」
という、、、なんだか夢のようなひとときでした。

がぶん@@ @ 2009年 06月 27日 04:14:08

>「入ってないのに調べられませんよ」とかぬかしやがったりしているうちに、台はエラーが出て、止まって、

って、もう明らかに、台、おかしいやん!自動ドア蹴って、正解。

>「あのさ、まだ玉出てるけどオレもう飽きちゃったからこのまま帰るから電源落としていいよ」

つーか、かっこよすぎっです。

パチンコトーク、楽しいっすね。って、そう思ってるのはわたしだけか。わはは。茶店で話せっちゅーの。そんな私のパチンコエピソードは(まだパチンコ話続けるんかいっ)、エンドレス確変状態で29連チャンしたとき、KYORAKU特有の「シャキーン!」って音と同時に、呼び出しボタン押してもないのに店員が空箱持ってきて、「確変、確定っすから」って箱とりかえてくれて。その後も「シャキーン!」と同時に、店員が「おめでとうございます!」って勝手に箱とりかえてくれて、、、なんだか夢のようなひとときでした。

ゆうこちゃん @ 2009年 06月 27日 19:37:55

 すげえな。そんなことがあるのか。

 じゃあこんなの。昔、神戸の新開地というところで打ってたら、奥の方から「おい、みんな見とけ」と声がして、見ると、負けがこんでいたらしいおっさんが拳骨で台のガラスを叩き割った。すると後ろから店員がおっさんに飛びかかって、その勢いで、後ろの台のガラスも割れた。そのシマ、誰も出てかなったので、みんなで「わー」と拍手をした。

山下 @ 2009年 06月 28日 15:11:41

私はパチンコを一度もしたことがありません。

「ヨコはパチンコハマるからやめとき」
と言われたことを未だにちゃんと守ってます。

よこ @ 2009年 06月 28日 23:28:26

じゃ、こんなのは。
鎌倉の御成通りに小さなパチンコ屋がある。
いつ行っても客は全部で5人くらい(笑)。
その時は7〜8人くらいの客がいて大混雑!
で、打っていたら突然停電した。
時々そういうこともあるのだけれど、大抵は2〜3分で復旧するのだが、その日はなかなか復旧しない。
店内放送の音楽を止め、店長が大きな声で言う。
狭いんでマイクとか使わず生声で(笑)
「すみませーん!ちょっと簡単に直る故障じゃなさそうなんで業者呼びました」
で、ボクが、
「え〜、時間かかんの?」
「はい、それが、、、、」
業者はなんと横浜から来るというのだ。
横浜から鎌倉までは電車でも25分かかる。
車使ったらそれ以上はかかるぞ。
客のみんなが、「え〜〜〜!」
、、、、待つ事一時間。
それでも来ない。
だからと言って帰る客はいない、それぞれ買い物行ったりお茶飲み行ったりしてたけど、
ついに待ちかねて、、、、、誰からともなく、つまんないからみんなでなんかしよう、、ということになり、、、、。
「じゃ、しりとり歌合戦でもしようか」
と、おじいさんのお客が言出し、
「そうしましょう、そうするか」
そのじいさんが、
「じゃ、まずは松屋(パチンコ屋の店名)の『ま』!」
常連のばあさんが指名されたわけでもないのに、、、
「♪まんま〜るお月さ〜ん、、、、♪」
と、、、、
こうして、パチンコ屋の客同士での、前代未聞の「しりとり歌合戦」が始まったのだった(大笑)
で結局、ボクの順番が3回まわって来たところで業者が到着、、たぶん2時間近くは待っていたと思う。
で、あっという間に無事復旧。
お詫びのしるしということで、客ひとりにつきドル箱一箱の玉が全員に配られたのだった。

がぶん@@ @ 2009年 06月 29日 09:04:56

>そのシマ、誰も出てかなったので、みんなで「わー」と拍手をした。

>こうして、パチンコ屋の客同士での、前代未聞の「しりとり歌合戦」が始まったのだった(大笑)

ええ話やなあ。パチンコ屋での奇妙な一体感って、わかるなあ。新開地のバイオレンスといい、鎌倉のほっこりさといい、「人間だもの」的アプローチなんかよりも、全然ぐっときますね。

じゃ、じゃあ、こんなの。平日の昼間ちんまりと打っていたとき、突然、見たこともない狸のキャラクター(古くからあるKYORAKUのキャラクターらしい)が出てきて、「えっ?」ってきょとんとしている私に、左隣のおじさんが「プレミアムだ」といい、右隣のおばちゃんが「うん。これは出るわね」といい、ふたりの予言通り確変で当たった瞬間、「よし、よし」と頷くおじちゃんおばちゃんに「ありがとうございます」とペコペコお辞儀しまくる、、、って、ずいぶんゆるいエピソードしかないですね。勉強してきます!

ゆうこちゃん @ 2009年 06月 30日 00:51:28

 ということで、連日稽古がはじまりました。まだ本はできてないとこがあるけど、ここからは、やりつつ考えつつ、公演の日までにどうにかすればいい。稽古のこのあたりを見ていると、これがひとつの劇になるのか、といつも思うけど、なるからすごい。世間をなめつつ進めます。はははー。

 明日も稽古。だけどあさっては休み。

山下 @ 2009年 06月 30日 04:03:56

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