凧が目にしみる

凧揚げに絡み 逮捕者千人 - パキスタン

【ラホール/パキスタン 12日 AFP】ラホール(Lahore)の当局者は12日、凧揚げをした者、凧を販売した者、合わせて千人を逮捕したと発表した。凧揚げに関連して10人が死亡していることから、逮捕者はテロ容疑で裁判にかけられる可能性があると警告した。ガラス被覆や金属製の糸が原因の死亡事故が相次いだことを受けて、東部のパンジャブ(Punjab)州は人気のあるバサント祭(Basant festival)に先立ち、凧揚げを禁止していた。写真は、バサント祭前日のラホール、夕暮れの凧。(c)AFP/Arif ALI

AFPBB News


凧揚げ、ってすっかり日本の正月の風物詩ですが、パキスタンで?と思ってしまった。
しかし、凧ってもともと日本が発祥地じゃないんですね。
当然というかやはりというか中国のようです。で、中国から朝鮮、日本、東南アジア、南太平洋の島々、そしてヨーロッパ、アフリカへと伝わったらしい。
漢代には戦にも使われた(武器としてではありませんが)ということだし、
有名なところで思い出すのは、ベンジャミン・フランクリン。嵐の中で凧をあげ、稲妻が電気であることを証明したんでしたね。
小学校の教科書、挿絵がよみがえるなあ。

武器として使われてなかった凧が、この写真での報道のようになぜ凧が危険なのか。

<バサントで凧揚げが危険なワケ>
このバサントという祭り。
2月中旬の春を祝う凧揚げ祭りらしいのですが、一晩中凧揚げに狂うんですって。そんなに凧揚げ、楽しいか?
さらに凧をケンカさせるんですね。
相手の糸を切るため、金属製の糸やガラス繊維を混ぜた糸を使うそう。
男の闘争本能を刺激するんだろうな。
切れた凧糸や、電線から垂れた糸が首にかかって、走行中のバイクの運転手が命を落とすケースも多いというから、怖い。
すでに10人が犠牲になっているとの報道ですから、祭りでの死者としては少なくないですよね。

<日本では>
日本の凧は平和の象徴、のどかな光景が思い浮かびますが、調べてみると日本にもケンカ凧が少なからずありました。

愛媛県五十崎、愛知県田原、長崎(ちなみに長崎では凧のことをハタと言います。何でも出島を訪れたインドネシア人(鎖国時代にインドネシア人!?よくわからないが?)が伝えたと言われています。さすが長崎、凧もアジア情緒たっぷり)、静岡県浜松。
北のほうは見当たりませんが、ケンカ凧は日本のあちこちで見られる風習のようです。

どれも元は初節句のお祝い、男児の出生と無事な成長、さらに出世を祈っていたようですが、それが勇壮な、あるいは武運長久をこめたケンカ凧という形になっていたようです。
こいのぼりと武者人形、鎧兜を足したようなものでしょう。
私事ながら、息子が生まれたとき、男兄弟のいなかった私のあこがれであるこいのぼりをあげられることは非常にうれしかったものの、鎧兜を飾ることに抵抗を感じたものでした。
人形屋と親に、別に鎧兜で戦争好きな男児を作ろうとしているわけではないのだから、と説得されしぶしぶ飾ったものです。
まさか、戦いごっこの好きな男児に育ったのは鎧兜のせいではないでしょうね。
ケンカ凧なんかにもきっと熱中するんだろう。

<凧にちょっと八つ当たり>
それにしても、凧よ、お前もか、です。私に言わせりゃ。
九州の田舎育ちの私。長く続く家の総領娘。男尊女卑とまではいかないまでも、根底はやはり九州ですから。
男だったらと何度も言われ。しかし、長男の役割も負わされ。それでも、男としてやるべき役割のうちいくつかはは女だからと言うことで参加もできず。

まあ、別に凧に気持ちを込め、遠くに羽ばたきたいとか知らない世界に行ってみたいとか、そういうことを思ったことは皆無だったにしろ、
もちろん凧揚げが特別好きだったわけでもないにしろ、
(あ、そういえば中学生のとき好きだった先輩に凧の作り方を教えて、ってのを口実に手紙を書いたことがあったっけな)
凧までもが男児出生を祝うモノだったとは、です。
凧に裏切られた気分。
オンナが凧なんかあげるな、オンナはその土地に根をおろして、外の世界なんて見るな、って言われた気分。
フン!
凧揚げに興じることもなく育ったかつての総領娘は田舎を捨てて、縁もゆかりもない都会で生きています。
糸の切れた凧になって久しい。
糸を手繰って、地面に降りたい。そんな切なさも感じる人生の秋。ちょっとおセンチ。

カテゴリー[ 独断と偏見・時事 ], コメント[5], トラックバック[0]
登録日:2006年 03月 16日 20:08:23

コメント

金属製の凧糸・・・十分狂気もとい凶器ですね。指とか腕とか首とかスポーーーンと・・・。

糸の切れた凧ってのは、あこがれました。風の吹くままどこまでもみたいなね。やがては風も弱まり地に落ちるわけで、枝や電線に引っかからず、水面に落ちてさらに流されることもなく、ふわっと草地に下りることができたなら、まあ幸せなのかもしれないね。

徳永和之 @ 2006年 03月 17日 07:07:37

別サイトのニュースタイトルは
「命がけの凧揚げ」ってなってたねー(笑)

凧ひとつでここまで考えちゃうすずかさんの
こまやかな心と表現力に感心しました。
私はあまりいろいろ考えて生きてないなぁ、反省。。。

くぼ @ 2006年 03月 17日 09:35:15

徳永さま(笑)
糸の切れた凧も、いつかは着地するんだ!そうか。←当たり前
着地点が問題でしたか。やっぱり悲しいよ。

くぼさま
どこが細やかなんだか・・・苦笑。
そう言ってくださるくぼさまに感謝。お恥ずかしい。

すずか @ 2006年 03月 17日 20:21:11

土佐凧は、長宗我部氏が敵陣との距離を測ったり、放火したり、うなる音を立てて動揺させたりといった兵器として使ったそうですよ。白影は凧に乗って赤影たちを助けに来ていたなあ(←ちがうって)。

テツ @ 2006年 03月 17日 21:38:00

テツさま

私が思い出したのは、風船爆弾・・・風船おじさん、ってのもいました。笑←もっと違う

すずか @ 2006年 03月 18日 17:21:43

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さかぐち すずか
(女)
国と外郭団体にて女性労働行政に携わる。3人の子育てトンネルを抜け出し、大学の研究所や弱小業界紙を経て、現在、介護生活&塾の採点室のセンセイ&地元紙で情報発信をする。物事をナナメから見てしまうのは、人生のメインストリートをはずれたせいかもしれません。
理屈より感覚。好きか嫌いか。ちょっと毒舌入ります。小心者の博多女ゆえ深い意味はありません。
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