よーく見てまねして

ターナーの名画 最高値の583万2千ポンドで落札 - 英国

【ロンドン/英国 6日 AFP】19世紀を代表するロマン派の風景画家、(Joseph Mallord William Turner、1775年~1851年)の傑作として名高い水彩画「Blue Rigi」が5日、有名オークションハウスのクリスティーズ(Christie’s)で競売にかけられ、200万ポンド(約4億600万円)という当初の予想を大きく上回る583万2千ポンド(約12億2600万円)で落札された。これまで競売にかけられたイギリスの絵画では過去最高の値で落札されたことになる。(c)AFP/CARL DE SOUZA

AFPBB News


少々鮮度は落ちたが盗作について考えてみたい。
もちろん画家和田義彦氏の作品がイタリア在住の画家アルベルト・スギ氏の作品と酷似している問題ですね。

先日新聞でこんな4コマ漫画があった。
話題の両氏の作品を見比べて、とぼけた主人公が「こんなに似せて描けるなんてすごい」と感心するっていうもの。

芸術って模倣から始まるだけに、この漫画にはうなりました。
もちろん、模写とオリジナル作品とはちゃんと区別しないといけないのは当然ですが。

<書の世界だって>
かくいう私も書道を長いことやってましてね。
この世界も華道や茶道のような家元こそないものの、会派に入っていないとその道で食っていくのはむずかしい。
ナントカ会の展覧会なんて見てごらんなさい。と言っても、ナントカ会のお弟子さんとか家族でない限りまず見に行く機会もないでしょうが。
ナントカ会のボスのコピーみたいな作品がそれはそれは何十枚もずらりと並ぶ姿は別の意味で圧巻。

今、書ってちょっとしたブームです。バラエティ番組で書のコーナーがあったり、若いアイドル書家が注目を集めたりしていますが、本来ちょこちょこっと書いて、「味のあるいい字ですね」なんていう世界ではない。
重鎮たちが君臨し、そのまた上には中国の書聖たち(中国四千年の歴史だけいるんだもん)。
その書聖たちの筆跡を(もっと古くは拓本って言って石に彫られた字を版画状態に写しとったもの)正確になぞることが書の修行の始まり。始まりで終わりなのかもしれない。
臨書、というのですが。

<臨書か模倣か>
臨書をやってやってやってやって・・・私の敬愛する榊莫山先生ももちろん始まりはここ。
どんなに自由な書風がウリの自由そうに見える大先生だって、臨書臨書臨書の日々があったればこそ。
それから独自の世界にやっと入れるかどうか、いや、まだでしょう。だって今はそこにナントカ会があるわけだから。
ナントカ会の会長の(たぶん)じじいの字をまた模倣(ここは臨書じゃなくって、もう猿真似だな。だってナントカ会の展覧会なんてもういたたまれないもん)して模倣して模倣して・・・それで終わりか。
せいぜい近所の習字塾の先生だな。
で、そんな言い訳をしてワタシは書道を見限った。
山月記を読んで、所詮逃げただけかとわが身を思ったこともありました。

それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙意恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。


そんな言い訳する必要もなかったはず、和田センセイ。芸大まで出ていたのにね。
いっそ虎になれていたら、と彼が思っているかどうかは誰にもわからない。

芸術って、苦しいもんです。

カテゴリー[ 独断と偏見・時事 ], コメント[6], トラックバック[0]
登録日:2006年 06月 16日 11:18:20

コメント

 かつて,書の世界にも何々流,何々派といった家元のようなものも存在しましたが,近代の書家はその無意味さに気づいたようです。しかし、現代は,また違った意味でのナントカ会というのが無数に存在しているのは事実のようです。
 臨書については,形に臨む書や意に臨む書や人に臨む書などがあります。その人の書に臨んでいるのですから落款の後には臨書と表記します。ナントカ会の生徒さんも先生のコピーであれば臨書と書いて出品する方がいいかもしれません。
 現在は著作権の問題など複雑な権利義務関係が絡んでいますので和田センセイの場合は,取り消されても仕方がないのかもしれませんね。

snoopei @ 2006年 06月 16日 22:00:01

 かつて,書の世界にも何々流,何々派といった家元のようなものも存在しましたが,近代の書家はその無意味さに気づいたようです。しかし、現代は,また違った意味でのナントカ会というのが無数に存在しているのは事実のようです。
 臨書については,形に臨む書や意に臨む書や人に臨む書などがあります。その人の書に臨んでいるのですから落款の後には臨書と表記します。ナントカ会の生徒さんも先生のコピーであれば臨書と書いて出品する方がいいかもしれません。
 現在は著作権の問題など複雑な権利義務関係が絡んでいますので和田センセイの場合は,取り消されても仕方がないのかもしれませんね。

snoopei @ 2006年 06月 16日 22:00:07

 学生時代、M日書道展の審査のバイトを1週間やりました。もちろん審査するのではなく、全国から集まった何百何千もの作品を順々に奥から運び出して、審査員たちの前に横並びになって見せ、また奥へと運んでいくのです。大きな額に入った作品は重くて重くて、本当にヘトヘトになりました。
 審査員は20人くらいいたかな。まん前の真ん中に座っているループタイのおじいさんが「1番、4番」とか叫ぶと、それが入選。それで終わりです。残りの審査員はうなづくだけ。で、このおじいさんが「なしや!」と叫ぶと、はじめて周りが「2番」とか言う。つまりこれは保留ということか?
 最終日、休憩時間に奥でくたばっている我々の前にこのおじいさんとおつきの者が現れ、おつきの者いわく「諸君、ご苦労様でした。特別に○○先生が飲み物をくださいます」ということで、じいさんの「ご苦労さん!」の玉音とともに、恩賜のジュースが下賜されたのでありました。

鉄山ことテツ @ 2006年 06月 17日 09:55:48

snoopeiさま

コメントありがとうございます。
和田センセイも和田臨、ならぬ和田模か和田写(いや、和田盗か)とかサインすればよかった・・・?笑

テツ山さま

へぇ~、いい経験をしましたね。
ナントカ会やらナントカ高校書道部やらも作品の選考はそんなもんでしょう。
芸術って何!?

すずか @ 2006年 06月 18日 10:19:30

昔、母親に「落ち着きのある子になるように」と、書道を習わせられました。
ふふふ。
洋服はいつもスミだらけ、字も上手にならない、もちろん落ち着きなど・・・。
今になって思うと、書の道は厳かで素敵だと思います。
あのとき、まじめにやっときゃよかった・・・。
時すでに遅し。

藤原Hikki @ 2006年 06月 18日 13:51:36

昔、習字を教えたガキがそりゃひどかった。
家中墨だらけのドロドロにしやがった。
引越しでやめたときは心底うれしかったなぁ・・・

すずか @ 2006年 06月 19日 20:01:11

コメントを追加

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2006年 06月 >




1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
プロフィール
さかぐち すずか
(女)
福岡は玄界灘に面した町で生まれ育つ。
九州大学卒業後、国と外郭団体にて女性労働行政に携わった後、大学の生涯学習研究所や弱小業界紙、大手進学塾の採点室を経て、現在、ライター&介護生活佳境&3人の子育て終盤戦。
「女・年寄り・子ども」の視点から、介護・おシゴト・受験・ちょこっとエコについて書いています。
なにごとも物事をナナメから見てしまうのが長所でもあり短所でもあります。

★お仕事関係でご連絡いただける場合はコチラへ♪ (at)を@に変えてください。
suziesn(at)gmail.com
最近のトラックバック
検索