-- いじめと逃走

年間6万人が自らの命を絶つ - ロシア

【モスクワ/ロシア 6日 AFP】ロシアでは毎年6万人が自殺しており、リトアニアに次いで世界第2位の自殺大国となっている。
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(c)AFP/ALEXANDER NEMENOV

AFPBB News


●「逃げる」という打開策
ここ数週間、いじめによる自殺や自殺予告をきっかけとして、いじめに関する
識者の意見や有名人のメッセージ等が、新聞や雑誌、ウェブサイトに連日掲
載されている。
いじめによる事件が起きる度に繰り返されている、お決まりの報道ではあるの
だが、いつもと少し異なっているのは、そうした意見やメッセージの中に「いじ
めからは、思い切って逃げ出すべきだ」とする見解が含まれている点である。
実は私も、この見解に賛成である。


●私もいじめられていた

これまで、殆ど誰にも明かして来なかったのだが、私も長年、いじめを受け続
けてきた。学生時代の約6年間と、社会人になってからの約2年間。計8年も
の間、様々ないじめを体験してきた。
いじめの内容が最も凄絶だったのは、中学での3年間であった。暴力、嫌がら
せ、陰口等、色々な形でいじめられていた。ただ、当時はまだ「いじめから逃
げ出す事」が、有効な打開策になるという考えは浮かばなかった。中学時代
は「勉強して、いい高校に入れば、いじめから解放される」という思いから、い
じめに耐えつつひたすら、勉強に打ち込んでいた。
結果、県内一の進学校へ行く事が出来た。しかし、そこで待ち受けていたの
は無視、からかいといった、別の形によるいじめだった。それまで信じてきた
「勉強して、いい高校に入れば、いじめから解放される」という期待に裏切ら
れ、私は意気消沈して、勉強にも身が入らなくなってしまった。
結局、高校2年の時に数人の親友と出会い、いじめからは解放されたのだが、
「いじめから解放されたい」という一心で勉強してきたにも関わらず、進学先
で再びいじめに遭遇したショックは、相当甚大だったのだろう。私は、その後
高校を卒業するまで、勉強への意欲を取り戻す事は出来なかった。勉強しな
くては、と授業に取り組もうとしても、原因不明の睡魔に襲われ、気付いたら
居眠りをしていた、という状態が繰り返された。それが、心因性のものだった
のか、何らかの病気(ナルコレプシー等)だったのかは判らないが。


●社会人になってからのいじめ
「いじめからは逃げ出すべきだ」という考えを持つようになったのは、会社での
いじめを経験した後である。IT関連企業に就職し、常駐先でパソコンのトラブ
ルシューティング関連の業務に従事していたのだが、その常駐先での上司か
ら、暴言、威圧、人格の否定といったいじめを受けた。もっとも、上司自身は
それをいじめであるとは考えていなかったようだが、私にとっては耐え難い苦
痛であり、いじめ以外の何物にも感じられなかった。
毎日のように「逃げ出したい」とは思っていたのだが、同じ会社に常駐してい
る同僚、先輩、後輩に迷惑がかかるという不安と、せっかく就職出来た会社を
短期間で辞めてしまいたくないという意地が足枷になり、配置転換等の要望
も聞き入れられず、結果として実際に逃げ出すまでに2年もかかってしまった。
そして、逃げ出すまでの時間が長引いた事により、私は様々な後遺症を負っ
てしまった。
今も悩まされている睡眠障害、職場が変わっても、再び同じ目に遭うのでは
ないだろうかという職場恐怖症、仕事や転職がうまくいかない事による苛立
ち、自暴自棄な振る舞い……。
もっと早く逃げ出していたならば、という後悔は、今でもある。だが、逃げ出し
た事そのものに対する後悔は、全く無い。あの状況で逃げ出していなければ、
私は確実に、自らを破滅へ追いやっていただろうから。


●逃げる為の努力
この体験がきっかけとなって、私は「どうにもならなくなっているいじめからは、
逃げ出すべきだ」という考えを支持するようになった。どうにもならなくなって
いる状況で、その中に身を置いたまま解決策を探ろうとしても、結局事態を悪
化させるだけなのである。そして、次第に正常な思考や判断が失われていき、
やがては逃げ出す事さえ出来なくなってしまうのである。身体や精神、その
後の人生等に後遺症が残る場合もあるだろう。だからこそ、そうなる前に逃
げ出す事を勧めたい。
もっとも、逃げ出すという事は簡単ではない。逃げ出す為には、かなりの勇気
と行動が必要になる。逃げ出す為の最も現実的な方法は、自らの親にいじめ
の事実を告白する事なのだが、それが出来なくて苦しんでいる人も多い事だ
ろう。また、「田舎には、逃げる場所など無い」「逃げたという噂が広まったら、
もっと酷いいじめを受ける」という反論もあるかも知れない。
しかし、そこで立ち止まってしまっては、事態は何も変わらない。そして、立
ち止まっている間に、後遺症の危険性はどんどん蓄積していく。どのような手
段でも構わないので、とにかく逃げ出してみてもらいたい。学校や家庭、地
域という場から離れてみるのもいいだろう。逃げ出してみる事で、それまでい
じめによって見えなくなっていたものが、うっすらと見えてくる筈である。
逃げ出した先で、再びいじめに遭ったならば、もう一度逃げ出せばよい。「逃
げ出してばかりでは、忍耐力が身につかなくなる」と言う人も居るだろうが、
私に言わせれば、いじめに耐える事で体得した忍耐力は、その後の人生に
まるで役立たない。むしろ、反動による悪影響のほうが大きい。


●自殺は「逃げ」ではない
ちなみに、自殺する事は「逃げ」ではない。自殺は「負け」である。
逃げ出して生き延び、新たな生き方を見つける事で初めて、いじめを克服す
る事が出来る。いじめられていた、過去の自分を乗り越える事が出来る。自
殺は、いじめへの敗北を認め、いじめに屈するという、何の解決にもならない
行為である。
とは言え、身体や精神がぼろぼろになってくると、自殺が安易な「逃げ」であ
るように錯覚してきてしまう。逃げる為に行動する気力も失われてきてしまう。
しかし、そうした状況に追い込まれていたとしても、何かしら逃げ出す手段は
残されている筈である。自殺という偽りの「逃げ」に走らず、きちんと逃げて、
生き続けてもらいたい。生き続ければ必ず、「あの時、自殺しなくてよかった」
と思える時がやって来るだろうから。


……もし、天国と地獄というものが存在するのであれば、いじめが原因で自
殺した人は、死後の世界でもいじめられ続ける事だろう。

そして、死後の世界ではもう、逃げ出す事は決して出来ない。

私は、その一念でこれまで、自殺を思い留まってきた。自殺が「逃げ」ではな
いとする所以も、ここにある。

死後の世界というものが存在するのかどうか、私には分からないが、死後の
世界でも延々いじめられ続けるくらいなら、生前の世界でいじめから逃げ出
したほうが、ずっとマシである。

そうは思わないだろうか。
 

カテゴリー[ 時事・社会問題 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 11月 24日 22:36:26

コメント

一生の心の傷、なかなか癒えることはないと思います。
人を傷つける権利は誰にもないはずなのに。
逃げても負けてもいいけど、死んではいけない。

すずか @ 2006年 11月 26日 07:14:36

 
>すずかさん
「傷つけている」事に気付かない人が居る、という事が、一番厄介な点であ
るように思います。
いじめられている側が「いじめ」だと感じれば、いじめている側に認識が無く
ても、それは「いじめ」になります。

長時間のサービス残業、新聞の勧誘、電車の中で他人の視線を浴びる事、
何もかもが「いじめ」化します。
しかし、(いじめにおける)加害者側の人は、それを殆ど認識出来ない。
これが、「いじめ」の一番の怖さであり、根深さであるように思います。
 

牧人 @ 2006年 11月 27日 23:26:31

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プロフィール
高瀬 牧人
[・・Office Q3・・]
 
1978年12月4日、石川県生まれ。10歳から福井県で過ごす。
大学卒業後、IT関連企業等に勤務。現在は、個人事業主としてライティング、コンテンツ制作等の各種業務に取り組んでいる。

ライティングやウェブコンテンツ制作等のお仕事を承っております。詳しくは、上記ウェブサイトをご覧下さい。
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