-- 追悼2007

2007年に亡くなった世界の著名人

【12月24日 AFP】(12月30日 一部修正)2007年に亡くなった主な著名人(敬称略)。
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AFPBB News


 
2007年も、多くの著名人の方が亡くなり、また多くの名馬たちが、天国へと
旅立っていった。
追悼の気持ちを込めて、2007年に亡くなった主な著名人と、主なサラブレッ
ドの名を、書き連ねてみたい。
 

 
■安藤 百福(あんどう・ももふく)
日清食品創業者。台湾生まれ。
「チキンラーメン」や、世界初となるカップ麺の開発・発売等により、「即席ラー
メンの父」等と呼ばれた。
1月5日、急性心筋梗塞の為逝去。96歳だった。

毎日、三食のうち一食は、チキンラーメンを口にしていたとの事。
健康の秘訣として、「食事は常に腹八分目で済ませる」「心をリラックスさせ、
柔軟に保つ」等を挙げていた。



■池江 敏郎(いけえ・としろう)
元JRA厩務員。オグリキャップ、オグリローマンらの担当厩務員として知られ
ている。池江泰郎調教師は弟。
1月17日、心臓疾患の為逝去。71歳だった。


■シドニィ・シェルダン
作家。ユダヤ系アメリカ人。代表作に『ゲームの達人』『天使の自立』等。
1月30日、肺炎の為逝去。89歳だった。


■鳥居 滋夫(とりい・しげお)
元フジテレビアナウンサー。1960年代から70年代にかけて、『フジテレビ競
馬中継』の実況を担当した。
2月23日、肺がんの為逝去。73歳だった。


■坂谷 真史(さかたに・しんじ)
競艇選手。福井支部所属で、99年に三国競艇場でデビューした。妻の佐々
木裕美選手も、同期の競艇選手。
2月26日、住之江競艇場でのレース中に事故に遭い、脳幹裂傷及び頭蓋骨
骨折の合併症により逝去。26歳だった。


■太宰 義人(だざい・よしひと)
元JRA騎手、調教師。日本の競馬界史上初の大卒騎手であった。
調教師時代には、重賞を勝ったオープニングテーマ等を管理していた。太宰
啓介騎手は次男。
3月19日、入院先の国立滋賀病院で逝去。61歳だった。


■鴨志田 穣(かもしだ・ゆたか)
フリーカメラマン。アジア各国の紛争地帯を数多く取材し続けた。漫画家の西
原理恵子氏は元妻。しかし、離婚後も西原氏が闘病生活等に付き添ってい
た。
3月20日、腎臓がんの為逝去。42歳だった。


■植木 等(うえき・ひとし)
コメディアン、俳優。大ヒットした『スーダラ伝説』で紅白歌合戦に出場した他、
多くの映画、テレビドラマ、バラエティ番組等に出演した。
3月27日、呼吸不全の為逝去。80歳だった。


■伊藤 一長(いとう・いっちょう)
政治家、元長崎市長。
1995年に、現職であった本島等氏らを破り、長崎市長に初当選した。
4月17日、4選に向けての選挙活動中に銃撃され、翌18日に大量出血により
逝去。61歳だった。


■ボリス・ニコライェヴィチ・エリツィン
元ロシア初代大統領。1990年にロシア共和国最高会議議長に就任した後、
ソビエト社会主義共和国連邦の解体と、ロシアの民主化を推し進めた。1991
年に、ロシア大統領に就任した。
4月23日、心臓疾患による多臓器不全の為逝去。76歳だった。


■横山 ノック(よこやま・ノック)
お笑いタレント、元大阪府知事。本名山田勇。
1959年に、上岡龍太郎らと「漫画トリオ」を結成し、多くのテレビ番組等に出
演した。その後、参議院議員を経て、1995年に大阪府知事となった。しかし、
1999年12月に強制わいせつ罪で在宅起訴された直後、知事を辞任した。
5月3日、中咽頭がんの為逝去。75歳だった。


■塩沢 とき(しおざわ・とき)
女優。本名塩沢登代路。映画や舞台等で活躍した他、独特のヘアスタイルで
も知られていた。30歳の時に舌がんを患い、以来50年近くにわたって、がん
との闘病を繰り広げ続けた。
5月17日、スキルス性胃がんの為逝去。79歳だった。


■藤原 伊織(ふじわら・いおり)
作家。東京大学文学部卒業後、電通に入社。サラリーマン生活と並行して小
説を書き続け、1995年『テロリストのパラソル』で、江戸川乱歩賞と直木賞を
史上初めてダブル受賞した。
5月17日、食道がんの為逝去。59歳だった。

会社勤務を終えて帰宅した後、いったん仮眠を取ってから創作活動に臨んで
いた、という話を耳にした記憶がある。



■坂井 泉水(さかい・いずみ)
歌手、作詞家。本名蒲池幸子。モデルを経て、音楽グループ「ZARD」のボー
カリストとして活躍した。代表曲に『負けないで』『揺れる想い』等。
5月29日、入院先の慶大病院で非常階段から転落し、その際の脳挫傷が原
因で亡くなった。40歳だった。


■松岡 利勝(まつおか・としかつ)
政治家。農林水産大臣在任中に、事務所費問題等が浮上した。
5月28日、衆議院議員宿舎にて首吊り自殺を図り、病院に搬送されたものの
死亡が確認された。62歳だった。


■宮沢 喜一(みやざわ・きいち)
元内閣総理大臣。PKO協力法の成立等に取り組んだ。2003年に政界引退。
6月28日、老衰の為逝去。87歳だった。

ジャーナリストの田原総一朗氏によると、英語に関しては自民党で最も自由
にしゃべる事が出来た人だった、との事。



■村上 恵梨(むらかみ・えり)
タレント、グラビアアイドル。サッポロビールキャンペーンガール、ユニチカマ
スコットガール等として活躍した。
7月8日、盲腸低分化腺がんの為逝去。25歳だった。


■黒木 靖夫(くろき・やすお)
元ソニー取締役。「ウォークマン」の開発に取り組み、「ミスターウォークマン」
とも呼ばれていた。また、「SONY」のロゴマークのデザインも手がけた。
7月12日、胃がんの為逝去。74歳だった。


■河合 隼雄(かわい・はやお)
心理学者、京都大学名誉教授。分析心理学(ユング心理学)の日本におけ
る第一人者。著書に『深層意識への道』『神話の心理学』等。
7月19日、脳梗塞の為逝去。79歳だった。


■カール・ゴッチ
プロレスラー。アントニオ猪木選手に得意技のジャーマン・スープレックスを
伝授する等、多くのプロレスラーの指導にあたり、「プロレスの神様」と呼ば
れた。
7月28日、アメリカ・フロリダ州の自宅にて逝去。82歳だった。


■高橋 直(たかはし・なお)
元JRA騎手、調教師。1961年に調教師へ転進した後、皐月賞を勝ったラン
ドプリンス、小倉大賞典を勝ったメイショウマリーン等を世に送り出した。
7月29日、肺炎の為逝去。82歳だった。


■小田 実(おだ・まこと)
作家。
平和運動家としても知られ、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)を結
成した人物でもある。代表作に『何でも見てやろう』等。
7月30日、胃がんの為逝去。75歳だった。


■阿久 悠(あく・ゆう)
作詞家。本名深田公之。
「UFO」「サウスポー」「勝手にしやがれ」等、多くのヒット曲の作詞を手がけ
た。テレビ番組「スター誕生!」の番組企画等にも関わった。
8月1日、尿管がんの為逝去。70歳だった。


■瀬島 龍三(せじま・りゅうぞう)
元伊藤忠商事会長、元大日本帝国大本営参謀。
太平洋戦争終戦後、シベリアで11年間の抑留生活を強いられた後、伊藤忠
商事に入社した。また、中曽根政権時の第二次臨時行政調査会委員として、
三公社の民営化等に力を注いだ。
9月4日、老衰の為逝去。95歳だった。


■ルチアーノ・パヴァロッティ
テノール歌手。イタリア生まれ。「三大テノール」の一人として知られていた。
トリノオリンピック開会式での熱唱が、最後の晴れ舞台となった。
9月6日、腎不全の為逝去。71歳だった。


■森田 光徳(もりた・みつのり)
元シャボン玉石けん社長。
1964年に社長に就任して以来、無添加せっけんの製造販売や普及等に尽
力してきた。
9月17日、北九州市内の病院にて逝去。76歳だった。


■長嶋 亜希子(ながしま・あきこ)
元プロ野球選手、長嶋茂雄氏の妻。
1965年に結婚し、二男二女をもうけた。元プロ野球選手の長嶋一茂氏は長
男。
9月18日、心不全の為逝去。64歳だった。


■広瀬 伸一(ひろせ・しんいち)
元ラジオNIKKEI(旧・日本短波放送)アナウンサー。
スティルインラブが勝った2003年の秋華賞をはじめ、多くの競馬実況を担当
した。
9月26日、胃がんの為逝去。49歳だった。

1996年のバイオレットSにて、吹雪の為競走馬が殆ど見えない状況で実況を
行なった経験を持つ。



■星川 薫(ほしかわ・かおる)
元JRA調教師。シンザン記念を勝ったメイショウテゾロ、クイーンSを勝ったレ
インボークイーン等を管理した。
10月5日逝去。77歳だった。


■阿部 典史(あべ・のりふみ)
オートバイレーサー。弱冠18歳で全日本ロードレース選手権500ccクラスの
チャンピオンとなる等、数々の栄冠に輝いた。2005年からは、スーパーバイ
ク世界選手権に参戦していた。
10月7日、川崎市内の市道でトラックと衝突し急逝。32歳だった。

イタリアのトップライダー、バレンティーノ・ロッシ選手は阿部氏の大ファンで、
自らに「ろっしふみ」というニックネームを付けている。



■黒川 紀章(くろかわ・きしょう)
建築家。中銀カプセルタワービル、福井市美術館(アートラボ福井)等の設計
を手がけた。2007年には東京都知事選、参議院議員選挙に相次いで立候
補し、話題を集めた。
10月12日、多臓器不全の為逝去。73歳だった。


■藤波 孝生(ふじなみ・たかお)
政治家。内閣官房長官、労働大臣等を歴任。1989年に、リクルート事件に関
与したとして受託収賄罪で在宅起訴された。1993年に衆議院議員選挙で落
選したが、1996年の選挙では返り咲いている。
10月28日、肺炎による呼吸不全の為逝去。74歳だった。


■成宮 明光(なるみや・あきみつ)
元JRA調教師。1964年に、28歳の若さで調教師免許を取得した。獣医の資
格も持っており、美浦随一のエリート調教師とも言われていた。オークスを制
したカネヒムロ、スプリングSを勝ったビゼンニシキ等を管理した。
11月10日、肺炎の為逝去。72歳だった。

2006年に調教師を引退した後は、青森県の牧場で競走馬の生産、育成等に
携わっていた。



■稲尾 和久(いなお・かずひさ)
元プロ野球選手、野球解説者。
1956年に西鉄ライオンズに入団し、1958年の日本シリーズでの大活躍によ
り、「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれるようになった。また、1961年にシーズン
42勝を記録した。
11月13日、悪性腫瘍の為逝去。70歳だった。


■江藤 隆美(えとう・たかみ)
政治家。建設大臣、運輸大臣、総務庁長官等を歴任。
11月22日、滞在先のベトナムにて心不全の為逝去。82歳だった。


■メイ 牛山(メイ・うしやま)
美容家、ハリウッド化粧品会長。本名牛山マサコ。
日本の美容界の第一人者。日本に初めてパーマネント技術を持ち込んだ人物
でもある。
12月13日、心不全の為逝去。96歳だった。


■島野 育夫(しまの・いくお)
元プロ野球選手、コーチ。阪神のコーチ、中日の二軍監督等を務めた。星野監
督の名参謀として知られている。
12月15日、胃がんの為逝去。63歳だった。


■五島 哲(ごとう・てつ)
元東急建設社長、日本実業団陸上競技連合会長。東急グループを率いた故五
島昇氏は父。
12月16日、滞在先のホテルで死亡しているのを発見された。病死と見られる。
59歳だった。


■ハイアン・グレイシー
ブラジリアン柔術家。
PRIDEのリングで、桜庭和志選手、石澤常光選手らと対戦した。数々の破天
荒なエピソードを持つ事から、「狂犬」「グレイシー最狂の喧嘩屋」等と呼ばれ
た。
12月15日(日本時間16日)、サンパウロ市内の拘置所で死亡しているのを発
見された。死因は不明だが、心臓発作の可能性があるとの事。33歳だった。


■田中 徳三(たなか・とくぞう)
映画監督。
「悪名」「兵隊やくざ」「座頭市」「眠狂四郎」シリーズをはじめ、多くの作品で監
督を務めた。
12月20日、脳出血の為逝去。87歳だった。


■稲川 聖城(いながわ・せいじょう)
指定暴力団稲川会総裁。本名稲川角二。
1972年に稲川会を創設し、1985年まで初代会長として君臨した。
12月22日、肺炎の為逝去。93歳だった。


■山本 孝史(やまもと・たかし)
政治家、民主党参議院議員。がん対策基本法等の成立に尽力した。また、昨
年の参議院本会議で、がん患者である事を告白していた。今年の参議院議員
選挙では、比例代表区から出馬し当選していた。
12月23日、胸腺がんの為逝去。58歳だった。


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■ハードクリスタル
父クリスタルグリッターズ、母スイートミルド。2006年に東海Sと、交流重賞の
ブリーダーズゴールドCを制した。
2006年12月29日、7着に終わった東京大賞典のレース後に右第三手根骨
骨折が判明、安楽死の措置が取られた。6歳だった。通算成績は36戦9勝。


■アンバーシャダイ
父ノーザンテースト、母クリアアンバー。現役時代には1981年の有馬記念等
を制し、種牡馬入りしてからはメジロライアン、カミノクレッセ等を輩出した。現
役時の通算成績は34戦11勝。
1月29日、放牧中に右前脚を骨折し逝去した。30歳だった。


■バーバロ
父Dynaformer、母La Ville Rouge。
2006年のケンタッキーダービーを6馬身差の圧勝で制し、無敗のダービー馬
となった。しかし、クラシック2冠目のプリークネスSで右後脚粉砕骨折を発症、
その後は治療が続けられていた。
1月29日、蹄の病気により安楽死の措置が取られた。4歳だった。通算成績
は7戦6勝。


■ビクトリアクラウン
父ファバージ、母ワールドハヤブサ。1982年のエリザベス女王杯を勝つ等、
14戦6勝の成績を残した。繁殖入り後は、クラシックダンサー等を輩出。
1月30日、老衰により永眠。28歳だった。


■リーゼングロス
父アローエクスプレス、母タケノダンサー。1982年の桜花賞馬。通算成績は
18戦4勝。繁殖牝馬としても、オークス3着のアインリーゼン等を輩出した。
3月31日、老衰により永眠。28歳だった。


■ヤマヒサローレル
父ノーリュート、母ザフォクシーレディ。
1993年に、東西の4歳牝馬特別(桜花賞トライアル、オークストライアル)を
制した。通算成績は12戦4勝。
4月24日、繋養先の白老ファームで逝去。17歳だった。


■ダイイチルビー
父トウショウボーイ、母ハギノトップレディ。
1991年の安田記念、スプリンターズS等を制した。通算成績は18戦6勝。
4月26日、蹄葉炎により逝去。20歳だった。


■キョウエイマーチ
父ダンシングブレーヴ、母インターシャルマン。1997年の桜花賞馬。その後
6歳で京都金杯を勝つ等、息の長い活躍を見せた。通算成績は28戦8勝。
5月9日、出産時の大腸変位により逝去。13歳だった。


■マーベラスクラウン
父Miswaki、母モリタ。
1994年にジャパンカップを制し、前年のレガシーワールドに続く、2年連続の
セン馬によるジャパンカップ制覇を達成した。
6月2日、余生を過ごしていた北海道の中橋清牧場で逝去。17歳だった。


■サンドピアリス
父ハイセイコー、母イエンライト。1989年のエリザベス女王杯を最低人気で
制し、波乱の立役者となった。通算成績は18戦3勝。
6月14日、老衰により永眠。21歳だった。


■スティルインラブ
父サンデーサイレンス、母ブラダマンテ。2003年に桜花賞、オークス、秋華
賞を制し、メジロラモーヌ以来となる牝馬3冠を達成した。
8月2日、小腸の腸重積により逝去。7歳だった。2月に誕生した牡馬(父キン
グカメハメハ)が、同馬の唯一の産駒となった。


■ミナガワマンナ
父シンザン、母ロングマンナ。1981年の菊花賞を14番人気で制し、シンザン
産駒として初めて、クラシックレースを優勝した。通算成績は25戦7勝。
9月11日、老衰により永眠。29歳だった。


■メルシータカオー
父サクラユタカオー、母ウィスパーモア。2004年の中山大障害、2003年の
秋陽ジャンプS等を制した。
9月25日、放牧中の骨折により安楽死の措置が取られた。8歳だった。通算
成績は24戦4勝。

2007年の中山大障害では、同じ馬主の持ち馬であるメルシーエイタイムが
優勝し、メルシータカオーの無念を晴らした。



■ミルジョージ
父Mill Reef、母Miss Charisma。
アメリカで4戦した後、日本で種牡馬入り。G1を3勝したイナリワン、オークス
馬のエイシンサニー、南関東3冠馬のロジータ等を輩出した。
10月19日、老衰により永眠。32歳だった。


■サクラセンチュリー
父サクラローレル、母サクラヒラメキ。2005年の日経新春杯、アルゼンチン
共和国杯等を制した。
12月8日、鳴尾記念のレース中に故障を発生し競走中止。左前繋靱帯断裂
で予後不良の診断により安楽死の措置が取られた。7歳だった。通算成績は
24戦7勝。
 

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登録日:2007年 12月 31日 11:37:44

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プロフィール
高瀬 牧人
[・・Office Q3・・]
 
1978年12月4日、石川県生まれ。10歳から福井県で過ごす。
大学卒業後、IT関連企業等に勤務。現在は、スローペースでデスクワークをこなしながら、ライター修行&創作活動等に取り組んでいる。
うつ病、睡眠障害等に悩まされており、今も通院と服薬を続けている。

ライティングやウェブコンテンツ制作等のお仕事を承っております。詳しくは、上記ウェブサイトをご覧下さい。
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