「新・労働契約法の持つ意味」~第2回

中国元、自由化進むとの観測で史上最高値を更新 - 中国

【北京/中国 3日 AFP】先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)を控え、外国為替取引市場では中国の通貨「元(yuan)」取引の規制緩和が行われるとの見方が強まっている。こうした観測から8月31日、元は対ドルで史上最高を更新した。元は一時、1ドル=7.9522元まで買い進められ、7月に記録した史上最高値を更新した後、1日にはやや値を落とし、1ドル=7.9540元で取引を終了した。写真は、毛沢東(Mao Zedong)初代国家主席が描かれた100元(約1470円)紙幣(2006年5月15日撮影)。(c)AFP/Frederic J. BROWN

AFPBB News


なぜ中国政府は「労働力の安売り」政策の舵を切り替えるにいたったのか。
そこには世界の労働力市場における力関係の変化がある。
改革開放初期の中国は労働力を安売りする以外の選択肢を持っていなかった。「値段は問わないから、とにかく買ってくれ」という方針でやってきた。その方針を中国政府は明確に変更し始めたのである。

たとえば広東省を中心にした組立加工業は長く経済発展のモデルとされ、「世界の工場」と呼ばれてきた。しかしその成長の陰に「民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者の劣悪な労働条件があることは周知の事実。投資側の負担を極限まで削るさまざまな仕組みが組み込まれており、政府公認の脱法行為が前提となってもいた。地方政府はあえて強く取り締まらず、逆にそれこそが地域の強みだと喧伝する向きすら
あった。それはある意味で非常にいびつな形での成長であったといえる。

こうした現実的な手法は成功を収めた。

90年代に入るや中国は世界の労働力市場で1人勝ちに近い成果をあげ、世界中から企業の進出が相次ぎ、少ない年で400億ドル、多い年には1000億ドル(いずれも契約ベース)を超える直接投資が流入し続けた。労働保障省の統計では95~04年の10年間で9800万人の労働力が農村から都市部やその周辺に移転している。かくも短期間に1億人もの労働力の移動が起きた例は世界的にも希有のことに違いない。中国の労働者は7億人あまりで、そこで1億人の移動が発生したのだから、このインパクトは大きい。

こうしたスケールの大きな変化を背景に、労働力の需給に変化が現れ始めたのは03年あたりからだ。

農村部からの出稼ぎ労働のメッカである広東省や福建省南部などで労働者の募集難が発生、04年の春節(旧正月)に一気に顕在化。年末のボーナスを手に帰省した労働者がそのまま職場に戻らず、工場が休業に追い込まれる事態が続出した。このニュースは「中国でも人手不足」と日本でも大きく報道されたので記憶の方も多かろう。この傾向は現在でも完全には解消されておらず、むしろ西部地域にも広がりつつある。

「人が足りない」のではない

こうした状況が発生するのは、旧来型の劣悪な労働条件が民工たちに嫌われたからだ。決して「人が足りない」のではない。「やりたい人」が足りないのだ。簡単に言えば、中国国内の労働市場の変化に、採用側がまったく対応できていない。働く側に魅力のある条件を提示できていない。遠からぬ昔、経済難民と呼ばれる人々が命を賭してボロ船で海に漕ぎ出した国で、人をいくら募集しても集まらない状況が現出するのは、その職自体に魅力がなくなったからだという以外に説明がつかない。

その背景には、胡錦涛政権の農業重視政策による農産物買い上げ価格のアップや税金の減免などで農村に現金が回り始めていることや「西部大開発」政策などで大規模プロジェクトが進行、建設工事に大量の労働力需要が発生していること、相対的に待遇のよい長江デルタに労働力が移動したこと、教育水準の向上や情報流通の増加などで労働者の権利意識が高まっていることなどがあるとされる。中国の携帯電話は4億台を突破、民工たちにも必携のアイテムになった。ショートメールなどを通じて情報の伝達は極めて速い。

貧富の差の拡大は事実だが、一方で社会全体の底上げは確実に進んでいる。農村部で頻発が伝えられる暴動も権力者の腐敗や環境汚染、土地の不法な収奪などに対する不満に人々の権利意識の高まりが加わって爆発している傾向が強い。飢えた農民が反乱を起こしているわけではない。

つまり、現状に「労働力不足」は決して労働力そのものが不足しているわけではなく、企業が払うカネが少なすぎるから、人が働く意欲をなくしているという側面が強い。これまで中国の人材市場は、政府の外資導入、積極的な産業育成政策の下、採用側にとって圧倒的な買い手市場が続いてきたため、さまざまな制度や環境が労働側に不利にできている。その歪みが噴出してきたと言ってもいい。

中国政府が労働者の待遇向上を狙う背景にはこうした現状認識がある。為政者側から言えば、労働力の価格とは賃金や福利厚生、社会保険負担など企業のトータルな雇用コストをどの程度に設定し、それを法的強制力で守らせるかという問題になる。企業の生み出す付加価値のうち、どの程度を労働者と政府に差し出させるかという分配率の問題と言ってもいい。そこを調整する必要がある。

中国政府は明らかに外資を含む全ての企業に対して「もっと利益を分配せよ」と言い始めているのである。

もちろんマーケットである以上、思い通りに値段を動かせるわけはない。中国国内にも、今回の「労働契約法」草案の中身に疑問を呈する声は少なくない。

この問題に対する中国国内での賛否両論、さまざまな議論について次回にご紹介したい。

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登録日:2006年 09月 07日 00:22:38

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プロフィール
田中 信彦
(男)
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1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
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