「新・労働契約法の持つ意味」~第3回

トラの宝庫で固体数が急激に減少 - 中国

【西安/中国 12日 AFP】中国には、華南トラ、アムールトラ、ベンガルトラ、マレートラの4種類のトラが生息するが、その個体数は急速に減少しつつある。写真は11日、陝西(Shaanxi)省西安(Xian)の動物園で、飼育係と一緒にテレビを見る生後3か月のトラ「ベイビー」ちゃん。「ベイビー」は母親トラの育児放棄により、犬用のミルクで人工飼育されている。(c)AFP

AFPBB News


今年3月下旬、上海の経済紙「第一財経日報」に掲載された論文が注目を集めた。筆者は上海政法大学教授、董保華氏。労働法の専門家で、中央の政策決定にも影響力を持つ。

同氏は「中国の労働者保護は法的には既に先進国並みの水準にある。問題はそれが実行されていないことだ。このまま新たな法律を施行すれば遵法精神の高い外資や大手企業だけに重ねて負担を強いる結果になり、投資の減少を招きかねない」と主張、外資や国内経済界、民営企業家などの喝采を浴びた。

こうした主張は上海が起点なので「海派」と呼ばれる。「海」の字には「上海」の「海」に加え、「海外」の「海」で、「外国人の代弁者」(買弁)という揶揄も含まれる。一方、草案を積極的に支持する一派は北京中心で「京派」と呼ばれている。

「企業は儲け過ぎ」か?

「京派」の中心は人民大学労働関係研究所所長の常凱氏。その主張は「企業は儲け過ぎ。労働者は正当な配分を受けていない」という点にある。

本来、政府や組合は労働者の側に立つべきなのに、改革開放以来、成長第一で経営側に立ってきたのはおかしい。法律は労働者保護の観点から考えるべきで、経営効率の視点で見るべきではない、などとする。その根拠として、94年の中国の国内総生産(GDP)における給与分配比率は14.24 %だったが、04年には12.57 %に低下したと指摘、「儲けを正当に労働者に還元させるべきだ」と主張している。

 一般労働者は当然ながら「京派」支持だ。政府の意を受けたマスメディアも労働者の権利重視で草案推進の論調。「外資はもうけすぎ」との気分の背景には、国力増進にともなって増大してきたナショナリズム的雰囲気も作用しているだろう。

 一方、企業人や自営業者らは「海派」の基盤だ。「中国は以前より豊かにはなったが、まだまだ強気に出られる状況ではない。労働者保護も結構だが、金のタマゴを生むニワトリの首を締めてしまっては元も子もないではないか」というわけだ。

 外資系企業も反対の声を上げている。新聞報道によれば、米国系企業の団体である上海米国商会は「草案が実施されれば経済改革の歩みが後退する」と懸念を表明。中国日本商会も草案に対する具体的な修正意見をまとめ、すでに中国政府と北京市人民代表大会に送付した。

 草案がこのまま成立するかどうかは不透明だが、一定の修正はあるにせよ、大筋では草案の線で施行されるのではないかとの見方が強い。

長期雇用促進の利点も

 では、日系企業にどんな影響があるのだろうか。日系企業は一般に遵法精神が強いから、施行となれば大半は遵守するだろう。法律の狙いが労働者の権利強化と待遇向上にある以上、相応のコストアップは避けられない。

 一方で「日系にとってはむしろプラス」との声もある。労働者の権利保護が徹底することで最も打撃を受けるのは、法律をかいくぐって利益を上げてきた現地系企業などで、日系企業の競合相手である場合が多い。脱法行為がしにくくなれば日本企業には有利という見方である。

 さらにもう一点、今回の草案には日系に有利に作用する可能性があるポイントがある。それは中国政府が長期雇用を促進する方向に動き出していることだ。

 草案第32条では無期限労働契約を結んでいる労働者との契約解除に必要な条件が初めて明記された。これまで中国では期間を定めない雇用契約の従業員を辞めさせるための要件が不明で、訴訟リスクを恐れる企業は日本のような期間を定めない雇用契約を結ぶことは事実上できなかった。雇用契約はほとんどが日本でいう契約社員と同様、一定の期限付きで、これが転職を誘発する要因のひとつになっていた。

 中国では30代の従業員でも平均勤続年数は2年強しかなく、製造業の競争力構築に不利との認識が当局にはある。今回の草案にはそれをなんとか改善したいとの当局の意図が込められている。日系企業の最大の人事的悩みは従業員の定着性の低さにあり、仮に勤続年数が伸びれば、長期雇用が競争力の基盤である日系製造業には有利に働く。

「改革開放第一段階」の終わり

いずれにせよ中国政府が今後、労働力という商品に対して介入の度合いを深め、強気の姿勢で法律の履行を迫ってくることは間違いない。「外資はもう逃げない」と判断したタイミングを見計らって強気に出るあたりの呼吸は見事と言っていい。

その先には雇用の長期化と労働力の質の向上を図り、単純な組立加工業依存から脱却しようという今後数十年にわたるであろう遠大な目論見がある。今回の法律はその出発点にすぎない。これは四半世紀にわたる改革開放の第一段階が終わりつつあることを示している。

 投資サイドとしてはどうするか。「人件費が安いから」という安易な姿勢ではもう通じない。これだけ深く日本企業も中国にコミットしただけに、より長期的で広い視野に立った戦略の再構築が必要だろう。

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登録日:2006年 09月 16日 06:49:14

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プロフィール
田中 信彦
(男)
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1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
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