やっと来てくれた日本の総理~安倍訪中の意味(上)

安倍首相、胡錦濤国家主席と会談 - 中国

【北京/中国 8日 AFP】安倍晋三首相は8日、北京の人民大会堂で胡錦濤(Hu Jintao)国家主席と会談した。歴史的な会談は、両国の関係改善を目指すものだが、北朝鮮問題が難しい課題となっている。写真は会談する胡国家主席(右)と安倍首相。(c)AFP/Hiroyuki Kobayashi

AFPBB News


しかし今回の安倍首相の訪中劇などを見ていると、つくづく政治の世界などというのはご都合主義であって、今更ながらこんなもののために熱くなったり、体を張ったりするのは実に馬鹿げたことだという感を強くする。

今回の安倍さんの訪中が実現した構造はといえば、次のようなことだろう。

 まず中国の側から言えば、大きな流れとして、江沢民前政権時代から醸成されてきた「反日」「ナショナリズム依存」的な体質をなるべく早い時点で修正する必要があった。

 90年代前半の中国が置かれていた状況からすれば無理はない面もなくはないが、江沢民さんという人は実にお調子者というか、「ええかっこしい」というか、見栄を張るのが好きな指導者だったと思う。とにかく中国を「先進国並み」「世界の一流国」として世間に認識させようとし、国民ならびに自分自身の自尊心をくすぐるようなことをやり続けた。

 北京オリンピック、上海万博、上海のリニアモーターカー、F1サーキット、WTO加盟など、因数分解すればすべて「世界水準」という言葉で括ることができる。これは確かに中国に成長をもたらした面があるが、反面、どうしても無理をした「背伸び」体質は否めず、社会のあちこちに綻びが来ている。

リアリティを欠く国民世論

 環境問題や汚職、エネルギー不足などがその主なものだが、思想的、精神的な面でも構造的な無理が出ている。それは国民世論が現実味を欠いていることである。

 江沢民氏は中国の輝かしい面を強調し、国民のプライドを鼓舞することに非常に熱心だった。それは一概に悪いことではないが、一方で客観的な自国への認識を薄れさせ、若者や学生を中心に自信過剰というか、中国はすでに世界の中心になったかのような、あまりにも事実とかけ離れた認識を持つ層が育ってきているという弊害がある。

 昨今の「反日」の中核をなしているのはこうした強い自信を持った若年層だ。彼らは今世紀は「中国の世紀」であることをすでに前提にしており、日本などという国は盛りを過ぎた落日の国であると認識している人が大勢いる。

 日本国民としては残念なことに、それは確かにそうなのかも知れないのではあるが、今の段階でそれを前提に行動を起こすのは、手形を切るのがあまりに早すぎる。30年後はいざしらず、少なくとも現時点ではまだ中国はそこまで力を持った国ではない。あまりに現実離れした、リアリティを欠く自己認識は健全な社会の発展に有害である。

 江沢民前政権の「背伸び社会」に対する反省のもと「調和のとれた社会」の実現を目指す胡錦濤政権としては、若年層を中心に広まりつつある「反日」「ナショナリズム」は、扱いを間違えると非常に危険な要素となる。

 もともと本質的にナショナリズムなどというものは現状に不満があるから盛り上がるのであって、それは昔、中国共産党がナショナリズムを起爆剤に政権を取ったプロセスを見れば明らかなことである。経済成長の減速とともに社会の閉塞感が高まり、ナショナリズム的傾向を帯びてきている日本の現状を見てもそうである。どうしてもナショナリズムは現体制批判という面を含んでいる。

 そんなものに政府みずから火をつけて薪をくべるようなことをすればどうなるか、分かりきったことであって、その怖さを実感しているのが現政権である。これは想像だが、胡錦濤さんは前政権に対して、まあえらく厄介なものを残してくれたものだと思っているに違いない。

 余談ながら付け加えれば、トラブル続きで、採算のメドもまったく立たず、おまけに本国で大惨事を引き起こした上海のリニアモーターカーも、現政権にとってみればカネがかかるだけで何のメリットもない迷惑至極な置き土産である。1000億円ものカネをかけながら、国際的イベントとしては年に数日しか使われていないと言われる壮麗なF1サーキットも同様である。

 独裁国家のリーダーが判断を誤る(もしくは能力に問題がある)と、かくも大きな負の遺産をもたらすという格好の事例であろう。

絶好のタイミングで登場した安倍政権

 話が横道にそれたが、胡錦濤さんにとって、こうした前政権が敷いた路線の修正は喫緊の課題であった。その大きなテーマのひとつが対日関係の改善である。これは小泉政権時代からずっとそうであって、中国政府はさまざまなシグナルを送り続けてきたのだが、小泉さんは依怙地な人で、胡錦濤政権のメンツをいささかなりとも立てようとしてくれなかったために中国政府の人々はキレてしまい、関係改善を諦めて放り投げてしまった。

 これは中国政府にしばしばある行動様式であって、中国政府の度重なる要請にもかかわらず核実験を強行した北朝鮮政府に対してキレかかっているのと同じである。自分自身が辞を低くしてアプローチした(と自分では思っている)相手が思い通りに反応しないと、ある時点で行動が極端になり、相手にしなくなってしまう。

 そこに登場したのが日本の伝統的保守の安倍さんだった。

(以下次回)

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登録日:2006年 10月 11日 11:25:37

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プロフィール
田中 信彦
(男)
http://chinahr.way-nifty.com/
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
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