「独裁下の安定」か「民主下の混乱」か

経済成長率、10.5%に達する見通し - 中国

【成都/中国 29日 AFP】中国国家統計局によると、中国の2006年の経済成長率は10.5%に達する見込み。インフレ率は低水準に抑えられている。写真は四川(Sichuan)省成都(Chengdu)で29日、伝統的な新年のポスターの前に立つ警備員。(c)AFP/LIU Jin

AFPBB News


昨日、イラクでフセイン元大統領の死刑が執行された。これも政治で、仕方のないことなのだろうが、今となってみれば、改めて独裁と民主、という問題を考えざるを得ない。中国共産党の統治の正当性という観点から考えた時に、思うところの多い出来事であったと感じられる。

独裁と民主、混乱と安定という4つの要素を組み合わせてみれば、「独裁下の安定」「独裁下の混乱」「民主下の混乱」「民主下の安定」という4つになる。
 
「民主下の安定」が最も望ましく、「独裁下の混乱」が最も望ましくないのは誰も異論のないところだろうが、「独裁下の安定」と「民主下の混乱」のどちらが「よりまし」かは意見が分かれるだろう。もちろんこの両者は、それを当初から狙ってするものではなく、誰もが「民主下の安定」を狙うものの、それが実現できないからこの両者のどちらかになっているわけだ。

先進国の価値観では、これでも「まし」

 フセイン統治下のイラクは「独裁下の安定」であったが、それを「民主下の安定」に持ち込もうとアメリカなどが介入して、結果として「民主(一応は)下の混乱」になった。先進国の価値観で見れば、これでも「まし」かもしれないが、現地の庶民にしてみれば、おそらく前のほうが「まし」だっただろう。          
 すべては結果論だから、言ってもせんないことではあるが、フセイン政権の統治手法に大きな問題があったことは確かだとしても、「存在するものにはすべて理由がある」という考え方からすれば、仕方のない方法だったのかもしれない。完全に肯定するのは躊躇われるが、現状を見ると、改善されたとも思えない。いかにも難しい問題である。

 ひるがえって中国の現状を見ると、これは明らかに「独裁下の安定」である。民族や宗教やらの問題でイラクの統治も大変だろうが、中国の統治の大変さはおそらくイラクに劣らないだろう。中国共産党などという集団は、大筋においてロクでもないものであることは間違いないが、この大変な中国をなんとか統治しているという事実は認めねばならず、これが代わりにできる者が他にそうそういるとも思えない。というより、やりたいと思う者は他に誰もいないだろう。

中国の「独裁下の安定」はどうなる?

 中国共産党の統治手法を肯定したくはないが、どうみてもかなり「まし」な選択であることは認めざるを得ない。ここに中国政治を見る時の「スッキリしなさ」があり、日本と中国の政治的関係の複雑さがあると思う。

ただこれも仕方がないのであろう。どうしようもない集団とは言っても、胡錦濤政権は江沢民政権と比べれば、明らかに、はるかに「まとも」であるし、世界の常識に大幅に近づいている。おそらく次の政権はもっとそうなるだろう。今のところ中国共産党の変化を待つよりほかに具体的な方法はないと思われる。

 問題は「独裁下の安定」がどこまでもつか、である。

 よく日本、中国の友人が集まるとこの点を議論するのだが、ここも意見が大きく分かれる。まだまだもつ、という人もいれば、いつ倒れてもおかしくない、という人もいる。私の意見ははといえば、すぐに倒れるような状況ではないが、年々きつくなってきてはいると思う。政府が号令をかけた経済成長一辺倒、「金持ちになりたい」主義一辺倒で、個々人のそのエネルギーを燃料に突っ走ってきたが、その弊害が大きくなりすぎて、社会的な規範が崩壊状態になりつつある。

 これまでその個人のエゴをなんとか抑えてきたイデオロギーとか、ナショナリズムとか、個人の善意とか、軍や警察の実力といったものが、いずれも機能不全に陥り始めており、膨大な個人の集団の暴走を抑えられなくなってきている兆候が見える。巨額の汚職事件の頻発や炭鉱や交通機関などでの大事故の続発、年間数万件にのぼる暴動の発生などはその文脈だろう。

 イラクのように、中国に諸外国が露骨に介入するという事態は考えられないが、中国の場合、共産党の権力がメルトダウンして自己崩壊する可能性がないとは言えない。それはイデオロギー的には素晴らしいことだが、現実的には想像したくもない悪夢である。

 従容として死に就くフセイン元大統領の姿を見ながらそんなことを考えた。

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今年も今日で終わり。世界的にはさまざまな出来事があった年だったが、日中関係についてみれば、ひとつの転換点、それも前向きなターニングポイントになる年だったと思う。具体的には安倍総理の訪中による日中の政治的関係の好転ということになるが、それはひとつの表面的な事象であって、その根底には中国社会が日々、開放度が高まり、成熟しつつあるという状況がある。

 中国社会には相変わらず問題は山積だが、「普通の国」に向けて中国が大きく変わりつつあるという事実は変わらない。来年もおそらくこの流れが続くだろう。ただ期待の安倍政権が意外にもろさを露呈していて、それが心配だけれども……。

 今年ははお世話になりました。また来年もよろしくお願い申し上げます。

コメント[3], トラックバック[0]
登録日:2006年 12月 31日 14:11:49

コメント

確かに2006年は中国が国家としてまさに「普通の国」になろうと始動した年であることは同意します。
しかしながら一方では、こちら中国に進出された企業様にとりましては、この普通の国への始動ということが経営上の負担になっている、あるいは、なりつつある、いやはっきりしないのが実相ではないでしょうか?

小田  @ 2007年 01月 07日 22:23:17

中国に進出する企業って馬鹿じゃないの?
と思うんだが日経新聞なんかに騙されてんのかな

しろす @ 2007年 01月 26日 01:52:59

社会的な規範が崩壊か。。。
きっとくるだろうね

呉 @ 2007年 03月 17日 13:59:16

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プロフィール
田中 信彦
(男)
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1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
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