中国の「普通の人々」に感謝されるには

中国、幹線道路ネットワーク拡大を計画

【9月13日 AFP】経済成長著しい中国は、国内をめぐる幹線道路ネットワークを2010年までに5割増しで延長拡大する計画を打ち出した。現存する全長4万5400キロの高速道路に加え、新たに総キロ数2万4000キロを建設する。延長分だけで、カナダとドイツ両国内の高速道路を合わせた長さに相当する。(c)AFP

AFPBB News


「苦労してお金を儲けるのは頭が悪い」。こう言われたら皆さんはどう思われるだろうか?

.
日本社会の感覚では、お金儲けは苦労するのが当たり前で、地道な商売でコツコツ頑張って、やっとの思いで一家を成したような人が尊敬される傾向がある。ところが中国社会ではどうも様子が違う。

極論すれば楽にパッとお金を儲けた人が、最も優秀で社会的にも憧れの対象となり、散々地を這うような努力をして、勤勉の対価としてお金を得ているような人はあまり高く評価されない傾向がある。それはそれで合理的な思考ではあるのだが、もう少し地道に努力する人を評価する社会にならないと、社会全体の競争力を高めるのは難しい気がする。

対照的な2人の中国人

私の中国人の友人に2人の縫製工場のオーナー経営者がいる。彼らのの生き方は対照的だ。ともに90年代初めから上海近郊で縫製業を始め、海外からの注文で服を縫い、輸出するというパターンで成功し、一定の規模に拡大した。ここまではほとんど同じ歩みである。

  違ったのはここからだ。1人は縫製業で得た資金を元に不動産を買い、それを転売して資金を増やす一方、飲食業に進出。最初にオープンしたレストランが大成功、現在では市内に大型レストランを何軒も持っている。政府関係や経営者連中のお客も多く、上海の実業界ではちょっとした名士の仲間入りをしている。何台かの外車を持って、一戸建ての大きな家に住んでいる。

  もう1人は縫製業で一定の基盤ができた後、規模の拡大を志向せず、技術力と企画力の向上に力を入れた。オーナー自ら現場に張りついて縫製工を指導、技術の向上と従業員の定着に努力する一方、海外の有名ブランドに営業をかけ、付加価値の高い服の受注に力を入れた。

  現在では欧米の有名ブランドなどの高級品を中心に受注している。こなしきれないほどの引き合いがあって業績は伸びているが、何しろ難度の高い仕事が多いので、縫製工の育成と管理が大変で数をこなせないから、規模の拡大ペースは遅い。もちろんそれなりの資産は持っているが、普段は工場にいるので服装も生活も至って地味で、「自分はこれでいいんだよ」と恬淡としている。

汗をかかない人が偉い

この両者を比べてみると、日本人が好きなのは間違いなく後者である。だが中国社会での評価は前者の方が高い。もちろん経営の専門家が理論的に分析すれば別の観点があるかもしれないが、少なくとも一般大衆の見方では圧倒的に前者のほうが「優秀な人」である。

 その背景には2つの理由があるように思う。ひとつは効率論。

商売とか仕事は、要はお金を稼ぐためにやっているのだから、同じお金を得るために投入する労力は少ないほどいい。言い方を換えれば、ラクに大きなお金を稼げる人ほど優れた人であり、あくせくと走り回らないとお金が入ってこないのは頭が良くないからだ--という考え方である。

 これは他人を批評する時だけでなく、自分に対しても同じで、「自分は彼らほど頭が良くないから、こんな仕事をするしかないんだ」という割り切りというか、諦め感覚を持っている人もまた少なくない。

  もうひとつは、恐らく儒教的思想が背景にあるのだろうが、中国社会に根強くある「文人」優位の発想である。

中国で役人や学者、企業の高級管理職など高学歴の人々と接していると感じることだが、こうした「文人」たちは机の上の仕事というか、直接手を汚さない、汗をかかない仕事が高級で、現場で現物を扱う現実の仕事を低く見る傾向が確かにある。とにかく「管理者」になりたがり、なった途端に現場を顧みず、部下に指示を出すだけになる人が目立つ。

逆に言えば、どんなに高学歴のインテリであっても、自ら現場に入っていき、「現場・現物・現実」の三現主義を厭わないところが日本製造業が過去において強ぐなった原点だと思う。反面、エリートが机の上で成果を出せてしまう金融業のような商売は、日本人は全体的にはあまり強くない。

勝ち負けがハッキリする社会

 こうした中国社会の発想は、それはそれでひとつの考え方であって、一概に悪いとは思わない。金融業や貿易、商業など短期的な売買を中心に、個人の相場観や判断力で勝負していく世界ではその強みが発揮されることは歴史が証明している。

  ただこういう世界は勝負の白黒がハッキリつくし、勝ち負けの格差が極端に出る。勝って裕福になる人はすごく裕福になるが、その数は少ない。こういう切った張ったの世界で勝ち残る人が「優秀な人」で、その人たちだけが突出して豊かになるというモデルは、勝ち組にはいいが、国家運営の視点から見れば、これでは13億人の将来は支えきれない。

 そう考えれば、日本人が中国で何をすればいいかは見えてくる。たとえ「頭が悪い」と思われようとも「現場・現物・現実」にこだわって、中国の「優秀な人たち」がやりたがらない仕事を引き受ければいい。それは必ず中国社会の底上げに大きく貢献し、世の中の圧倒的多数を占める「普通の人々」に感謝されることになると私は確信している。

カテゴリー[ 中国社会 ], コメント[5], トラックバック[0]
登録日:2007年 09月 19日 23:16:58

コメント

揚げ足を取らせて頂きます。

>世の中の圧倒的多数を占める「普通の人々」に

まず中国の人々は「普通の人々」には含まれないという事ですよね?
次に中国の人口が地球の総人口のどれぐらいを占めるのか考えた場合、
あなたのおっしゃる事には矛盾がある事になりますね。

日本と中国の間に「友好都市」はあるが「姉妹都市」はありません。
姉妹都市だとどっちが上なのか問題になるので友好都市という事になるそうです。
つまり中国には上下の関係はあるが対等の関係はないという事になります。
対等の関係がないというメンタリティの中で「たとえ「頭が悪い」と思われようとも」
という行動を取る事は自殺行為だと思いますよ。

カヲナシ @ 2008年 02月 01日 22:06:03

世の中の圧倒的多数を占める「普通の人々」とは
世界の、特に中国の一般市民を指してるんですよね?
そもそも揚げ足とわかっているなら取るべきではないかと。

iu @ 2008年 03月 21日 23:17:50

日本人は、緻密で面倒な仕事が回ってくる性分かもしれません。それを美徳と感じる教育を受けていますし・・そのあたりが住みよい日本となった理由であり、日本の底力だと私も思います。

小川 @ 2008年 04月 04日 18:17:33

>たとえ「頭が悪い」と思われようとも「現場・現物・現実」にこだわって、
>中国の「優秀な人たち」がやりたがらない仕事を引き受ければいい。

このやりかたは、毛沢東や周恩来たち中国共産党が抗日戦争時や国共内戦時に八路軍を現場に赴かせてやったことと同じやりかたですね。
この歴史を考えれば、日本人がこういった仕事を引き受けるのはとてもよいと思います。
最も、そうしようと思うと常に技術力を高める努力をしていかなければなりませんが・・・。
そうやって考えると、
「革命とは、歌を歌うことでも道で野菜を売ることでもない。 革命とは技術である。」
の言葉につきますね。
なんか、(中国の言う)日帝の残虐さを教育しながらそれにとりつかれた中国と、かつての八路軍のように「現場・現物・現実」にこだわった日本の戦いになりそうだ。
まるで、中国共産党が(中国のいう)日帝に、日本が(中国のいう)抗日戦争時や国共内戦時の八路軍に見えてきた。

呉 @ 2010年 10月 11日 11:00:32

なら日本人は世界一バカで無能で低俗で愚かで最低最悪なクソ民族になる
日本人は世界一マナーとモラルが無い

蘭州 @ 2011年 11月 25日 22:01:30

コメントを追加

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2007年 09月 >






1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30





プロフィール
田中 信彦
(男)
http://chinahr.way-nifty.com/
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
最近のトラックバック
検索