豊かになる個人、溶解する社会

中国の中秋節、月餅食べて秋祝う

【9月26日 AFP】陜西(Shaanxi)省西安(Xian)市で25日、中秋節の祝いの買い物客が巨大な月餅の切り売り場に集まった。月がもっとも明るく輝くとされる旧暦の8月15日に行われる中秋節は、中国でもっとも重要な伝統行事の1つで、家族が集まり灯籠を飾り、名月を観賞し、月餅を食べる習慣がある。(c)AFP

AFPBB News


中国で車に乗っていると、街中の有料駐車場に停める機会がしばしばある。ところが運転者が駐車料金をまともに払わない例がしょっちゅうある。なぜかというと、運転者と料金徴収係の間で「領収証はいらないから料金を半分にしろ」といった取引が簡単に成立してしまうからである。

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集団の利益か個人の利益かとなった時は、ためらいなく個人の利益を優先する。中国社会のこうした傾向は、個人にとっては確かに生きやすいが、国や会社というものの成長を考えた時、将来は大丈夫なのかと心配にならざるを得ない。

1日に停めた車の数はオーナーにはわからない

上海市内の有料駐車場は、近代的な高層ビルの地下などの場合、日本と同様、自動開閉式のゲートがあるタイプが普通だ。こういう所は自動的に料金が計算される。しかし大半はちょっとしたスペースや歩道の一部を駐車場にして、料金徴収のための係員が配置されている形だ。車を停めると係員が近寄ってきて、直接料金を払う。時間管理は面倒なので料金はだいたい一律の定額制。1回駐車すると10元(1元=約15円)ぐらいが標準だろう。

 「いくら?」と聞けば、係員はとりあえずは「10元」と答える。だが運転者が「高いなあ。5元でいいでしょ。領収証いらないからさ」と言えば、かなりの確率でOKになる。というよりも係員はお客の方からそういうアプローチがあるのを前提に待っているという感じである。

  改めて説明の必要もないと思うが、普通の駐車場は監視カメラがあるわけでもなく、1日何台の客があったかなどオーナーには分からない。係員にしてみれば、領収証の発行が必要なら売上金はオーナーに渡さざるを得ない。だが領収証が不要なら、代金をみすみすオーナーに渡す必要はない。客と自分との間で双方にメリットがあるように話をまとめた方がトクになる。

みずからの裁量権を金銭に変える

普通は言い値の半分程度を払って、それで何も起きなかったことになっておしまいである。文章で説明すると回りくどいが、実際にはほとんど暗黙の前提という感じで、交渉というほどのものでもない。ごく日常的にそういうふうに進行していく。

  規定の料金を徴収すればオーナーに入ったはずのお金が、係員の「裁量」によって係員と利用客の懐に半分ずつ入ってしまう。いったい1日に何台こうした例があるのか分からないが、恐らくオーナーの得べかりし利益の相当部分がこうした客と係員の取引で消えていることであろう。

  オーナーとてこうした実態を知らずにいるはずがない。何らかの方法で監視を強める一方、次に来る手は係員の給料を低く抑えることだろう。「ある程度はお目こぼししてやるから、給料は少なくてもいいよな」というわけだ。これはオーナーにとって最も管理コストが低い方法である。そうなると係員は「取引」を増やさないと食べていけないから、ますます客との直接取引に精を出すことになる。

役人ならワイロ、では民間は?

「担当者が自分の勢力範囲で客と直取引し、組織に入るべき収益が入らなくなる」という構造は駐車場ばかりでなく、中国社会の至る所に見受けられる。具体的な商品の売買の場合、モノが形で残るのでこうした行為は比較的やりにくいが、目に見えないサービスや役務の提供であれば、やりようはいくらでもある。

  その最たるものが最大のサービス提供者たる役人であろう。本来なら国庫に入るべき税金が、徴税担当者と納税者の双方にメリットがある直取引によって両者の手元に入ってしまう。本来、全国民共有の資産であるはずの土地が、政府の担当者とデベロッパーの双方にメリットのある直取引によって都合よく売り払われてしまう。本来なら国民の安全を守るべき建築物の安全基準が、政府の検査担当者と施主の双方にメリットのある直取引によって有名無実になってしまう。

  役人の場合、こうした行為は通常、汚職とか腐敗などと呼ばれるが、つまるところ集団の利益より個人の利益を優先する社会の体質に起因する。そこに公と民間の区別はない。その結果、国とか企業とかに集中的に蓄積され、効果的に再投資されるべき富が細かく分散し、流出していく。社会の効率はどんどん低下せざるを得ない。

  中国社会で暮らしていると、非常に豊かな個人が続々と出現する一方で、「社会」というものが急速にメルトダウンしていくように感じられてならない。それはそれで日本とは違うひとつの社会のあり方なのかもしれない。

  そう思いつつも、13億の民が豊かになる日はやってくるのか心配になる。

カテゴリー[ 中国社会 ], コメント[3], トラックバック[0]
登録日:2007年 09月 27日 02:21:03

コメント

モノ作りの面でも外面のマネッコは得意でも
細部のツメが甘い国民だと思います。なかなか進歩
しません。技術を盗んだような気になっても起る問題
のレベルはいつも以前と同じ。
今の中国の発展が砂上の楼閣に見えまする。
民度を上げるとか基本的な文化レベルを底上げ
しないと本当の豊かさは得られないと思われます。
本記事の内容も根っ子は同じでは。

さすらい @ 2007年 09月 28日 15:05:54

次の投稿はいつ?

XT @ 2007年 12月 02日 22:50:22

私は中国の発展は砂上の楼閣とは思いません。
文化レベルだって日本のそこら辺のが大学生と比べれば何倍も高いと思います。
それよりも私たちの母国日本の心配をすべきだと思います。
人以外は何も資源を持っていない。日常生活から企業の仕事まで外国に頼りきっている。唯一の資源である人も最近は政治に無関心で…このまま行くと日本の存続は危ういと思います!!

rin @ 2008年 07月 20日 22:44:13

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プロフィール
田中 信彦
(男)
http://chinahr.way-nifty.com/
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒。
毎日新聞社記者を経て、日本と上海の両方に活動拠点を持ち、企業の中国事業に対するコンサルティングに従事するほか、雑誌等への執筆、講演など多数。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科で「日中人事・労務比較論」を講義している。
■主な著書
「中国で成功する人事 失敗する人事」(日本経済新聞社)・「人事・採用の基礎知識--中国編」(メディアファクトリー)・「ぼくの上海行商紀行」(文藝春秋)・「日本人の知らない中国人の私的事情」(講談社)
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