「月と四季の歳時暦」 はじめに・参考文献

 日本の古来より生活の中には陰暦が使われ、月の満ち欠けが暮らしの中に溶け込んでいました。現在でも東南アジアの国のなかでは陰暦が中心になっているところが多くあります。

  日本では明治の初めまでは旧暦(陰暦)が使われていましたが、1872(明治5)年12月3日から太陽暦に改暦され、明治6年1月1日が新暦の正月になりました。暦がかわるということは、長い間の生活習慣まで変わるのですから、当時の混乱ぶりがよくわかります。

 四季・二十四節季・七十二候も中国からの影響で、太陰暦と太陽暦から組み立てられた太陰太陽暦が重要な役割を果たしていたものと思えます。なかでも、七十二候は自然・花鳥風月を短い漢字のことばにして表現されていました。

 月と四季の歳時暦を思い立ったのは、十五年前ころのことです。この四季の季節感としての七十二候と美しい月の満ち欠けによる陰暦を主にした暦を編集出来ないかを考えていました。月の美しさは平安時代の「源氏物語」や「枕草子」などの古典文学で、月の満ち欠けに応じた名前で称えられていました。

 十五年前ころの旧暦といえば、易などについての暦が主で、四季についても二十四節季までが天気予報や本などの解説がある程度で、暮らしの中に陰暦と七十二候の季節感を取り入れようと紹介するものはあまり見当たらなかったように思います。先般、インターネットで陰暦の暦を検索すると多く発行されており、七十二候についても取り入れた暦もありました。古来からの季節感が認識されていることを感じました。ニュースでも、女性を中心に旧暦の暦が求められているという報道もありました。

 また、気候変動で昔の四季とは著しく変化しており、季節感が合わなくなっているかもしれませんが、季節感の大切さを見つめ直すことになるのかもしれません。 

(ご注意)

<陰暦・旧暦>の表示は漢数字にて、<西暦>の表示は算用数字にて現します。

<大衍歴・宣明歴(七十二候)>:七十二候は中国の春秋時代(紀元前770年頃)に源流があるといわれています。日本で大衍歴・宣明歴は862年から1684年まで使用されていたものです。

<宝暦暦・寛政暦(七十二候)>:宣明歴以降も修正され、江戸期1755年から1843年まで使われていました。

<暮らしの七十二候>現代の暮らしの中から思いつくまま記します。各地域でそれぞれの七十二候を探してください。

<行事・歳時他>データを後付で補足することもありますので、報道記事紹介の月日があわない場合もあります。

*主な参考文献は、「現在こよみ読み解き事典」(編集者 岡田芳朗、阿久根末忠 発行所 柏書房株式会社)を利用します。 

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登録日:2008年 03月 07日 00:01:40

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