2007年 06月 19日
フェレの死が意味したもの
【6月18日 AFP】(一部更新)イタリア人デザイナーのジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferre)が17日、脳内出血のためミラノ市内の病院で亡くなった。
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(c)AFP
ジャンフランコ・フェレの死(17日)は、改めて知らされた「一つの時代の終わりの象徴」という感じだった。それと対照的に思い出したのが、トム・フォードがグッチを離任したニュース。その時に思ったのは、北斗の拳で「おまえは、すでに死んでいる」というケンシローの言葉だった。
■「おまえは、すでに死んでいる」
つまり何が言いたいのかというと、ファッションの優れたクリエーションが必要とされた時代が、もう実は終わってしまったのでは?と感じさせられた点で共通していたことだった。
ミラノのジャンフランコ・フェレのショーは、あまり期待していなかったのに、見終えるといつも「ああ、やっぱりいいな」と思わせられた。フェレの服は、建築学の素養を生かしたような、構造的な計算と素材の特性を吟味した切れ味の鋭いデザインが特徴だった。それでいて、いつも東洋やアフリカなどのエスニックなデザインモチーフが織り込まれていた。それを破綻することなくある種の美しさに完結させる確かさがあった。
■作り手としての責任
トレンドウォッチや時代解釈といったジャーナリスティックな観点とは別に、見ごたえを感じさせる服を見るのは楽しかった。しかし問題なのは、高価だからというのではなくて、こんな服を買って着る人が今どれぐらいいるのかということだった。
時代の大きなトレンドが変わるのは、作り手だけのせいでも消費者の側の一方的な事情のせいでもない。多分、だれも気づかないうちに何かが避けようにもなく変わってしまうのだろう。トム・フォードはいったん身を引くことで、そしてフェレはその死によって作り手としてのある責任をとったのだと思う。
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登録日:2007年 06月 19日 20:57:08
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