2007年 12月
ご愛読に感謝
<08年春夏パリ・コレクション>イヴ・サンローラン、新作を発表【動画】
【パリ 6日 AFP】フランス・パリ市内で10月4日、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が08年春夏コレクションを発表した。
≫続きを読む…
(c)AFP/parismodes
ウェブサイトは1年365日、24時間休みなしのメディア。でもシフト勤務のスタッフを別にすれば、28日がとりあえず2007年の御用納め。ウエブに移ってから、以前は制約や責め苦だと思っていた「締め切り」が実は「救いの神」だったことが分かった身としては、こういう時の節目はことさらありがたく感じる。
夕べは、パキスタンのブット元首相が暗殺されたニュースが突然入ってきた。断片的な事実や前後の動き、各国の反応などのAFP電が次々と入って大わらわなのだが、やはり衝撃的なのは損壊した遺体がいくつも横たわった現場の映像だ。この人たちはどんな思いで死んで、いったいだれがそれを償えるのだろうか、と考えざるを得ないからだ。
以前読んだロシアのテロリストの話を思い出す。残虐な圧制者が乗った馬車に爆弾を投げ込もうとして、直前にその長官の息子が同乗しているのに気づいて投げられなかった。多くの民衆の悲劇とたった一人でしかも極悪人の息子の笑顔とを引き換えにしたのか?とテロリストが自問苦悩する話だった。
テロやいやだ、と素朴に思う。しかし国家とか権力が暴力を基盤としている限り、理論的には対抗措置としてのテロを一概に否定できないことも事実なのだ。
ロシアのロマンティックなテロリストを認めるか認めないかはともかくとして、ブット元首相を襲った犯人は、その後に銃口を自分に向けるという道はなかったのか? 死傷者や混乱が大きいほど政治的効果が高い、との理由で巻き添え自爆を選んだのか。多分そうなのだろうが、少なくとも、被害者への想像力を欠いたその自爆は断じて許せないと思う。
年末に妙にカタいことを書いてしまったが、いまの世の中で最も必要とされているのが「想像力」なのではないか、という気がするからだ。自分が信じていることがあって、それで実際に何かをしようとしたら、それにかかわる他者へ想像力をできるだけ働かせること。そういう意味では、テロもクリエーションも同じだ。
ファッションでいえば、今年みた新作ショーで印象に残ったのはみんな、着る側、見る側へのイマジネーションが感じられるものだった。たとえば、来年春夏のバレンシアガよりサンローランのコレクションの方がずっと心に残ったのは、クリエーションの優劣ではなくてそういう想像力の差だった。
全く勤勉ではなかったブログですが、読んでいただいた方々に心から感謝しております。AFPBB News、MODE PRESSともに今年中のご支持に深謝するとともに、08年もぜひともよろしくお願い申し上げます。
コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 28日 17:37:24
「つながり」を求めた演奏
ほとんど偶然にという具合で夕べ、渋谷の富ヶ谷で素晴らしいジャズピアノの演奏を聴いた。イタリアのピアニスト、チェーザレ・ピッコのソロ演奏会だった。会場に着いたのが遅れて、最初はホールでマイク越しに聞こえてきて、何となくちょっと退屈しそうかも、などと思ったのだが、中に入って生の音を聴くうちにどんどん引きずり込まれてしまった。
澄んでいるのに微妙に揺れる高音。多分シャイで、「うたう」ことを抑えようとしているのに、思いの激しさがそれを裏切ってしまう、でもまあいいか……という感じ。かなりビートを利かせているのに、押し付けがましくはしたくない、との思いがにじむ低音部。そんな葛藤をはらんだ演奏が、新鮮で熱く心に響いた。もうずいぶん昔にキース・ジャレットやチック・コリアを初めて聴いた時いらいの驚きかな、と思った。
といっても、この演奏はキース・ジャレットのようにワイルドな激しさとも違うし、チック・コリアの端正な透明さとも違う。テクニックは相当高いが、人を驚かすような独創性とか演奏技術とかというわけではない。チェーザレは自分が徹底的に誠実であることによって、聴く側の人々とのつながりを求めている、という気がした。
彼の意図とはちょっと外れるかもしれないけれど、だから新鮮で驚いてしまったのだ。ファッションの世界でもそうだし、アートでも、メディアの世界でも、どんな優れたクリエーションだったとしても作り手が一方的に送りつける時代は終わろうとしているのではないか。チェーザレの演奏はそんなことを思わせた。
コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 26日 19:23:04
最高のクリスマスプレゼント
【12月25日 上間常正】クリスマスの25日、「笑顔」をテーマにしたキッズ・ファッションショーが東京・中目黒のホールで開かれた。
≫続きを読む…
小児がんと闘う子供たちがモデルで登場するキッズファッションショーを見た。楽しくて、切なくて、心の中で泣けてくるようなショーだった。
登場したのは、がんと闘ったか、またはきょうだいをがんで奪われた子たち。おそらく想像を絶するような苦しい痛みや不安を経てきたはずなのに、みんなそんなことを感じさせない快活さや、子供らしいはにかみと大胆さの入り混じった笑顔でモデル役を楽しんでいた。
■がんと戦う子供たち
胃がんで手術を受けた身としては全く他人事でなかったのだが、子供のがんは大人とは違う。主治医に言われたのは、がんは「要するに老人病だ」で、ストレスの蓄積や老化による免疫力の低下によって起きるのだという。50歳も過ぎれば「まあ仕方もないか」とも思えるのだが、子供ではそうはいかない。周囲の者も大変だが、それを受け止める子自身にとってはそれがどんなに恐ろしいことなのか想像もつかないくらいだ。
闘病中の学校の問題や、家族の苦労もある。またいったん直った後も、学校でのいじめや就職、結婚などでの偏見や差別などの困難が待ち構えているのだという。
■レベルの高いおしゃれなショー
そんな子たちが、自分でモデルに応募して、服を選んでコーディネートもして舞台で見せた笑顔だった。しかも、それは単なるチャリティーショーなどといったものでは全然なくて、日本の子供服のレベルの高さを示すおしゃれなショーだった。子供たちはみんな例外なく、とても美しく見えた。
だからこのショーは、見た人たちにとってもかけがえのないクリスマスの素敵なプレゼントだったのだ。(c)UEMA
コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 26日 19:00:30
マーク・ジェイコブスのすごさ
<08年春夏パリ・コレクション>ルイ・ヴィトン、新作を発表【動画】
【パリ 9日 AFP】フランス・パリ市内で10月7日、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)が08年春夏コレクションを発表した。
≫続きを読む…
(c)AFP/parismodes
南青山のブティックで開かれたマーク・ジェイコブスの08年春夏の新作コレクションの展示会に出かけた。実物を見るのは初めてなので、気がついたのは、今回の服作りの基本的な考え方はルイ・ヴィトンと同じということだった。同じデザイナーなのだから考えてみれば当たり前なのかもしれないが、今回の共通点は色・形よりももっと深いところにある。
■リチャード・プリンスとのコラボ
マークは今回、ルイ・ヴィトンで米国のアーティスト、リチャード・プリンスとのコラボレーションを明らかにしている。この作家がすごいのは、作品としての出来不出来はともかく、手法が徹底的にラディカルでスキャンダラスだからだ。彼は写真の映像としてのオリジナリティーを否定して、すでにある写真を撮った写真を使って聖域なきスキャンダラスな題材に切り込んだ。コラージュをしたり、過激な言葉をつらねたりしながら。
複製技術や情報の伝達手段の発達があまりに行き渡ってしまった現代では、もはやどんな写真を撮っても「どこかで同じような場面や写真を見た気がする」というデジャ・ヴュー感をぬぐえない。そんな状況で、あえてオリジナリティーを主張しても大して意味がない。それよりも、オリジナルなクリエーションというもの自体が、それによってアートは進歩するという近現代の進歩思想を担ってきたのではないか?
■いわゆるポップな手法
リチャード・プリンスの動機は多分そんな感じだと思う。だから今ではもう嘘っぽいオリジナリティーを主張して進歩に加担するよりも、どこにでもある物をミックスしてみればいい。自分らしさがちょっとでも出て、そのことでミックスしたものが既存イメージを少し変えることができれば、それがいいのだ。
これは別に目新しいことではなくて、いわゆるポップな手法というのは本当はみんなそこに行き着くはずだった。ファッションの世界でもかなり先駆けてやっていたはずなのに、しかし現実では決してそうなってはいなかった。本当の新しさを生み出すのはオリジナルなクリエーションだと、デザイナーたちはポップをやりながら心の底ではそう思っていて、なんとなくニヒルに商業主義に迎合してきてしまったのだろう。
■どうせなら美しい方がいい
マークはひょっとすると、そんな自分の不甲斐なさにいらだっていたのかもしれない。深いスリットやフロントとは脈略のつかないベアバック、ナボコフの「ロリータ」のような二面的な少女趣味などは、マークがプリンスを選んだことの意味を記号的に暗示しているように思えた。
ただしマークがすごいのは、自身のブランドでもルイ・ヴィトンでも申し分ないほどかわいくてきれいな服やバッグにしてしまうこと。アートなら最初はいくら汚くても、またはそのまま汚くてもいいかもしれないし、優れた作品なら後世の人が美しいと認めるかもしれないのだが、ファッションはそうではない。始めから美しいことが望まれるし、どうせなら美しい方がいいに決まっているからだ。(c)UEMA
コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 18日 18:14:54
展示会シーズン到来
【12月12日 上間常正】コスチュームナショナル(CoSTUME NATIONAL)のブランド創立21周年を記念するパーティーが10日、東京・南青山のショップで開かれた。
≫続きを読む…
各ブランドの展示会シーズンたけなわで、12月6日は5つを超す会場周り。グッチ、アルマーニ、プラダとミラノのビッグブランドもそろい踏みで、みんな大忙しだ。
ミラノでショーと展示会も見ているのだが、東京で見るとまた新たな発見があって楽しい。ショーを見てから2か月くらいの間に、記憶が知らず知らずのうちに再編成されていて、それがまた現物と再会して新たなインパクトを引き起こすからなのだと思う。
11日もルイ・ヴィトンから始まって、ブリオーニ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ディオール・オム、そして最後はクロエの香水の発表パーティー……といった具合。
そんな中でちょっと印象に残った展示会をいくつか。
■サンタクローチェ
プラダ・グループの高級なレザー製品のメーカーというイメージはあるが、何となくなじみの薄いブランドだった。不勉強で恥ずかしいけれど、展示会で服のコレクションを見て、なかなかいいなと感心してしまった。08年SSの新作は、「フィッシャーマンが住む小さな村」がデザインテーマ。
海と波、砂浜を思わせる淡い青とシルバー、サンドベージュ。波間に漂うクラゲのような曲線模様やシルエットなどが特徴的だ。波の上の大きな貝殻から誕生したヴィーナスのような、ラミネート加工のシルクのドレスもあった。
デザイナーのマリアンナ・ロザーティがいて、「漁村といっても、ただ懐かしくてロマンティックなイメージじゃなくて」と熱心に説明してくれた。たとえば、嵐が襲ってくれば悲惨なことになるし、人々はそのためには、とてもタフだったり、ときには頑なで閉鎖的だったり……。
そんな目配りがあるから、穏やかな波のような服の色やシルエットがより詩的でロマンティックに見える。目先のトレンドや量産体制にとらわれずに、物事をきちんと見て、表現しようとした結果なのかもしれない。
■コスチュームナショナル
記事を書いてしまったので、デザイナーのエンニョ・カパサの言葉をひと言。「インド」だったコレクションテーマのポイントは、「瞑想して自然の声に耳を傾けてみること」だという。そんな感じとは最も遠いところでひたすら頑張ってきたのが君なのに、と聞いてみたくなったが、やめた。
今回の新作はパリで最もいいと思ったコレクションの一つだったし、テーマのインドについてエンニョが「たまたまインドに行ったため」とくどくど語らなかったためだ。(c)UEMA
コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 12日 19:29:09
ダンヒルショップオープン
【12月5日 MODE PRESS】アルフレッド ダンヒル(ALFRED DUNHILL)の新たなコンセプト ショップ「アルフレッド ダンヒル 銀座本店」が12月1日、東京・銀座の中央通りにオープンした。
≫続きを読む…
パリ・コレ疲れと多忙でブログの更新が途絶えてしまっていました。そんなブログはすぐ見放される、との編集部内外の声にめげず、心を入れ替えて再開します。パリから帰ってこの時期にいつも待ち受けているのは、東京コレクション(今年は後半スケジュール)、内外各ブランドの展示会やデザイナー、CEOの来日、そして今年はビッグブランドの大型新旗艦店のオープンが相次ぎました。そんな中で印象的だったことをいくつか。
■ニューショップの意味とは?
銀座の中央通りに11月末オープンしたアルフレッド・ダンヒルの旗艦店で。とてもくつろげる2階のラウンジから外を見ていて、「これはまるで大型版のモンテナポリオーネだな」と思った。世界のラグジュアリーブランドのショップが立ち並ぶミラノのその通りは、道もずっと狭いし建物も低い。しかし景観の類似性だけではなくて、意味も多分似ているのだと思う。その意味とは、この通りは各ブランドの世界に向けたショーウインドーであって、近隣の商業圏の買い物客のためのものではないということ。
そういう意味では、銀座がもともと持っていた商業的な権威はブランドの記号的権威性とうまくはまりやすい。これまでは欧米のビッグブランドの店は若者の街である表参道や原宿、新開地だった青山界隈に多かった。しかし世界的にみればそれはむしろ異例なことだった。銀座はここ数年で急速にファッション化したとも言えるのだが、各国の例に倣えばむしろ通常化したに過ぎないともいえるのだ。去年の新店ラッシュのときも、「こんなに店ができてどうするの?」との声が多かったが、新旗艦店はそこでの直接の売り上げ増をねらったものでは多分ない。
ミラノの通りのブランド店を訪れるのは外国人の買い物客やジャーナリスト、バイヤーが主流だ。銀座の店でも最近は、中国語や韓国語などを聞くことがめっきり増えている。銀座の店はとりわけ、海外ブランドにとってこれからの有望市場であるアジアに向けて威信を見せる大切なショーウインドーなのだ。日本人はといえば、かつてリラ安のもとで指をくわえてモンテナポリーネのそれを見ていた多くのイタリア人みたいになるのかもしれない。
そんなひがみも少しあるのだろうが、銀座のニューショップに共通しているのはより意図された高級感だ。例えば、ジョルジオ・アルマーニの店は、本国のマンゾーニ通りの旗艦店よりずっとラグジャーリーに見える。アジアの富裕層にとってはこの方がアピールするのだろう。(c)UEMA
コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 05日 15:55:02
- プロフィール
- 上間常正
- (男)
- 最近のエントリー
- [02/15] ■さようなら、ではなくて
- [02/14] ロジェ・ヴィヴィエの思い出
- [02/08] 「まとも」が毒? 08年春夏パリ・オートクチュール
- [01/24] まともさ、とは? 08年秋冬メンズコレクション
- [01/09] 回顧?で、うろたえ
- [01/07] どうせなら“能天気ウイルス”を
- [12/28] ご愛読に感謝
- [12/26] 「つながり」を求めた演奏
- [12/26] 最高のクリスマスプレゼント
- [12/18] マーク・ジェイコブスのすごさ
- 最近のコメント
- [02/18] ■さようなら、ではなくて akiko ichikawa
- [01/06] 最高のクリスマスプレゼント azumi
- [12/13] 展示会シーズン到来 akiko ichikawa
- [12/13] 展示会シーズン到来 akiko ichikawa
- [11/17] 嗚呼、海外出張~ミラノ・パリコレで考える yuko
- [10/06] パリコレ4日目 8のボトム或いは10のシャツ
- [07/26] 伊勢丹食品売り場の新しさ hiroki☆
- [06/21] はじめまして hashinaga
- 最近のトラックバック
- カテゴリー
- お気に入りリンク
- 検索