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<title>AFPBB News編集長・上間常正ブログ</title>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/</link>
<description>編集長・上間常正によるブログ。
ジャーナリストとして長年の経験を、ファッションというフィルターを通し様々な角度から取り上げていきます。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>■さようなら、ではなくて</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/53118</link>
<description>　寒さもあと少し、という時期になりました。やや唐突ではありますが、この15日でAFPBB Newsを去ることになりました。健康上の問題などいくつかのことが急に重なったためです。<br />
<br />
<br />
　新聞からネットに移っての１年間でしたが、とても新鮮で刺激に満ちた世界でした。活字媒体では考えられないようなさまざまな可能性があり、同時に急激に変化しつつあるのでまだ何が起きているのかみんなよく分かりかねている世界でもあるようです。ジャーナリストはこうした変化には特に敏感であらねばならないと思うのですが、自らの足元であるメディアの世界のことなのでかえって見えにくいのかもしれません。それがジャーナリストの欠陥であることが多いので、今後とも厳しく自戒していこうと思っています。<br />
<br />
<br />
　1日の休みもなく、24時間中、世界各地のAFP支局から寄せられるニュース、オフィスの中で飛び交う英語と日本語。時々、というよりしょっちゅう起きるシステム上のトラブル。ウエブメディアの現場はなかなか過酷な職場です。しかし、AFPBBニュースのメンバーたちはそんな状況の中でがんばっています。ウエブ時代のメディアは前例なしのやり方を模索し続けなくてはならないのですが、やはり一番大切なことはニュース内容の質を高めることで、そのための努力を惜しんではならないからです<br />
<br />
<br />
　特に「MODE PRESS」は、世界的にも前例が少ないのでスタッフの創意工夫が必要です。編集部による独自取材の記事も多くて、やりがいのある魅力的な職場です。今後ともぜひご愛読のほどお願いいたします。私事ですが、この後しばらくは文化女子大学で教鞭をとりながら、フリーの立場でジャーナリスト活動も続けていく予定です。<br />
<br />
　AFPはフランスの通信社なので、最後のご挨拶はフランス語で。<br />
　　Adieu　じゃなくて、A tres bientot!</description>
<pubDate>Fri, 15 Feb 2008 19:30:47 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ロジェ・ヴィヴィエの思い出</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/53064</link>
<description>ロジェ・ヴィヴィエの08年春夏新作の展示記念パーティーが東京ミッドタウンのリステアで開かれた。ここで扱うことになったためだが、ファンにとっては嬉しいニュースだろう。パリや香港に行かなければ買えないというのは、ちょっと情けないことだっただろうから。<br />
<br />
　靴はもちろんのこと、バッグやアクセサリー類もこのブランドらしいセンスが行き届いていて、女性ならずともその美しさに惹かれる思いがした。靴の魅力は一種の象徴的な曲線と、素材のバランス感覚にある。ヴィヴィエのファンだったというイネスの姿を見ていて、もう10年以上も前に東京でインタビューしたロジェ・ヴィヴィエ氏のことがはっきり浮かんできた。<br />
<br />
　確かもう90歳近かったはずだが、彼はとても元気で変な色気もまだたっぷりあった。あの靴の美しい曲線は、靴を嘗め尽くすようなデザイナーの視線が必要なのだな、とつくずく感じさせられたものだった。インタビューの途中で彼が突然黙り込んで、どうしたのかと戸惑っていたら、「いま靴のアイデアが浮かんでしまったのだよ」と言って、スタッフに鉛筆をもってこさせた。<br />
<br />
　あの時、彼が描いたスケッチは記念にいただいた。いまも、私の机の資料の奥深くに眠っているはずだ。インタビューの最後に、オフレコでもいいのでと前置きして、「あなたの靴が一番似合う女性はだれだった？」と聞いた。<br />
<br />
　彼はちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて、小声で答えた。「マレーネ・ディートリッヒ」。そして付け加えた。「そりゃあ、ダントツにきれいだった」</description>
<pubDate>Thu, 14 Feb 2008 14:59:29 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>「まとも」が毒？   08年春夏パリ・オートクチュール</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/52823</link>
<description>　パリのオートクチュールはとりわけのトレンドや新味があったわけではないようだが、08年のメンズと連動したニュアンスが色濃く感じられた。今月から始まったニューヨークの08年秋冬コレクションでも同じ感じを受ける。メンズで書いたが、一言でいうと「まっとうな服」という印象だ。<br />
<br />
　オートクチュールでは、例えばクリスチャン・ディオールは豊かなインスピレーションを感じさせたが、服は決しておおげさではなかった。象徴派の絵やボードレールの「悪の華」などをモチーフにして、ジョン・ガリアーノは時代への漠とした不安にとらわれた人間の夢や神秘的なものへの想いを語ろうとしたようだ。ディテールはさまざまなイマジネーションを込めたように複雑だ。しかし、90年代の彼のどう着るのか想像もできないほど破天荒だったデザインと比べると、見た目にはとてもシンプルで着やすそうな服に見える。<br />
<br />
　シャネルの深海の貝をモチーフにした、モノトーンで微妙な造形の服も神秘性とシンプルさが絶妙に並存した印象を受けた。ディオールもそうだが、今回の新作はこのブランドがもつ豊富な伝統的クチュール技術の持ち味がより大きな役割を果たしているように見える。なんだか懐かしくて、着心地よさそうに見えるのも、そのせいなのかもしれない。<br />
<br />
　いま自分が考えていることをきちんと考え抜いて、それを伝えるために精一杯努力して、かかわっている人たちと最大限協力しあうこと。なにが正解なのか、それが人に結果として理解してもらえるかは分からないが、そういうのが「まとも」ということなのではないだろうか。<br />
<br />
　ファッションはどちらかといえば「まとも」でないことが多くて、むしろそうだからこそ時代への敏感な批評を込めた毒があった。しかし逆に、まともなことがそんな「毒」になることもあり得る。そんな時代が始まったのかもしれない。(c)UEMA</description>
<pubDate>Fri, 08 Feb 2008 17:29:48 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>まともさ、とは？　08年秋冬メンズコレクション</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/52112</link>
<description>　パリで08年春夏オートクチュールコレクションが開催中、その前にミラノ、パリと秋冬のメンズコレクションが終わり、今年も新たなファッションシーズンが始動し始めた。今回は直接見ることができなかったが、MODE PRESSの画面を通してさまざまな息吹が伝わってくる。<br />
<br />
　メンズで感じたのは、いい意味での、手の込んだ「まともさ」ということだった。とりあえずはクラシックなジャケットやコートを基本にしての素材や柄のひねり、きちんとしたカジュアル、上質な素材づかい……といったところ。こういうスタイルだと味付けへのこだわりが欠かせないのだが、それが表にあからさまに見えないのが。今回のメンズの好ましい点だ。<br />
<br />
　メゾンチームらとの徹底したワークショップを経てディオール・オムの伝統を生かし、自らの新しいシルエットとボリュームをも進化させたクリス・ヴァン・アッシュ。「伝統的なメンズのワードローブに遊び心を」と、素材とプリントで緻密なひねりを盛り込んだドリス・ヴァン・ノッテン。ドルチェ＆ガッバーナも今回は本格的なクラシックスタイルだし、アルマーニも今回は本来の「まっとうさ」があるがままで水を得た魚のような感じだ。<br />
<br />
　目立たないこだわりといえば、かつての英国の伊達男ブランメルのダンディズムを連想させる。それがある種の「男らしさ」に通じることは事実だが、今回の2008年のこだわりはそんな大げさなものでもないし、着る側（=消費者）に負担をかけるものでもない。あえて言えば、トレンドを作ろうとしたり創造性を打ち出したりするよりも「じっくり作ってみました」という感じだ。そんなまっとうさが、なぜかとても新鮮に思える。<br />
<br />
　オートクチュールはまだ全体の感じがつかめないが、とりあえず、ジョン・ガリアーノのクリスチャン・ディオールとラクロワに心が惹かれ、それと対照的なのにシャネルが魅力的だ。分析は次回に。<br />
<br />
　23日に降った東京の事実上の初雪。観測史上でも記録的な遅さだそうだが、後でこの雪をみんなが思い出すようなことになるのだろうか？　「まっとうなことではなかった」ということで。</description>
<pubDate>Thu, 24 Jan 2008 17:21:19 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>回顧？で、うろたえ</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/51427</link>
<description>　ヴェロニク・ブランキーノの回顧展が3月からアントワープで開かれる。ヴェロニクといえば、「若い女性の揺れ動く……」みたいなイメージをずっともち続けてきたので、回顧というには何となく違和感がある。しかし彼女を最初に見たのは、考えてみればもうずいぶん前のことだった。<br />
<br />
　まだショーなどは開いていなくて、パリのマレ地区の貸しアトリエでラフ・シモンズと一緒に展示会を開いていた。ラフの服にバイヤーから注文が入って、彼女が注文書に書き入れていた。繊細そうな美少女で、その姿がとても初々しかったのを思い出す。その時は二人についてはまだほとんど知らなかったが、ヴェロニクの服が本人とよく似た硬質で未成熟なフェミニンさを感じさせた。同時に「ひょっとするととてもセクシーなのかな」とも思った。何か話したはずだが、内容は覚えていない。<br />
<br />
　その後、パリで定期的にショーを開くようになって、たいていは見ていた。若い女性の繊細な感覚で時々の時代の気分をとらえたコレクションだった。それなりに楽しめたが、その決まった枠組みが何となく鬱陶しくなって、最近はショーをパスすることもあって彼女の服からは遠ざかってしまった感じだった。それが、突然に回顧ということで、なんだか不義理を責められたとか、うかつに時間を過ごしていることを指摘されてうろたえたりするような気分になってしまう。<br />
<br />
　機会があれば、一度系統的にじっくり見てみたいと思う。(c)UEMA</description>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 18:25:35 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>どうせなら“能天気ウイルス”を</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/51341</link>
<description>08年の最初のブログです。今年もよろしくお願いいたします。<br />
<br />
　年末からかなりひどい風邪で正月はずっと寝込んでしまいました。しかしよく寝たおかげで、たまっていた疲れはかえって取れてしまった感じです。医者の話によれば、風邪で熱を出すと、体の中の老廃物や少量の悪性細胞などが燃えて体の中から出るのだとのこと。たまには風邪をひくのもいいことなのかもしれません。インフルエンザでも結果的には（死ななければ）ハッピーなのだそうです。<br />
<br />
　年末、正月も殺人や外国のテロ事件などが続き、暗いニュースばかり。さまざまな不安や敵意、憎しみなどが世界中で互いに増幅し合って、どこか得体の知れないウイルスのような苛立ちを生み出しているように思えます。そんな“苛立ちウイルス”にうっかり感染してしまうと、本当ならちょっとした体調不良なのに重い風邪になってしまいます。ワクチンは多分、冷静さと、（去年のブログの続きみたいですが）ほかの人たちとつながろうとする想像力なのではないでしょうか？<br />
<br />
　今年はもしかすると環境問題への取り組みが今までよりずっと前に進むかもしれないし、ブッシュがやめてアメリカがもうちょっとマシになるかもしれないし、日本だって政権交代が起きてやっぱり少しはマシになるかもしれません。それに夏には北京でオリンピックもあって、これもちょっとは楽しそうです。恋をしたり結婚をしたり、楽しい引越しをしたりする人もいるでしょうし、世界中で多くの人間や動物の赤ん坊も生まれます。<br />
<br />
　そんな風に楽観的に考えているときは、ウイルスも寄り付かないと思うのですが。<br />
<br />
　そういえば、ファッションの今年春夏コレクションでは、上に書いたようなことがすべてどこかに盛り込まれていました。考えてみれば、後ろ向きの暗い情念でファッションをデザインすることはほとんどあり得ないのです。ファッションはしばしば能天気だと思われがちなのですが、その論議はさて置き、どうせ感染するなら“能天気ウイルス”の方がずっといいのです。<br />
<br />
　今年もご愛読のほどお願いいたします。(c)UEMA</description>
<pubDate>Mon, 07 Jan 2008 20:35:44 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ご愛読に感謝</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/51034</link>
<description>　ウェブサイトは1年365日、24時間休みなしのメディア。でもシフト勤務のスタッフを別にすれば、28日がとりあえず2007年の御用納め。ウエブに移ってから、以前は制約や責め苦だと思っていた「締め切り」が実は「救いの神」だったことが分かった身としては、こういう時の節目はことさらありがたく感じる。<br />
<br />
<br />
　夕べは、パキスタンのブット元首相が暗殺されたニュースが突然入ってきた。断片的な事実や前後の動き、各国の反応などのAFP電が次々と入って大わらわなのだが、やはり衝撃的なのは損壊した遺体がいくつも横たわった現場の映像だ。この人たちはどんな思いで死んで、いったいだれがそれを償えるのだろうか、と考えざるを得ないからだ。<br />
<br />
<br />
　以前読んだロシアのテロリストの話を思い出す。残虐な圧制者が乗った馬車に爆弾を投げ込もうとして、直前にその長官の息子が同乗しているのに気づいて投げられなかった。多くの民衆の悲劇とたった一人でしかも極悪人の息子の笑顔とを引き換えにしたのか？とテロリストが自問苦悩する話だった。<br />
<br />
　テロやいやだ、と素朴に思う。しかし国家とか権力が暴力を基盤としている限り、理論的には対抗措置としてのテロを一概に否定できないことも事実なのだ。<br />
<br />
<br />
　ロシアのロマンティックなテロリストを認めるか認めないかはともかくとして、ブット元首相を襲った犯人は、その後に銃口を自分に向けるという道はなかったのか？　死傷者や混乱が大きいほど政治的効果が高い、との理由で巻き添え自爆を選んだのか。多分そうなのだろうが、少なくとも、被害者への想像力を欠いたその自爆は断じて許せないと思う。<br />
<br />
<br />
　年末に妙にカタいことを書いてしまったが、いまの世の中で最も必要とされているのが「想像力」なのではないか、という気がするからだ。自分が信じていることがあって、それで実際に何かをしようとしたら、それにかかわる他者へ想像力をできるだけ働かせること。そういう意味では、テロもクリエーションも同じだ。<br />
<br />
　ファッションでいえば、今年みた新作ショーで印象に残ったのはみんな、着る側、見る側へのイマジネーションが感じられるものだった。たとえば、来年春夏のバレンシアガよりサンローランのコレクションの方がずっと心に残ったのは、クリエーションの優劣ではなくてそういう想像力の差だった。<br />
<br />
　全く勤勉ではなかったブログですが、読んでいただいた方々に心から感謝しております。AFPBB News、MODE PRESSともに今年中のご支持に深謝するとともに、08年もぜひともよろしくお願い申し上げます。</description>
<pubDate>Fri, 28 Dec 2007 17:37:24 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>「つながり」を求めた演奏</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/50964</link>
<description>　ほとんど偶然にという具合で夕べ、渋谷の富ヶ谷で素晴らしいジャズピアノの演奏を聴いた。イタリアのピアニスト、チェーザレ・ピッコのソロ演奏会だった。会場に着いたのが遅れて、最初はホールでマイク越しに聞こえてきて、何となくちょっと退屈しそうかも、などと思ったのだが、中に入って生の音を聴くうちにどんどん引きずり込まれてしまった。<br />
<br />
　澄んでいるのに微妙に揺れる高音。多分シャイで、「うたう」ことを抑えようとしているのに、思いの激しさがそれを裏切ってしまう、でもまあいいか……という感じ。かなりビートを利かせているのに、押し付けがましくはしたくない、との思いがにじむ低音部。そんな葛藤をはらんだ演奏が、新鮮で熱く心に響いた。もうずいぶん昔にキース・ジャレットやチック・コリアを初めて聴いた時いらいの驚きかな、と思った。<br />
<br />
　といっても、この演奏はキース・ジャレットのようにワイルドな激しさとも違うし、チック・コリアの端正な透明さとも違う。テクニックは相当高いが、人を驚かすような独創性とか演奏技術とかというわけではない。チェーザレは自分が徹底的に誠実であることによって、聴く側の人々とのつながりを求めている、という気がした。<br />
<br />
　彼の意図とはちょっと外れるかもしれないけれど、だから新鮮で驚いてしまったのだ。ファッションの世界でもそうだし、アートでも、メディアの世界でも、どんな優れたクリエーションだったとしても作り手が一方的に送りつける時代は終わろうとしているのではないか。チェーザレの演奏はそんなことを思わせた。</description>
<pubDate>Wed, 26 Dec 2007 19:23:04 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>最高のクリスマスプレゼント</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/50963</link>
<description>小児がんと闘う子供たちがモデルで登場するキッズファッションショーを見た。楽しくて、切なくて、心の中で泣けてくるようなショーだった。<br />
<br />
　登場したのは、がんと闘ったか、またはきょうだいをがんで奪われた子たち。おそらく想像を絶するような苦しい痛みや不安を経てきたはずなのに、みんなそんなことを感じさせない快活さや、子供らしいはにかみと大胆さの入り混じった笑顔でモデル役を楽しんでいた。<br />
<br />
■がんと戦う子供たち<br />
<br />
　胃がんで手術を受けた身としては全く他人事でなかったのだが、子供のがんは大人とは違う。主治医に言われたのは、がんは「要するに老人病だ」で、ストレスの蓄積や老化による免疫力の低下によって起きるのだという。50歳も過ぎれば「まあ仕方もないか」とも思えるのだが、子供ではそうはいかない。周囲の者も大変だが、それを受け止める子自身にとってはそれがどんなに恐ろしいことなのか想像もつかないくらいだ。<br />
<br />
　闘病中の学校の問題や、家族の苦労もある。またいったん直った後も、学校でのいじめや就職、結婚などでの偏見や差別などの困難が待ち構えているのだという。<br />
<br />
■レベルの高いおしゃれなショー<br />
<br />
　そんな子たちが、自分でモデルに応募して、服を選んでコーディネートもして舞台で見せた笑顔だった。しかも、それは単なるチャリティーショーなどといったものでは全然なくて、日本の子供服のレベルの高さを示すおしゃれなショーだった。子供たちはみんな例外なく、とても美しく見えた。<br />
<br />
　だからこのショーは、見た人たちにとってもかけがえのないクリスマスの素敵なプレゼントだったのだ。(c)UEMA</description>
<pubDate>Wed, 26 Dec 2007 19:00:30 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>マーク・ジェイコブスのすごさ</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/50624</link>
<description>　南青山のブティックで開かれたマーク・ジェイコブスの08年春夏の新作コレクションの展示会に出かけた。実物を見るのは初めてなので、気がついたのは、今回の服作りの基本的な考え方はルイ・ヴィトンと同じということだった。同じデザイナーなのだから考えてみれば当たり前なのかもしれないが、今回の共通点は色・形よりももっと深いところにある。<br />
<br />
■リチャード・プリンスとのコラボ<br />
<br />
　マークは今回、ルイ・ヴィトンで米国のアーティスト、リチャード・プリンスとのコラボレーションを明らかにしている。この作家がすごいのは、作品としての出来不出来はともかく、手法が徹底的にラディカルでスキャンダラスだからだ。彼は写真の映像としてのオリジナリティーを否定して、すでにある写真を撮った写真を使って聖域なきスキャンダラスな題材に切り込んだ。コラージュをしたり、過激な言葉をつらねたりしながら。<br />
<br />
<br />
　複製技術や情報の伝達手段の発達があまりに行き渡ってしまった現代では、もはやどんな写真を撮っても「どこかで同じような場面や写真を見た気がする」というデジャ・ヴュー感をぬぐえない。そんな状況で、あえてオリジナリティーを主張しても大して意味がない。それよりも、オリジナルなクリエーションというもの自体が、それによってアートは進歩するという近現代の進歩思想を担ってきたのではないか？<br />
<br />
<br />
■いわゆるポップな手法<br />
<br />
　リチャード・プリンスの動機は多分そんな感じだと思う。だから今ではもう嘘っぽいオリジナリティーを主張して進歩に加担するよりも、どこにでもある物をミックスしてみればいい。自分らしさがちょっとでも出て、そのことでミックスしたものが既存イメージを少し変えることができれば、それがいいのだ。<br />
<br />
<br />
　これは別に目新しいことではなくて、いわゆるポップな手法というのは本当はみんなそこに行き着くはずだった。ファッションの世界でもかなり先駆けてやっていたはずなのに、しかし現実では決してそうなってはいなかった。本当の新しさを生み出すのはオリジナルなクリエーションだと、デザイナーたちはポップをやりながら心の底ではそう思っていて、なんとなくニヒルに商業主義に迎合してきてしまったのだろう。<br />
<br />
<br />
■どうせなら美しい方がいい<br />
<br />
　マークはひょっとすると、そんな自分の不甲斐なさにいらだっていたのかもしれない。深いスリットやフロントとは脈略のつかないベアバック、ナボコフの「ロリータ」のような二面的な少女趣味などは、マークがプリンスを選んだことの意味を記号的に暗示しているように思えた。<br />
<br />
<br />
　ただしマークがすごいのは、自身のブランドでもルイ・ヴィトンでも申し分ないほどかわいくてきれいな服やバッグにしてしまうこと。アートなら最初はいくら汚くても、またはそのまま汚くてもいいかもしれないし、優れた作品なら後世の人が美しいと認めるかもしれないのだが、ファッションはそうではない。始めから美しいことが望まれるし、どうせなら美しい方がいいに決まっているからだ。(c)UEMA</description>
<pubDate>Tue, 18 Dec 2007 18:14:54 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>展示会シーズン到来</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/50323</link>
<description>　各ブランドの展示会シーズンたけなわで、12月6日は5つを超す会場周り。グッチ、アルマーニ、プラダとミラノのビッグブランドもそろい踏みで、みんな大忙しだ。<br />
<br />
　ミラノでショーと展示会も見ているのだが、東京で見るとまた新たな発見があって楽しい。ショーを見てから2か月くらいの間に、記憶が知らず知らずのうちに再編成されていて、それがまた現物と再会して新たなインパクトを引き起こすからなのだと思う。<br />
<br />
　11日もルイ・ヴィトンから始まって、ブリオーニ、ダイアン・フォン・ファステンバーグ、ディオール・オム、そして最後はクロエの香水の発表パーティー……といった具合。<br />
<br />
　そんな中でちょっと印象に残った展示会をいくつか。<br />
<br />
■サンタクローチェ<br />
<br />
　プラダ・グループの高級なレザー製品のメーカーというイメージはあるが、何となくなじみの薄いブランドだった。不勉強で恥ずかしいけれど、展示会で服のコレクションを見て、なかなかいいなと感心してしまった。08年ＳＳの新作は、「フィッシャーマンが住む小さな村」がデザインテーマ。<br />
<br />
　海と波、砂浜を思わせる淡い青とシルバー、サンドベージュ。波間に漂うクラゲのような曲線模様やシルエットなどが特徴的だ。波の上の大きな貝殻から誕生したヴィーナスのような、ラミネート加工のシルクのドレスもあった。<br />
<br />
　デザイナーのマリアンナ・ロザーティがいて、「漁村といっても、ただ懐かしくてロマンティックなイメージじゃなくて」と熱心に説明してくれた。たとえば、嵐が襲ってくれば悲惨なことになるし、人々はそのためには、とてもタフだったり、ときには頑なで閉鎖的だったり……。<br />
<br />
　そんな目配りがあるから、穏やかな波のような服の色やシルエットがより詩的でロマンティックに見える。目先のトレンドや量産体制にとらわれずに、物事をきちんと見て、表現しようとした結果なのかもしれない。<br />
<br />
■コスチュームナショナル<br />
<br />
　記事を書いてしまったので、デザイナーのエンニョ・カパサの言葉をひと言。「インド」だったコレクションテーマのポイントは、「瞑想して自然の声に耳を傾けてみること」だという。そんな感じとは最も遠いところでひたすら頑張ってきたのが君なのに、と聞いてみたくなったが、やめた。<br />
<br />
　今回の新作はパリで最もいいと思ったコレクションの一つだったし、テーマのインドについてエンニョが「たまたまインドに行ったため」とくどくど語らなかったためだ。(c)UEMA</description>
<pubDate>Wed, 12 Dec 2007 19:29:09 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ダンヒルショップオープン</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/49968</link>
<description>パリ・コレ疲れと多忙でブログの更新が途絶えてしまっていました。そんなブログはすぐ見放される、との編集部内外の声にめげず、心を入れ替えて再開します。パリから帰ってこの時期にいつも待ち受けているのは、東京コレクション（今年は後半スケジュール）、内外各ブランドの展示会やデザイナー、ＣＥＯの来日、そして今年はビッグブランドの大型新旗艦店のオープンが相次ぎました。そんな中で印象的だったことをいくつか。<br />
<br />
■ニューショップの意味とは？<br />
<br />
　銀座の中央通りに11月末オープンしたアルフレッド・ダンヒルの旗艦店で。とてもくつろげる２階のラウンジから外を見ていて、「これはまるで大型版のモンテナポリオーネだな」と思った。世界のラグジュアリーブランドのショップが立ち並ぶミラノのその通りは、道もずっと狭いし建物も低い。しかし景観の類似性だけではなくて、意味も多分似ているのだと思う。その意味とは、この通りは各ブランドの世界に向けたショーウインドーであって、近隣の商業圏の買い物客のためのものではないということ。<br />
<br />
<br />
　そういう意味では、銀座がもともと持っていた商業的な権威はブランドの記号的権威性とうまくはまりやすい。これまでは欧米のビッグブランドの店は若者の街である表参道や原宿、新開地だった青山界隈に多かった。しかし世界的にみればそれはむしろ異例なことだった。銀座はここ数年で急速にファッション化したとも言えるのだが、各国の例に倣えばむしろ通常化したに過ぎないともいえるのだ。去年の新店ラッシュのときも、「こんなに店ができてどうするの？」との声が多かったが、新旗艦店はそこでの直接の売り上げ増をねらったものでは多分ない。<br />
<br />
<br />
　ミラノの通りのブランド店を訪れるのは外国人の買い物客やジャーナリスト、バイヤーが主流だ。銀座の店でも最近は、中国語や韓国語などを聞くことがめっきり増えている。銀座の店はとりわけ、海外ブランドにとってこれからの有望市場であるアジアに向けて威信を見せる大切なショーウインドーなのだ。日本人はといえば、かつてリラ安のもとで指をくわえてモンテナポリーネのそれを見ていた多くのイタリア人みたいになるのかもしれない。<br />
そんなひがみも少しあるのだろうが、銀座のニューショップに共通しているのはより意図された高級感だ。例えば、ジョルジオ・アルマーニの店は、本国のマンゾーニ通りの旗艦店よりずっとラグジャーリーに見える。アジアの富裕層にとってはこの方がアピールするのだろう。(c)UEMA</description>
<pubDate>Wed, 05 Dec 2007 15:55:02 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>嗚呼、海外出張～ミラノ・パリコレで考える</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/46383</link>
<description>　今回の出張では、飛行機のトラブルにいくつか見舞われた。予約した便に乗れる、ラゲッジが一緒に届く、そんな当たり前のことが、外国の航空会社はどうしてできないのか？と不思議に思う。行きの便はＫＬＭのアムステルダム経由だったが、ミラノでトランクが出てこなかった。パリ・コレの翌日にヴェニスに向かったときは、オーバーブッキングで一便遅れた。最後にパリから成田に帰るときも、ビジネスクラスがオーバーセリングだったらしく、場合によってはエコノミー席になるかもしれないと言われてうんざりした。<br />
<br />
<br />
　こんなトラブルは文句を言えばそれなりに何とかなる。しかし、もっとうんざりしてかつ情けなかったのは円安ユーロ高の現実だった。ユーロがスタートしたころと比べると、実感として物価は２倍になってしまった。滞在費のことを考えると、どうしても財布のヒモが固くなる。外国に出ると、前よりずっと貧乏になってしまった感じなのだ。それに比して、最近はウォン高らしく、パリのブランド店などでは韓国の人たちの姿が目立った。<br />
<br />
<br />
　日本経済がヨーロッパや韓国と比べて特に不調だとは思えない。おそらくこれは、輸出によって景気を浮揚させようとした円安誘導策のせいなのだろう。しかしトヨタやソニーがいくら利益を上げても国民には還元されず、利益はたとえば米国債などにつぎ込まれて実際にそのお金を使うのはアメリカ人だったりするのだ。大部分の日本国民にとっては輸入品が割高になり、外国に行くとみじめな思いをすることにしかならない。こんなことを一体だれが許したのか、と憤りに絶えないのだが……。<br />
<br />
<br />
　パリやミラノのファッションブランドにとっても、このユーロ高は商売に差し障るのではないかと思う。日本マーケットが萎縮しきらないうちに、何とか日本の一般消費者との共闘ができないか？　そんな気がするのだが、もう日本はどうでもよくて、中国やロシア、インドの新マーケットの方が大事になりつつあるのかもしれない。コレクション会場の顔ぶれを見ていると、それも事実なのかもしれないとも思った。</description>
<pubDate>Mon, 15 Oct 2007 18:53:15 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>パリコレ最終日を振り返る</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/uemablog/46382</link>
<description>　パリ・コレ最終日の10月７日は、今シーズンの傾向を代表するような力作ぞろいだった。<br />
<br />
　フィナーレを飾ったルイ・ヴィトンは、マーク・ジェイコブス本来の毒がきいていて楽しめた。ここ数年は隠し味として留めていたダークな部分への感性や反抗精神などが、リチャード・プリンスとのコラボで前面に出た、という感じだ。リチャード・プリンスといえば、既存の写真を写真に撮ることで現実の題材と写真の関係を打ち壊してしまったアーティストだ。題材としても、時代の暗部に切り込むようなスキャンダラスな領域に踏み込んでいる。<br />
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　ポップアートの世界でやられていることを、マークは服の表現で試みようとしたようだ。<br />
透ける制服を着た娼婦のような看護婦や、前から見ると普通にかわいいのに後ろは下着が丸見えの服。そんな表現をルイ・ヴィトンの新作として通用させるのは、かなり大変だったに違いない。いわゆる前衛的なデザインということであれば、この程度の露出などはこれまでにいくらでもあった。<br />
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　しかしマークはポップアートの手法の一つひとつを、ヴィトンの伝統やコマーシャリズムの制約の中でていねいに翻訳し直している。そんな努力と意気込みが伝わるショーだった。<br />
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　ニナ・リッチのオリヴィエ・テイスケンスも、今回は彼本来のダークなものへテーストを表してしまったようだ。といっても、こちらはＮＹの都会風なポップではなくて、フランドルの森のゴシックな感性といったようなものが下敷きになっている。それが、たとえばアメリカ先住民のようなスタイルの表現になったのだろう。ショーの後のインタビューでオリヴィエは、一般受けするような適当なことを話している。しかしあれはダークな毒を少しでも和らげようとした配慮に違いない。<br />
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　ミュウミュウの、身体表現をテーマにしたミックス感覚も面白かった。たいていのポップアートは同時代のものを混ぜるのだが、このコレクションでは時代の異なる題材がミックスされていた。しかもその結果できた服の造形はシンプルで緊張感に満ちていた。プラダのファンタジックでナチュラルなデザインをやった後でこれだけのコレクションを作ったミウッチャの力量と意欲にはいまさらながら感心させられた。</description>
<pubDate>Mon, 15 Oct 2007 18:50:27 +0900</pubDate> 
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<title>パリコレも終盤</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45844</link>
<description>　ひさしぶりにパリに快晴が戻った。フランスの秋の日差しは東京より透明で、光りの一本々々を手で磨いたように見える。チュイルリーの公園の池ではたくさんの親子連れが模型の船を浮かべて遊んでいる。しかし、パリコレ組はその横を足早に歩く。<br />
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　エルメスとクロエのショーは、そのチュイルリー公園の両端に設けられた特設テントで時を置いて開かれた。一方はガラス屋根なのでまぶしさと熱気に耐え、一方の黒布屋根の方ではほぼ暗闇の中で遅れがちなショーの開始を待った。テントは効率的だが快適性に欠け、待つ身にはつらい。１日に10以上のショーが開かれる休みなしの日程が１週間以上も続くと（ミラノからだと２週間を超える！）、こうした瞬間にも疲労感と眠気に襲われる。<br />
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　今シーズンのファッションの大きなテーマの一つは、リラックス感や楽しさといってよいだろう。その背景には、アンダーカバーの高橋盾が言っていたように、みんなこんなに働いてどうするんだろう？　その結果しあわせになったのか、環境は？という反省があるのだ。ところが、現実にそういうことを訴えるショーを作る側も見る側も、こんなに忙しくてバタバタしているのは矛盾ではないか？　眠気をがまんしながら、そんな疑問にも襲われた。<br />
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　土曜の夜はラグビーのセミファイナルがあり、フランスが予想に反してオールブラックスに勝った。街ではみんな大騒ぎをしているが、そんなことにも関係なく大急ぎで食事をして原稿を書いている。</description>
<pubDate>Sun, 07 Oct 2007 17:35:41 +0900</pubDate> 
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<title>パリ・コレ５日目</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45774</link>
<description>　パリ・コレ５日目。イヴ・サンローランとジャンバティスタ・ヴァリがとてもよかったと速報で書いたが、もう少し補足を。サンローランのコレクションでは「星」の形があちこちで使われていた。服の柄やペンダント、ダーツのつまみ方も星型だった。あの星は希望や夢、そして子供の頃の憧れを表しているそうだ。デザイナーのステファノ・ピラーティにとっては、憧れの的だったサンローランの象徴でもあるのだという。<br />
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　ジャンバティスタ・ヴァリの今回の新作のデザインモチーフはとても多彩で、昔の名モデルのベリューシカ、ゴシック建築などにある森の植物柄の紋様、モダンアートなど。それらがうまく解け合って、独特なハーモニーが奏でられた。服のディテールもびっくりするほど凝っていて、コサージュも花びらの一つひとつが石を布で包んだものだった。<br />
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　この日のハイダー・アッカーマンのコレクションも、ここ数シーズンでは最もいい出来栄えだった。サテンのパーカ付のジャケットと共布のミニドレスの組み合わせは独創的だし、マント型のロングドレスもよかった。素材も上質で揺れるような軽やかな服なのに、どこかハードで暗い強さがあった。<br />
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　ズッカの茶とカーキを使ったナチュラルでスポーティーな服にも雰囲気があって楽しかった。このコレクションにはトライバルなしぶとさもあるが、ビートルズの曲が流れる中でどこかノスタルジックな「楽しさ」に包まれていた。最後に流れた「ラブ」が効果的だった。今シーズンはいろんなショーでビートルズがよく登場する。</description>
<pubDate>Sat, 06 Oct 2007 09:10:01 +0900</pubDate> 
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<title>パリコレ4日目</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45703</link>
<description>　パリ・コレ４日目となると、特にミラノから続いて来ている人たちは疲れがたまってくる。腰を痛めたり、下痢、悪性の風邪だったり、と症状は色々。睡眠と栄養不足が疲れに追い打ちをかけるのだ。<br />
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　今日のスタートはヴァレンティノから。このブランドの創始者による最後のコレクションなので、やはり感慨深かった。ショーでは特に記念めいた仕掛けはなかったが、最後に現れたヴァレンティノの表情がとてもよかった。引退を事実上決めていた前シーズンは涙を浮かべていたが、今回は何かがふっ切れたような晴れやかな笑顔。こういうさりげなさの方が、人の心を打つものだ。<br />
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　改めて見ると、ヴァレンティノの服は素材、デザインのバランス、シックな色使い、とどれを取ってもエレガントで完成度が高い。当たり前だと思っていたものの偉大さというのは、無くなった時にしか分からないということなのだろう。<br />
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　今シーズンの特徴の一つは、色彩とプリント柄が久しぶりに復活したこと。ドリス・ヴァン・ノッテンはいつもよりずっと派手な色柄で、クリスチャン・ラクロワはむしろいつもより少し抑えた色調で表現した。そして、どちらもどこかアフリカを連想させる野性的でナチュラルなタッチだった。<br />
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　それぞれニュアンスの差はあるが、「アフリカ」も今シーズンのキーワードの一つになった。そういえば、東京コレクションでネ・ネットが人類の起源としてのアフリカンテーストを出していたのを思い出した。東京も捨てたものではない。</description>
<pubDate>Fri, 05 Oct 2007 09:05:46 +0900</pubDate> 
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<title>パリコレ3日目</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45641</link>
<description>　パリ・コレ３日目はコムデギャルソンの３ブランドやイッセイミヤケ、ツモリチサトのショーで、日本デーといった感じ。日本のデザイナーや、またその影響を受けたベルギーなどの前衛派が参加しなかったら、パリコレは多分、欧州ローカルのクラシック見本市みたいになってしまったに違いない。とはいえ、では東京ファッションとは何か？という世界に通用するアイデンティティーが相変わらず確立していないことも確か。<br />
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　いつも思うのだが、パリのショーでも観衆が一番真剣な顔をして観ているのは、いまでもイッセイミヤケやコムデギャルソンやヨウジヤマモトなのだ。個々のデザイナーの実力は十分にあるのに、それがまとまってアピールするチャンスがなかったこと、国を含めてだれもそれを応援しなかったことが一番大きな理由だと思うのだが、それはとりあえずさておき。<br />
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　コムデギャルソンの３番目のデザイナーブランドとして注目され始めたタオが、初めて一般会場でのフロアショーを開いた。これまでの作品はまだ遠慮気味で、シンプルでフェミニンな中に凛とした立ち位置を感じさせるに留まっていた。しかし今回は、その「凛」が前面に出てきて、服に強さと多彩さが加わった。<br />
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　布を巻きつけたような造形と砂漠の土のようなベージュ、グレー、淡いが深いブルーなどの色遣いには、どこか野生を思わせる強さがあった。デザイナーの栗原たおは「どこにも属さない、自分だけのトライブ」と表現していた。確かにそんな感じだった。<br />
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　ツモリチサトの夜の海辺を思わせるようなショーの設定と服も雰囲気があった。音楽はドビュッシーの「月の光」。海のブルーのグラデーションや波のようなプリント柄、またシルクジョーゼットの波のように揺れるプリーツの表情もよかった。ただし、ショーのラスト近くに登場した派手な色柄プリントとその使い方はちょっといただけなかった。</description>
<pubDate>Thu, 04 Oct 2007 07:46:49 +0900</pubDate> 
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<title>パリコレ2日目</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45587</link>
<description>　パリ２日目のスタートは、日本人の新人デュオ、コミューン（ＣＯＭＭＵＵＮ）。ドレスが中心のコレクションだが、新進とはいえ無駄と淀みのない見ごたえのある服だった。素材選びのセンスも良くて、シンプルなデザインを引き立てていた。シルクジョーゼットのすっきりしたドレスやオーガンディの重ね、ドレープの切り替え方も、さりげないが巧みだ。余計な色を使わなかったことも、このシックで軽やかな服の印象を高めていた。今年のＡＮＤＡＭの賞を受けたのもうなずけることで、今後も期待がもてそうだ。<br />
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　ビッグブランドのトップをきったクリスチャン・ディオールは、ひたすらシックなクラシックスタイル。たいていの破天荒な天才画家が精確なデッサン力をもっているようにに、ジョン・ガリアーノには優雅さへのセンスと高いテーラード技術がある。今回はそちらだけを見せただけで、見る方は残念だがこういう時の方が服は売れるらしい。<br />
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　この日のハイライトは、アンダーカバーとマルジェラだった。アンダーカバーのパンクの持ち味を効かせたリゾートウエアは、肩の力の抜けた凄みがあった。この服の中には、リゾートを求める気分とエレガントな服を作る技量の習熟という二つの「成熟」、そしていつまでも反抗精神をわすれない「若々しさ」が同時に含まれている。<br />
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　リゾートへの思いは、目まぐるしく変化して忙し過ぎるファッション業界、そこに呑み込まれていることへの苛立ちも背景にあるようだ。コムデギャルソンのショー会場で、デザイナーの高橋盾は「いつも寝不足で、苦しんでいて、このままでいいのか。もっとゆとりを持って、もの作りをしなくちゃいけないと思う」と話していた。<br />
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　成熟と反抗精神といえば、この日のヴィヴィアン・ウエストウッドのショーも感慨深かった。パンクといえばヴィヴィアンは高橋よりかなり上の世代の元祖だが、さすがに若々しさよりは成熟がずっと勝っていた。肩に力の入った若々しさの素振りが痛々しかったが、今回のショーではそれが素直に見えてちょっと感動した。服も悪くなかった。<br />
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　もう一つ良かったのは、ケイタマルヤマの展示会。軽いスイングジャズの演奏に乗せたミニショーでは、和風のモチーフでひたすら作り込んだ服が、彼らしくてとてもキュートに見えた。彼には反抗精神などなくていいのだ。</description>
<pubDate>Wed, 03 Oct 2007 08:45:28 +0900</pubDate> 
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<title>パリ・コレ開幕</title>
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<link>http://www.actiblog.com/uemablog/45551</link>
<description>　雨で寒かったミラノと比べて、パリは暖かくて気持ちがいい。29日は新人のプログラムなのでパスして書類やチケット整理、カメラの打ち合わせなどで過ごし、30日のミナ・ペルホネンのショーからスタート。いつもの通り、朝から晩まで食事抜きでパリを駆け回る一週間となる。<br />
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　パリの特徴は、その多彩さだ。コレクションの中身もそうだが、観客もビジネス関係やプレスのほかに、学生やお針子もいるし、どうしてこんな風体の人が入れたのかと思う労働者風の人や、大富豪だというのだがいつもカウボーイハットを被ったファッションとは関係無さそうなアメリカ人など、さまざまだ。<br />
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　ミラノが一種の産業見本市だとすれば、パリ・コレは学校の文化祭みたいな雰囲気がある。ビジネスをまるで無視したような実験的な服やショーの見せ方が多くあるのもパリの特徴の一つ。時々、世界中から大人たちが集まってよくこんなことをやっているな、と思うこともある。<br />
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　ミナのショーも、そういう意味では実にパリ的だ。生地の素材の段階からこれほどクリエーションを注ぎ込んだブランドはほかにはない。それが生み出した温もり感は、トレンドとしてのナチュラルとは別次元のものだ。今回は「自然そのものでもなく、工業製品でもない」とうたっていたが、その服にはそうした意図が十分に感じ取れる説得力があった。<br />
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　アントワープ出身のブルーノ・ピータースの考え抜かれたカッティングによるシャープな造形も、時代意識は感じないものの独自のデザイン意図があってパリらしかった。ショーの会場をサッカーの試合にしてしまったブレスも、ミラノやニューヨーク、また東京でさえもないような破天荒な見せ方だった。このショーでは本物のサッカーボールを使っていたので、玉が飛んでくるたびに真剣に緊張してしまった。<br />
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　ベルンハルト・ウィルヘルムの展示会形式で見せた新作もおもしろかった。モデルが彫像のように木の荷物箱の中にいるのだが、星条旗をまとったモデルだけが手を縛られて、ほとんど幽閉されているようなのがおかしかった。<br />
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　こんな訳で、パリの初日はトレンドどころではない多種多様さがまず目立った。</description>
<pubDate>Tue, 02 Oct 2007 17:00:31 +0900</pubDate> 
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