●学生による書評⑦「定常型社会」(広井良典著)
経済不況などから来る不安・閉塞感から抜け出せない私たちは、「スローライフ」や「エコライフ」といった言葉に憧れを抱く。持続可能な福祉社会とは何か、「成長」に変わる新たな価値とは何か。広井良典の『定常型社会』からその答えを導きだす。
筆者は本書で「定常型社会」というコンセプトを提示している。このコンセプトを支える一つの概念として、筆者は「個人・共同体・自然と『時間』」という「3つの時間観」を挙げている。筆者はこの「3つの時間観」について筆者は以下のように述べる。
…私たちの生きる世界は「A個人・B共同体・C自然」という三層構造を持った世界として理解することができる。…(中略)Aに対応する「市場/経済」の領域が、BやCの次元から次々と離陸してきたのがこれまでの歩みであった。
現代はAの時間である。だが、地域そのほかにおいて介護・福祉や自然保護などの活動に関して、個人が自発的に参加し、ネットワークをつくり、互いに支えあったり喜びを共有しあったりするような、さまざまなボランタリーな活動によって人々が感じるのはBもしくはCの時間であり、これを「根源的な時間の発見」と筆者は名づけている。しかし、私は「根源的な時間の発見」という言葉に居所の悪さを感じてならない。もしかしたら筆者が考えているよりも、人は性悪説的な存在なのではないか。というのも、そもそも現代人は「根源的な時間」を知っている存在だと思えるからだ。
改めて考えるまでもなく、たいていの現代人はAの時間の住人である。このAの時間は、市場経済のフィールドであり競争と変化の連続が織りなす空間といえる。こうした空間で仕事に追われる人々は、時に消耗したり疲弊したりする。アイデンティティを喪失してしまうこともあるだろう。典型例としてうつ病などが挙げられる。うつ病は言い過ぎにしても、Aの時間で暮らしすぎてしまうと、どこか健全な精神のバランスを失ったように感じるはずだ。
では、健全な精神のバランスを失ったと感じる人々は、バランスを取り戻すために何をするだろうか。おそらく、人はこうした場面に出くわしてはじめてAの時間からBやCの時間に出ていくのではないだろうか。週末のハイキングや釣りといったものを求めて。「癒し」とか「スローライフ」が流行るのはこうした状況を反映したものではないだろうか。BやCの時間軸・すなわち根源的な時間軸に赴けば、心のバランスを取り戻すことができ、「また明日から元気に働ける」ことを現代人は期待している。だから私は「現代人は根源的な時間の存在を知っている」と考えるのだ。したがって、このような観点に立つと筆者の「根源的な時間の発見」とは以下のように書き換えられる。仮面をかぶったAの時間の住人による、Aの時間を生きていくための、「時間の消費」もしくは「演劇」だと。だからボランティアやスローライフ、エコマネーや地域通貨といったものが期待されつつも普及しないのではないかと私は考える。
それでも、人はBやCの時間との接触を求めるという点では変わりない。違いはAの時間に軸足を置くかどうか、である。たしかに、現在はAの時間に閉じこもって成功することを社会的な善とする向きもあるだろう。しかしながら本来の人間の姿とは、そのほかの時間もバランスよく享受できる生き方ではないだろうか。定常型社会を実現するためには現代人の時間観に関する現象面での働きに期待するのではなく、時間観をA軸から開放してやることが肝心だと思う。ここから環境や福祉といった面での政策イノベーションを起こす、突破口に「時間観の転換」になり得るのではないだろうか。
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登録日:2010年 03月 27日 00:16:53
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- プロフィール
- 上山信一
- (男)
- 慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。国交省政策評価会(座長)、大阪府と大阪市の特別顧問、新潟市都市政策研究所長、日本公共政策学会理事、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。府立豊中高、京大法、米プリンストン大学修士。著作等 ツイッター@ShinichiUeyama
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