●クラシック音楽のビジネスモデル(その1)

 クラシック音楽は一見ビジネスから縁遠いイメージがある。“高尚”“教養主義”というイメージが若い世代を遠ざけているともいわれる。だが実態を見ると意外に底堅いビジネスである。

 クラシック音楽の市場規模は約334億円。音楽市場全体(1518億円)の約2割を占める(2006年)。他のジャンルの文化の市場、例えばジャズ(31億円)、歌舞伎(71億円)と比較してかなり大きい。クラシック音楽市場は主にCD、コンサート、趣味・教育市場の3つから構成される。注目すべきは前者2つの成長ぶりだ。

 CD市場は近年は減少傾向だったが2004年以降大きく伸びてきた。2004年には約60万枚だったのが2006年には約140万枚に増えた。コンサート市場も調子がよく2003年以降、毎年の動員数が増えている。

 音楽家の収入はどうか。全体の平均年収は約300万円でけっして高くはない。だがポピュラー音楽(240万円)、現代演劇(193万円)よりかなり高い。中でも大手の交響楽団の団員の年収は400~500万円から1000万円程度と高い(『エンタテイメント白書2007』(ぴあ総研))。また「プロの指揮者や演奏家はアマチュア向けの指導の機会がたくさんあってそこからの収入がかなりある」(大手交響楽団団員)。

このように日本経済全体が収縮する中でクラシック音楽市場は堅調で収益性もまずまずだがその背景には、強力なビジネスモデルがある。

● リテラシー開拓の仕組み
クラシックと他の音楽の最大の違いは何か。小中学校の音楽の授業での扱いである。日本人は小学生の頃からクラシックに触れ、いいもの、権威あるものだと刷り込まれる。小さい頃から国家がリテラシーを開拓してくれる。明治以来の文化教育の賜物である。

音楽教育の歴史は大きく3つの時代でとらえるとわかりやすい。

第1期は明治政府による音楽教育の普及期だ。欧米列強に追いつくべしと政府は学校で西洋音楽を教え始めた。やがてヤマハがオルガンの国産化に成功し音楽教育が全国に普及した。

第2期は戦後である。ヤマハが父兄向けに音楽教室を展開してピアノを普及させた。実はヤマハは戦前からピアノを製造していた。だがとても高価で一般向けではなかった。しかし1955年のショパン国際ピアノコンクールで日本人、田中希代子氏が入賞(10位)して世間の注目を浴びる。1959年に「ヤマハ音楽教室」が開始されると親たちは、こぞって子供にピアノを習わせ始めた。クラシック音楽は教養の証し、ピアノは裕福な家庭の象徴という気風が広まっていった。

第3期はテレビとの連携の時代だ。これは60年代以降のテレビ普及期から現在にかけてである。まずテレビにオーケストラが登場した。新交響楽団(1926年結成)が1951年にNHKの全面支援のもとNHK交響楽団と改称する。それを契機にクラシック音楽をテレビで聞く機会が増える。またクラシックが普通の番組やCMで使われるようになる。音楽家がテレビ番組で取り上げられる機会も増えた。小澤征爾氏などの活躍ぶりがニュースのドキュメンタリーのコンテンツになったり、最近ではテレビドラマ「のだめカンタービレ」が話題になる。

ここで注目したいのはクラシック音楽がテレビとうまく共存してきた事実である。テレビはあらゆる芸術にとって一般向けの認知性を高める道具としてパワフルだ。だがテレビに依存しすぎると芸術は陳腐化し、結局人々にも飽きられる。クラシックはテレビとのバランスをうまくとってきた。テレビにはN響をはじめとする一流の演奏を提供する一方で、コンサートでの生演奏こそ本物、一流の演奏家はタレント稼業に走らないといった規律を守ってきた。おかげでクラシック音楽は認知度を高めながら高級感も維持してきた。
(つづく)

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登録日:2010年 07月 27日 00:04:25

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プロフィール
上山信一
(男)
慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。国交省政策評価会(座長)、大阪府と大阪市の特別顧問、新潟市都市政策研究所長、日本公共政策学会理事、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。府立豊中高、京大法、米プリンストン大学修士。著作等 ツイッター@ShinichiUeyama
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