2009年 08月

●若者の起業

以下は教え子、20歳の学生とのメール討議です。なかなか面白い論点だとおもうので紹介。
●上山先生に質問です。経営戦略の授業で先生は「成功する起業家の多くはキャリアプランなんか考えないで若くしてすぐ起業する。大企業やマッキンゼーに入ってから起業しようとか会社員の経験積んでからとか考えてるやつはだめ。大学中退してでもいいから20代で起業しろ」とこのまえおっしゃいました。
 これに対して別の人は「まずは大企業に入ることが必要。まずは大企業にて学ぶほうが成功率が上がる」といわれています。 どう考えたらいいのでしょう。
●僕の答え
 いい質問です。来年の授業ではそこまでちゃんとカバーしますね。
 さて、正解はないのです。人によって正解は違ってくる。あえて一般化すると起業後に会社を10人からそれ以上に大きくするとき、100人からそれ以上にするときには特に大企業での経験が役にたちます。 
 でも起業そのものは若いうちに試行錯誤を何度かやったほうがいいです。というのは起業は成功確率2割以下。1回の挑戦に5年はかかる。20歳ではじめて起業しても成功しない場合が多い。だから50歳までに5回くらいしか起業できない。50歳までに起業に成功したいなら20歳から始める。するとなんとかなるという計算です。
 あと大事なのは好きなことがあるかどうかです。人は好きなことならものすごくがんばります。レストランでもハイテクでも不動産業でも何でもいいからやりたいことがあるならさっさと起業しましょう。細かいノウハウなんかはあとで大企業出身者を雇えばよい。
 しかし、特にやりたい事業がないならまずは大企業にはいってからでもいいとおもいます。大企業というのはすごいところで特にやりたいこと、好きなことがない人がいってもなんとかがんばれる、そして人を育ててくれる仕組みがあるのです。
 そういう意味であれはあれですごい。大企業が世の中を支えてくれている面もあり人格も磨いてくれます。でも起業という野生の本能がある人は若いうちにまずはそれを使ってみるといい。使わないと野生の本能は退化するからです。言い方は悪いがこれに比べるとあまり長く大企業にいると賢い飼い犬みたいになっちゃう。それはそれで充実した生き方ですが野生の狼ならばそのまま起業したほうがいいのです。でも狼は野垂れ死にもします。狼のまま50歳になると問題です。だから起業して成功しても大企業の人に学ぶ姿勢は大事です。要はケースバイケースです。
 ちなみに家業を継ぐなら違います。大企業に入って仕組みを学ぶといいでしょう。
 いずれにしても若いということは選択肢が多いということ。大いに悩んでください。

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登録日:2009年 08月 28日 13:03:23

●「どうなる地方分権」BSフジプライムニュース8月4日分より

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以下はBSフジ・プライムニュース8月4日の放送『どうなる地方分権② 道州制が地方を救う?増田元総務相&橋下知事参謀が語る地方主権』 の要旨である。
【ゲスト】
増田寛也 野村総合研究所顧問 ・上山信一 慶應義塾大学教授 大阪府特別顧問
【ブレーンキャスター】 河合雅司 産経新聞社論説委員長 【編集長】 若松誠 解説委員長

昨今の地方分権

 増田氏は、今の地方分権論について次のように語った。
「今までの選挙でもありましたが、選挙にスポーツ選手などの人気者を候補者にあげてきましたが、それと同じじゃないですかね?今、橋下知事や東国原知事などの人気者にすがっていると思いますね。だから地方分権の声は広がっていますが、中身は大した事ないという印象ですね」
さらに地方分権は手段と言い。さらにこう続けた。
「地方分権になれば、皆バラ色になるわけではありません。夕張市みたいに、どん底まで落ちる可能性もあるんです。だからここは、注意する必要があります」


国の規制と地方の実情

 増田氏は、「(国は)金を出すから口も出すという文化が一つなんですね。二つ目は、保育所は戦後、未亡人となった方が、戦後の混乱期にお子さんを働きながら育てるというのが大変ということで始まった制度。だから当時は必要だった。しかし徐々に待機児童が増えてきた。待機児童を減らすか、育児環境を取るかの判断は(今は)自治体に任せるべきです。しかし国が地方に対する“信用の欠如”が根本なんです」と、保育所の制度の始まりと現状について説明した。そして、こう続けた。
「地方自治体は、待機児童を無くすために一生懸命がんばっています。今更、お子さんを劣悪な環境に押し込めようと思う知事や市長はいないと思います。もし、おかしな基準に合わせることがあったら選挙で落とせばいいだけですからね」


全国統一基準は、役所は避けられない?

 反町キャスターは、元運輸省出身の上山教授に役所の体質を質問した。
「何か事故があった場合、“国の責任は?”とマスコミに叩かれるのを避けるために厳しい基準を作れと言われます。あと既得権益がありまして、難しい基準を作ると“基準に合った工事をするのが上手い”業者が出来てしまって、その人たちの仕事をキープするために基準を維持するというのもありますね。  最後に組織防衛ですね。予算と法律が霞ヶ関の命ですから、この2つが出来る人は出世しますね。役人がいなくならない限り、こういう問題は消えないと思いますよ」


上山信一が見る道州制

 「今までの道州制の議論は、行政サービスの効率化という点だったと思うんです。つまり“節約のため”の道州制ですね。あと市町村合併のような感じで都道府県を合併させて行政の効率化を図るという議論だったんです。しかしこれは役所の考える道州制で、私が思うにもっと地ベタに根ざした道州制を考えなくてはならない。つまり観光や商業がどう変わるのか? 海外からの投資、人口の変動など(経済的側面から)道州制を考えるべきですね。私は道州制は“儲かる”と思うんです」とし、EUを例に挙げて説明した。
「EU統合は通貨まで一緒にしてしまったことで加盟各国は、都道府県のような感じになった。そしてEUが世界でも存在感を示すようになった。これと同じことを日本も考える時期だと思います」


関西がEUに似ている?

 上山教授は関西がEUに似ているとし表を使って説明した。
ヨーロッパ主要国の位置づけ特徴と関西地方の都道府県に当てはめた。
・経済の中心:ドイツ=大阪
・文化の中心:フランス=京都
・イベリア半島:スペイン=和歌山(紀伊半島)
・長靴の形:イタリア=三重(バチカン=伊勢市)
・海がない:スイス=奈良県
・モダンな港:イギリス=兵庫(神戸)
・フランスの隣で文化も似ている:ベルギー=滋賀
・男女平等で豊か:スカンジラビア=福井(県民満足度1位)
ここで州都の問題を挙げた。
「問題は経済の中心・大阪と文化の中心・京都の仲が悪いので州都は滋賀県大津市(ブリュッセル)としたほうが良いですね」と、独自の考えを語った。

道州制の経済効果

 反町キャスターは、上山教授の『儲かる』という発言から経済効果ついて質問した。
上山教授は表を出して、説明した。
・関西空港は赤字だが、伊丹空港は黒字だから収益を足せば自立できる
・関西の主要の港を統合すれば、一体経営が出来て効率がいい
・琵琶湖から流れる淀川を綺麗にできる
などの例を挙げ、今までの国の“縦割り行政”から“横割り行政”への切り替えを提言した。

地方議員の道州制への意識

 増田氏は地方議員の道州制への意識について「地方分権・道州制の話は行政権だけではない。司法は国が一本化すべきですが、立法と行政は地方におく。現状ですが、知事や市長が国と戦っているという話は聞きますが地方議員が戦っているという話は聞いたことないですよね? だから立法をキチンと地方に置いて、国会の機能を地方議会がやるという考えがまだまだないですね。だから地方分権・道州制を成功させるには地方議員や党の県連などが意識を高めることが今は重要だと思いますね」と語った。
この発言に反町キャスターは、現状の県議会議員が州議会議員になることで職を失い、これに反発するのではと、質問した。
「市町村合併でも同じことは起きています。むしろ県議会議員が州議会議員になるのではなく国会議員が州議会議員になったほうが良いと思いますね。しかし、国会議員が州議会議員になることを“格下げ”と思っているみたいでこの考えも改める必要があると思いますね」と驚きの考えを示した。


道州制への有権者の意識

増田氏は次に有権者の意識について語った。
「今までは、国会議員を通じの政治参加しかなかった。しかし地方分権になると市や県単位での政治参加が可能になるので、住民も物事をしっかり考えるようになる。これが現実的にならなえれば、意識は変わらないと思いますね」

上山信一が見る「国と地方の協議機関設置の法制化」

 上山教授は『国と地方の協議機関設置の法制化』について次のように語る。
 「これは車で言えば“両輪になった”というところでしょうか。今までは、自民党や地方分権推進委員会、霞ヶ関などは東京で国の関係者が議論しているんです。地方の関係者は、横から口を出すくらいしか出来なかった。三位一体のときのように若干の交渉が出来るけども、最後は国の案が通ってしまう。これは、拒否権を通じて“意思表示”みたいなものですね」
 これに対して八木キャスターは、拒否権があれば形骸化しないかと質問した。
「交渉力は非常に必要ですね。両方に拒否権があるわけですから、お互い拒否したら話は進みませんよね」


増田寛也が見る「国と地方の協議機関設置の法制化」

 「まず国から注文が来るのは“地方の代表は誰だ”ということでしょうね。地方の中でも意見が違うのですね。まとまるときは“金くれ”っていうときだけです。それ以外には地方と大都市(東京)で対立がある。また、県と市町村も常に対立している。国は『地方の意見を集約して持って来い』っていうでしょうね。だから地方は、本気でまとめる組織を作らないといけないですね」
八木キャスターは実際に出来そうかと、質問した。
「難しいでしょうね。やはり知事会や市町村会など立場によって隔たりがあるので一本化するのは難しい。しかし、やらないとどうにもならないですね」


各党のマニフェスト(地方分権)

 増田氏は、各党のマニフェスト(地方分権だけ)を見て次のように語った。
「行政権についてだけ話すと・・・やり方が歪(いびつ)だと地方にお金や権限だけ行ってしまって、行った先の県庁が“ミニ霞ヶ関”になったら危険だと思うんです。だから地方議員・自治体などの実力をつけるような項目があったら良かったんじゃないかと思いますね。まぁ~。国会議員は地方議員をそこまで信用してませんし、国会議員が権限を手放すとも思えません」


増田寛也 野村総合研究所顧問の提言 : 『地方自治から地方政治へ』

 「地方分権の最初の入り口として地方自治を最初にやる。そして、これから必要なのは地方で政治を回すこと!みんなが『地方政治をしっかり作っていく』ということを意識することが大事ですね」


上山信一 慶應義塾大学教授 大阪府特別顧問の提言 : 『権限と責任の分権⇒本物の民主主義への突破口』

 「今までの分権は、国からなんとなくお金がくる話“お金の分権”だった。これからは、権限と責任を分権する。これは本物の民主主義になるということなんです。戦後64年間、日本は“おまかせ民主主義”だった。なぜなら経済はずっと右肩上がりだったから。『お金は後からついてくる』だから『赤字国債も怖くない』。しかし地方分権になると地方の違いがはっきりできる。だから本物の民主主義が根付くチャンスと思いますね」

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登録日:2009年 08月 24日 00:57:49

●自民と民主(AERA記事コメント)

以下は「会社の「倒産シグナル」」というアエラの記事。 2009年8月10日 AERA
私もコメントしています。
ーーー
社長は未来を語らず、会長は古い体質のままで、部下からはクーデター騒ぎ。
最近の自民党を見ていると、倒産寸前の企業のよう。「他山の石」にするしかない。
 身動きが取れない。手際が悪くて、配布されるはずの資料がなかなか手に届かない。記者たちのブーイングが飛び交う。
 自民党のマニフェストは、その中身だけでなく、発表の舞台設定も穴だらけだった。
・雪印と船場吉兆
 会場選定が明らかにミス。集まった記者の数に対して会場となった党本部の会議室は狭く、缶詰め状態。
 時間配分もミス。発表する麻生首相は、冒頭30分間延々と原稿を読み上げ、残りたったの15分ほどしか質疑応答に充てられなかった。しかも、
「平河クラブ(自民党担当の記者クラブ)の記者から質問を受けたいと思います」
 と、司会者が前置きして、かなり閉鎖的。顔なじみの記者からの質問にも、麻生首相は不機嫌な様子で、ちぐはぐな回答をするだけで、実質的な回答は、園田博之政調会長代理が補足。頼りない党首を覆い隠すためか、と勘ぐりたくもなった。
「会見は言葉だけを伝えるのではない。会場セッティングや資料の作り方、発表者の声のトーンや表情など、様々な情報を発している。最低限の段取りも整えられないなら、その組織は崩壊の危機だとさらすようなもの」
 と、広報やPRの専門家で、メディアブリッジコンサルティング社長の吉池理さんは話す。
 特に、今回の自民党のように、トップがすべてを把握しておらず、周囲が慌ててカバーする様子は、トップに情報が集まらないという、組織の弱体化や硬直化を如実に表してしまうという。
 そう言えば、不祥事を起こし、後に業績悪化や倒産に至る企業の会見にも同様の光景がある。
 社長が答えに窮し、同席した役員から発言を修正され、揚げ句、「私は寝ていないんだ」と筋違いの言い訳をしてしまった雪印乳業。謝罪会見で答えに詰まる取締役の長男の横で、「頭が真っ白になって(と言え)」とささやいた女将が一躍有名になった船場吉兆……。
 どうして、自民党は「倒産企業」さながらの醜態を露呈するようになってしまったのか?


・監督と選手が不在

 今回の総選挙で、関西の与野党候補者の支援をする選挙プランナー、松田馨さんは言う。
「前回2005年の郵政選挙で自民党に吹いた風に味をしめたことが災いした。政治の中身を変えないでも、トップや候補者の『顔』さえ変えれば何とかなると勘違いしている。パッケージを変えただけでは消費者から古い商品のままと見抜かれてしまうのに。長期ビジョンを打ち出していないので、その時々のトップの気分や組織の力学で、目先の利益を追うようになってしまったようだ」
 自民党を「古い考えの高齢社員がのさばり、内部改革できない倒産寸前企業」に例えるのは、『「不利益分配」社会──個人と政治の新しい関係』の著者、高瀬淳一名古屋外国語大教授。
「安倍、福田、麻生と登板した投手(党首)がことごとく打ち込まれたのに、交代を判断する監督も、交代要員もいないチーム。外から補強するしかないが、まともな人材確保もできない。変種の小泉チルドレンも見殺しにしてしまった」
 古い組織はやることも古い。
 自民党を企業に例えれば、斜陽企業が高度成長を忘れられず、借金をしまくって設備投資をし、自ら首を絞めているようなものと、高瀬教授は指摘する。
「日本の経済成長が終わって、超少子高齢化社会の中で、巨額債務を抱える政府は、利益誘導ではなく、国民への不利益の配分が仕事なのに、ばらまき路線から決別できていない」


・三つの典型シグナル

 政党も企業も、組織が崩壊する時は同じ道をたどる。『社長!こんな会社が倒産します』の共著者、落合孝裕税理士に、倒産寸前状態を見極めるための20項目のチェックリストを作ってもらった。自民党に当てはめると、過半数にチェックが付くようだ。「相当危ない(政権交代へ)」のレベルである。
「自民党は、巨額の借金をつくり、不況で業績が不振。おまけに3代続けてトップにリーダーシップがない。債務超過のボロボロの会社に近い。バブル崩壊後20年、再建の機会はあったのに逃がしたので、国の経営者として失格。経営者交代という判断を、債権者である有権者から下されても文句は言えません」
 経営コンサルタントで、『社員が惚れる会社のつくり方』の著者、舞田竜宣さんは、崩壊する組織のわかりやすいシグナルを三つ挙げる。1リーダーの言葉が曖昧2小集団でバラバラのミーティングが多い3後継者を育てようとしていない。
 1は、リーダーが語る言葉の語尾に表れるという。「~したい」と明確に言う代わりに、「~を検討中」などが多用される場合は崩壊度が高い。
「曖昧なリーダーは、志がなく、ただポストを求めて権力闘争の末に、就任した場合が多い。周囲にもポストを狙う、すり寄り型の部下が集まってしまう」
 2の指摘は、「麻生降ろし」で少人数ごとに身勝手に行動した自民党そのものだ。有効に機能する組織では、末端にまでトップの意思が伝わり、小集団が鎖のようにつながるという。
 3の後継者育成は、トップがある程度長期的にポストに座る必要があると指摘する。ゼネラル・エレクトリック社を立て直した「伝説の経営者」ジャック・ウェルチは、最高経営責任者に20年間就き、後半10年は後継者育成に力を入れた。もちろん企業と政党は別だが、自民のトップがころころ変わったのは論外。近視眼的結果に惑わされない組織体制の必要性を強調する。
 前出の広報コンサル、吉池さんが重視する点はこうだ。
「大河ドラマが高視聴率を上げる今の時代は、真面目に人の心に訴えるリーダーが好まれる。いい商品やサービスだけでなく、トップと部下がお互いに支え合っている組織だと支持が高い」
 だから最近は、社長ブログで日常を吐露することがはやる。その組織自体を身近に感じてファンになってもらうことが、企業戦略として有効だからだ。逆に、今回の自民党のように、足を引っ張り合うお家事情が露呈するのは最悪という。


・民主「経営企画室だけ」

 今の自民党は、リーダーの資質の問題を超えている、と指摘するのは、元運輸官僚で、「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」の発起人の一人、上山信一慶應大教授。
「自民党というシステムが時代に合わなくなったのに、他の政党の力がないという外的要因で生き延びてきた。本来は倒産している企業が経営を続けているようなもので、だれがリーダーでも同じ。今回の総選挙は、そのシステムを根本的に破壊して再生する機会に、やっとなるのではないか」
 民主党は、自民党に代わって、「日本株式会社」の経営者となるのか。だが上山さん曰く、「本社は腐っていても地方支社はしっかりした老舗企業」の自民に対し、民主は「経営企画室だけは充実しているが、末端組織はお粗末なベンチャー企業」。
 政権交代が進んだとしても、世界に通用する「日本株式会社」を作るには、再び政界再編をする必要があるのかもしれない。
編集部 木村恵子、山下 努

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登録日:2009年 08月 23日 15:37:56

●「自治体改革の突破口」(日経BP社)

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最近出したわたしの著書です。
過去のメルマガ(日経BPのガバメントITテクノロジー)やここのブログ、講演などで発表したお話を読者の視点から再編集。未発表のものも掲載。文明論、経済・地域再生から行政評価まで幅広く収録しています。ぜひご一読ください。
以下、引用です。
ーーー
「改革の覚悟を決めた首長がいて、徹底した情報公開を決意する。すると、現行の制度のもとでも、かなりの成果が上がる。」

上からの「総量規制」、丸ごとの「合併」は一定の成果を出した。だが、そろそろ行き詰りつつある。今後は、改革手法のバージョンアップ、つまり本格的な経営改革の手法が必要になる。カギとなる概念は、「選択と集中」である。

公共サービスの受け手はそもそも「顧客」なのかという根本的な疑問もある。彼らは、受益者、利用者であると同時に、「納税者」「有権者」である。支払いの対価としてのサービスを一方的に求めるだけの存在ではない。

官からNPOに事業、資金、人材が移っていく。これが実は昨今の行革の閉塞状況を打破する突破口となりえる。

社内の事業の無駄を削り、余計な資産を売ったら次の再建策は何か。
企業の場合は、他社との合従連衡 ―― 事業提携やM&Aだ。

成熟化を前提とした「豊かな衰退」カギとなるのは、「文化」と「地域力」の掘り起こしだ。
自分たちが愛する地元をなんとかしたいという思いで動く。活性化は小さなエリアで考える。

欧米では文化施設の再生を地域再生の要とする考え方がある。ミュージアムの価値は、単体の採算性では評価できない。周辺の集客、経済効果や地元に対する文化的な刺激を基準に評価し、投資すべきだ。

ソーシャルキャピタル形成の近道は、実はみんなで遊ぶことだ。人々が創造的表現によって、自らの声を上げていくことは、民主的な社会をつくることにも貢献する。

「壊す改革」から「創る改革」へ 改革には「壊す」ことと同時に「創る」ことが必要だ。
創るべきは、第一に新しい「公共」の担い手だ。第二には、改革への住民、あるいは受益者の参加である。

NPMとは、平たくいうと、民間企業の経営原理を行政のマネジメントに埋め込むことである。NPM改革は、制度改革ではない。その本質は経営改革である。経営改革とは組織とヒトの動きをダイナミックに変えていくことをいう。この中核に位置するシステムが行政評価だ。

マニフェストと行政評価は補完関係、マニフェストはピッチャー、行政評価はキャッチャーの関係にある。

行政改革――成功の10原則
① 的確な時代認識をする
② “行政解体”の行方をみつめる
③ 従来の“行革”の常識を捨てる
④ 現場主導の改革をする
⑤ 個人を改革の担い手ととらえる
⑥ 考えすぎず、まず動いてみる
⑦ インセンティブを用意する
⑧ 楽しくなければならない
⑨ 情報公開と外圧を改革の追い風にする
⑩ 一気呵成に立ち上げる


世界には、今や3つの時間が流れる。
① 21世紀のグローバリゼーション
② 20世紀の国家主義
③ 伝統的な地域主導の噴出
3つの時間の交錯を巧みに読み解きながら、外交、貿易、投資の戦略を考えなければならない。


20世紀には「資本主義」と「社会主義」が世界を支配した。
だが、21世紀には「博愛主義」が必要なのだ。「博愛」は「自由」「平等」とセットでフランス革命、近代社会の基本理念として語られる。
すなわち、人が人らしく生きる上で重要なのは、表現の自由、精神の自由だ。同様に人間同士は平等でなければならない。だが、究極の自由は平等と矛盾するので、どこかで相互の節制、自己規制が必要。それが博愛主義である。個人の自由のために他人の自由を犠牲にしない。同様に平等のために誰かの自由を犠牲にしないという哲学である。

「自由」は資本主義を、「平等」は社会主義を、そして「博愛」は社会放任主義を生む。必要なのは、自律と節制だ。
お互いを人間同士と尊重し、信じ合う、これが博愛主義である。
だが、どうやってこれを実現するのか。答えは単純ではない。
希望の片鱗はある。例えば、社会企業家を目指す若者が増えている。
ビジネスを通じて社会貢献をしたいという彼らの行動哲学はまさに博愛主義である。

実は、若者たちこそが、21世紀の博愛主義の伝道者なのかもしれない。

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登録日:2009年 08月 19日 08:22:58

●人は思い込みが9割

人は見た目が9割という本があったが、どうやら思い込みが9割。以下のお話し、とても面白い。著名バイオリニスト、ジョシュア・ベルがワシントンの路上で流しの演奏の実験をした。前日にカーネギーホールを満員にしていたほどの人だ。ところが路上では誰も演奏のすばらしさに気がつかない。本物の音を見分ける耳、いや心の余裕を誰も持たない。現代人はいかに本物を見過ごし、偽者を崇拝しているかを象徴する出来事だ・・。This essay is something devastatingly witty, wry and profound ! やさしい英語なのでぜひ、お読みください。

Washington, DC Metro Station on a cold January morning in 2007. The man with a violin played six Bach pieces for about 45 minutes. During that time approximately two thousand people went through the station, most of them on their way to work. After 3 minutes a middle aged man noticed there was a musician playing. He slowed his pace and stopped for a few seconds and then hurried to meet his schedule.

4 minutes later:
The violinist received his first dollar: a woman threw the money in the hat and, without stopping, continued to walk.


6 minutes:
A young man leaned against the wall to listen to him, then looked at his watch and started to walk again.
10 minutes:
A 3-year old boy stopped but his mother tugged him along hurriedly. The kid stopped to look at the violinist again, but the mother pushed hard and the child continued to walk, turning his head all the time. This action was repeated by several other children.. Every parent, without exception, forced their children to move on quickly.

45 minutes:
The musician played continuously. Only 6 people stopped and listened for a short while. About 20 gave money but continued to walk at their normal pace. The man collected a total of $32.

1 hour:

He finished playing and silence took over. No one noticed. No one applauded, nor was there any recognition.


No one knew this, but the violinist was Joshua Bell, one of the greatest musicians in the world. He played one of the most intricate pieces ever written, with a violin worth $3.5 million dollars. Two days before, Joshua Bell sold out a theater in Boston where the seats averaged $100.

This is a true story. Joshua Bell playing incognito in the metro station was organized by the Washington Post as part of a social experiment about perception, taste and people's priorities. The questions raised: in a commonplace environment at an inappropriate hour, do we perceive beauty? Do we stop to appreciate it? Do we recognize talent in an unexpected context?

One possible conclusion reached from this experiment could be this: If we do not have a moment to stop and listen to one of the best musicians in the world, playing some of the finest music ever written, with one of the most beautiful instruments ever made..... How many other things are we missing?

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登録日:2009年 08月 18日 00:32:52

●資本主義について(その2)

前回は、「現在の経済の大混乱は資本主義の限界というよりも米国政府が資本主義
と民主主義の運用に失敗しただけだ」という考え方を紹介した。そして資本主義は元
来したたかに進化・変容する制度であり、今後は中国における成長と環境の両立が進
化の鍵を握ると述べた。だが、現代社会を支えるOS(オペレーティング・システム)
は資本主義だけではない。資本主義は民主主義、国家主義、官僚主義と共生しつつ育
ってきた。今回はこの4つのOSとの関係で資本主義の未来を考える。

■現代社会を支える4つのOS

資本主義は14世紀に誕生し、産業革命以後に発達した。マックス・ウェーバーは資
本主義の起源をプロテスタンティズムに求める。プロテスタントは資本主義の中で利
潤を求めて勤勉に働くことを現世における精進だとする。資本主義に沿った金儲けを
倫理や勤勉、宗教意識と関連付けた。

資本主義は宗教のみに由来するわけではない。現代社会を動かす他の3つのOS、つ
まり民主主義、国家主義、官僚主義と支えあって育った。

まず国家主義だが、これは資本主義が育てた。中世西欧社会は豪族、教会、王の権
力が交錯する多層的無秩序社会だった。それが17世紀に専制君主の国家主義のもとで
統合された。資本主義が都市の商人を育て彼らと王が結託して豪族と教会の権益を奪
取したのだ。

国家主義は官僚主義を育てた。大きくなった国家を統治する実務の必要に加え、合
理的かつ公平無私な行政を行ない、君主の正統性を示す必要があった。20世紀に入る
と官僚主義は軍隊を巨大化させ、また20世紀後半には大企業の組織経営を生み出し
た。この流れの延長で資本主義は国家主義と結合して海外に進出する。それが帝国主
義である。

民主主義との関係はどうか。資本主義の拡大再生産は民衆に富を分配し、意識を覚
醒させた。民主主義は資本主義に育てられたといってもよい。だが民主主義は国家の
意思決定を鈍重にさせる。そこで近代化で後れをとった国々は帝国主義戦争に生き残
るために民主主義を放棄し、共産主義と全体主義に走った(戦前の日独伊、戦後のソ
連)。

一方、これに対抗しつつ米・英・仏では民主主義と資本主義が次の段階へ進化し
た。普通選挙(大衆民主主義)と福祉国家路線(修正資本主義)である。やがてそれ
は独禁法や市場規制で政府が市場を制御し、また政府が市場の失敗を補正し公共財を
提供する段階に至る。要するに現代の資本主義は民主主義、国家主義、官僚主義とが
っちり有機結合している。そしてこれら4つが社会を制御する基本OSとなっている。

■「環境」と「中国」をめぐる4大OSの進化

今後この4つのOSはどう変化するのか。前回も触れたが中国という巨大実験場でさらに次々と進化するだろう。資本主義は常に拡大再生産のためのフロンティアを必要とする。そして地球上の最大のフロンティアは中国だからである。

中国には強力な国家主義と官僚主義がある。だが民主主義と資本主義は発展途上
だ。また資本主義は環境問題という大きな課題に直面している。となると中国の国家
主義と官僚主義にとっての最大の課題は「弱い民主主義のもとで環境問題と資本主義
の両立をどう達成するか」というテーマになる。

■日本の役割

かくして中国を舞台に4つのOSは進化を迫られる。そこにおける日本の役割とは何
か。環境技術や資金の提供だけではない。意外にも欧米に比べ“未成熟”といわれて
きた日本の政治社会モデルが役に立つ可能性がある。

戦後の日本は形の上では民主主義社会だが実質は自民党と官僚を両輪とする中央統
制型の国家運営を行ってきた。周りに2つの中国と朝鮮を抱え、かつソ連と米国が対
峙していた。その狭間で欧米型の本格的な民主主義は育たなかった。むしろ国家主義
と官僚主義のもとで“日本型”の民主主義と資本主義を運用してきた。この「修正制
御技術」がこれからの中国における実験の参考になるのではないか。

中国でも、しだいに資本主義と民主主義が発達するだろう。その道筋を描く上で戦
後日本の官僚と自民党による政治史が参考になる。“実質社会主義“と揶揄(やゆ)
されるわが国の歴史が“実質資本主義”といわれる中国の参考になるのだ。日中友好
には長らく歴史問題が立ちはだかってきた。だが、戦後日本の歴史を中国に伝えるこ
とでお互いの理解も進むのではないか。(了)

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登録日:2009年 08月 12日 00:51:46

●関西EU説(再掲)

 道州制を最も切実に必要する地域は東京でも北海道でもない。関西である。関西は豊かな資産・文化・人材を抱えながら急速に衰退しつつある。筆者は大阪出身だ。地域の自立意識の強い土地柄で幼い頃から「僕らは大阪人。百歩譲って関西人。一番最後に日本人」と刷り込まれた。成人後は東京・ワシントンなどで暮らし世界88カ国を旅した。その体験に基づき、筆者は最近「関西EU説」を唱える。
 関西道の議論は国の道州制論(あれは中央の統治機構を分権化する発想でしかない)に従って考えるべきではない。関西(地域)が国の議論に合わせるのではない。関西(地域)の都合にあわせて国に道州制を認めさせるのである。
 具体的には、(1)関西の各地域は今後は単独ではもちろん個々に国に依存していてはやってはいけないという事実から出発し(現実直視)、(2)これまでの国に対して各県が個々に陳情するという卑屈な姿勢を捨て域内で相互連携し(地域に根ざし“人民解放戦線”の構築!)、(3)その上で国に対して権限委譲を迫る(地域独立運動!)べきである。要は道州制は地域側からの独立運動として組織化する。
 これまで関西はまとまりがなかった。特に大阪・京都・神戸はそれぞれ独自の文化を誇り、自己主張が強い。各政令市と各府県も仲が悪い。要はばらばらだ。多様性を活かした上で連携して観光集客や大学・企業誘致をすればいいのにお互い張り合う。だが今こそ関西はEU統合に見習うべきだ。
 考えてみれば関西はEUに似ている。経済の中心大阪はドイツにあたる。文化の町京都はフランス。あか抜けた海洋都市、神戸はイギリス。和歌山はイベリア半島(スペイン)。三重はイタリアで伊勢はバチカンだ。商才に長けた滋賀(近江)はベルギー、海のない奈良はスイスだ。そして勤勉で女性の社会参加が進む福井はスカンジナビアだ。こうしてみると関西は実にEUに似ている。
 EU統合のきっかけはいうまでもなく仏独のトップ主導による歴史的融和だ。そして東西ドイツの統一。最近の大阪では東西ドイツの融和に近い現象が起きている。ソ連並みの強固な体制を誇った大阪市の労使そして議会首長の蜜月関係が崩壊した。大阪市では情報公開(グラスノスチ)や大改革(ペレストロイカ)、そして事業の各種民営化が進む。それに伴い大阪府と大阪市の連携も進みだした(冷戦終焉)。
 次の課題は大阪・京都の「二府融和」だ。これはEU形成における独仏の融和に相当する。双方の知事と財界トップの指導力次第で実現可能なはずだ。州都選定は対立の火種だがこれは早い段階で大阪・京都・神戸の3都以外に置くと決めればよい。例えば大津あたりでどうか(EU本部もパリに近いブリュッセルだ)。

 こうして大阪・京都連合を基軸に関西の府県・政令市の権限を一手に吸い上げた道州政府のイメージを作ればよい。中心課題は企業誘致、観光・集客戦略(創造都市戦略)、大学・研究機関の再編、環境政策(琵琶湖・淀川・大阪湾の統一的管理)、交通政策(鉄道・高速道路網の整備)、そして防災対策・代替首都機能あたりだろう。

・地域の必要性から積み上げた議論が必須
 
 EU統合までの道のりは長かった。大昔はローマ帝国で一体だった。その記憶もあって欧州連邦の議論は17世紀頃からあった。20世紀初頭にかなり議論されたがナチス台頭で中座。戦後は英国のリーダーたちが「ばらばらのままでは欧州は衰退する」と問題提起する。当時のフランス外相ロベール・シューマンとコンサルタント、ジャン・モネの尽力でやがて1957年に6カ国間で石炭・鉄鋼の連携を決めたローマ条約が締結。それが拡大発展し、今日のEUにつながった。
 今日の日本の道州制論を見ていて危ういのは、各地域において現場の実態の分析に根ざした地域間連携への具体提案や住民運動が少ないことだ。あっても地域経営の発想の薄い「道政府のあり方」論や行政機能の再編論が多い。
 道州制は地域の人々の悩みや希望に根ざしたものであるべきだ。九州、関西などそれぞれ地域ごとに道州政府の中身も権限も形も違ってよい。それが一国多制度であり、道州制の本質である。東京で、中央で「道州制」の標準を決めるという発想ほど道州制を馬鹿にしたものはない。
 「中央官僚」「中央のマスコミ」「中央財界人」「東京人」に道州制を語る資格はない。地域から湧き上がる将来への不安や東京一極集中への不満、それを熟知する地域リーダーがまず地域の中で自分たちの道州制の議論をする。そして地域ごとに「道州の日本国からの一部独立案」を練り上げる。それから「中央」の権力を奪取すべくけんか腰で交渉に臨むべきだ。その際には薩長連合のような道を越えた連携の動きもあるはずだ。
 道州制とは実は平成の「討幕運動」である。総務省主催の“ナントカ審議会”で議論できる代物ではない。総理直轄で地方の有志を集めて喧々諤々の議論をする。それで決別したら関西が、そして九州が世界に向けて独立宣言をする…。それくらい切羽詰まって、そして深く考え抜くべきテーマなのだ。

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登録日:2009年 08月 05日 01:26:48

プロフィール
上山信一
(男)
慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。国交省政策評価会(座長)、大阪府と大阪市の特別顧問、新潟市都市政策研究所長、日本公共政策学会理事、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。府立豊中高、京大法、米プリンストン大学修士。著作等 ツイッター@ShinichiUeyama
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