2010年 02月

ウォーラシュタイン著『入門・世界システム分析』学生書評シリーズ②

 第2回は、我々が前提とする認識の枠組みをその根本から問い直し、その誕生、分析ツール、今後の可能性を総体として記す『入門・世界システム分析』を取り上げる。著者ウォーラー・ステインは、世界を単一のシステムとする巨視的な観点で捉え、巧みに描く。
 そもそも世界システム分析とは、既存の分析単位である国民国家でなく「史的システム」(=ミニシステム、世界=経済、世界=帝国)を分析単位とし、「多数の政治的・文化的単位を横断する時間的/空間的広がり」を対象とする点が特徴だ。また、近代世界システムは資本的主義的な世界=経済とされ、それは中核的生産過程と周辺的生産過程との間に横たわる垂直的分業を特徴とする。これはつまり「中核」が「周辺」に対し優位性を持ち不等価交換を引き起こすことを意味する。著者は「世界=経済」と、無限の貯蓄を目的とし優先的に行動する者意外は排除される構造を持つ資本主義の関係は相伴うものとした。

 この中核/周辺関係・国家,半周辺国家という概念、その間の垂直的分業の形態への指摘は社会システム分析の真随である。それらが関係的な概念である本意が、地理的なものよりもむしろ生産過程におけるものへの強調が非常に印象的だ。この概念にこそ、世界が抱える国家間の不平等が是正をし得ないトリックが仕込まれていると気づかされる。世界は資本主義を謳い、自由貿易、自由市場という「自由」を掲げていながら、その背後には「自由」を盾、あるいは「隠れ蓑」とし、中核国家から周辺国家への搾取の構造が完成しているからだ。無限の貯蓄を目的とした行動が「自由」、ひいては「自己責任」というワードによって正当化され暴走を始めている。しかし、哀しいかな、無限の貯蓄を目的としない主体も自動的に資本主義システムに組込まれていく本構造こそ、現代の社会基盤として機能せんとしている点も現実ではないか。どうにもしがたい資本主義のジレンマが存する。

 更には、国家を国家間システムという枠組みの中に存在するものとしながら、近代世界システムにおいて発案された主権国家の主権の自律性についても議論した。そもそも資本主義的世界=経済の中で、主権とは国内的のみならず対外的な権威の主張である点を指す。そこで、強力な国家から弱体な国家への対外的権威の振りかざしや強国と弱国間の圧力・搾取と庇護の「交換」システム。その発露が主権のない植民地だ。資本主義的世界=経済は、主権国家や植民地を分業体制に組み込んでいく過程がわかる。また、社会システム(世界=経済)が世界=帝国に変容せずして覇権を実現した要因として、資本主義の特徴である無限の資本蓄積を抑圧する政治的組織が経済=帝国にはあったことを指摘し、しかしながら、覇権という強い力の行使が結果的に力の分散につながり自己解体する覇権の全貌を明らかにした。
 
 最後には、ジオカルチュアの創造過程をイデオロギー、反システム的運動、社会科学の領域をもって遡った。社会システムの転換点・フランス革命以後、そして1848年の世界革命を経て、保守主義、自由主義、急進主義の内容的発展の中で、近代世界システムのジオカルチュアは定義づけられた。更に、世界革命(社会運動)やそれに派生した民族運動、両者によって始まった政治的動態を左右する半システム的運動は不満のエネルギーを集約し、ジオカルチュアの構築に逆説的に寄与した点がポイントだ。しかし、世界革命以後、世界システムを機能させる仕組みを司ってきたジオカルチュアは、奇しくも時代の変容と共に解体されつつある。
 これこそ、我々が生きる近代世界システムが直面する危機、つまりシステムの分岐の発露であり、2つの選択肢-民主的で平等主義的なシステムか、ヒエラルキーなシステムかを我々に問う。分岐の過程はカオス的であり、我々はその移行期に生きる。その始まりは1968年の世界革命。長期的な構造的趨勢が漸近線に近づき、困難克服の限界が近い。

 著者は資本主義的世界=経済の抱えるジレンマを説く。従来ならば従属的な経済構造を駆使し、中核に集中させた資本的余剰をシステム維持に還元することで世界は操作できていた。が、人類は世界のあらゆる資源の有限性に気づき、システムも機能不全に陥ったのである。安い労働力を有す「周辺」への再配置ではない、新たな循環を世界システムに引き起こす仕組み作りは急務だろう。
 その際、著者は世界革命に立ち返る必要性を説く。注目すべきは、それがアメリカの覇権的権力の拒絶であるとする解釈である。更に、自由主義のジオカルチュアの解体は、カオス増大、つまり新自由主義の登場とグローバリゼーションという主題を生む。この結果としての世界=経済の金融化やテロリズム、更に世界の暴力の蔓延、抑止力の低下をも指摘する。
 
 ここで立ち返りたいのが「覇権の交代」によって世界システムは循環し変動を続けるという著者の立場だ。更に、現在展開されている闘争は「文明」の衝突とさえいえると著者は言う。以前手に取ったアメリカ合衆国の政治学者サミュエル・P・ハンティントンが謳う「文明の衝突の21世紀の日本」との共通項をも見出し得はしないか。本書でいうカオスが多文明化、多極化の末の現象の一つの形と読み変えることができるならば、このカオスの中での自己解体的な覇権の行方はどうなるだろうか。拒絶されたアメリカに変わる覇権の主体は、カオスが渦巻く世界システムならではの、もはや一つの国家主導ではなく異なった分類・形態による「覇権」となる可能性は否めないと私は考える。それがある「文明」なのか否かは分からない。が、いつの時代も変化に直面しながらも新たな覇権の形が存在し、世界システムは機能してきた点から、新たな覇権の在り方が問われている。そしてそもそも、文明という概念を闘争の要素と見なす視座こそ、社会システムという概念の真随(=世界自体がシステムではなく、一つの世界であるようなシステム)をなすと考える。
 
 そして、著者はグローバリゼーションとテロリズム世界システムの特徴として挙げる。これらを現代日本の資本主義に引きつけて考えてみるとどうだろう。日本の資本主義は非常に明確な形で自壊している最中だ。この現象は、国家間システムの枠組み内、まさに世界システム内では来たるべくして来たものであり、日本も例外なく背負うある種の宿命とさえ思える。では、その宿命を完全に打破するのは困難としても、どう再定義していくのか。著者は非常に選択肢を示しつつも、解決策について提示していない。その点で非常に曖昧性は残るものの、是正されない社会的不均等のメカニズムについて諸概念を用いて解明し、中でも、従属理論の展開は目を見張るものであった。非常に示唆に富む入門書であると言えよう。

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登録日:2010年 02月 21日 17:03:59

●名車:阪急6300系

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以下は朝日
阪急6300系は個人的には京都への遠距離通学に使っていた思い出深い車両である。十三をでたら次はもう西院というノンストップ特急の最終列車を愛用していたのは78-79年ごろ。当時の新型がもう引退という話を聞くと感慨深いものがる。
ーーー
阪急電鉄は12日、京都線(梅田―河原町)の特急専用車両6300系が2月末で引退すると発表した。鉄道友の会のブルーリボン賞も受賞した名車だが、老朽化などで新型車両に全面的に置き換えられる。24日から28日までは引退を記念したヘッドマークを先頭車両につけて京都線で最後の運行をする。

 1975年から運行を開始。特急料金なしでゆったりした対面座席を持つ特急車両(2ドア)で多くの通勤・通学者に親しまれた。当時としては画期的な車両だったが、老朽化に加え特急停車駅の増加にともない2003年度から3ドアの新型車両「9300系」への置き換えが始まり、2月末に完了する。21日から引退記念運行が始まる。

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登録日:2010年 02月 14日 17:29:21

●民主党は伊丹を普天間にするのか?

以下は朝日
 報道によれば国交省の成長戦略会議が「伊丹フル活用、国際線復活。地元は騒音我慢しろ&騒音対策予算も削減」を打ち出したそうだ。絶句。というか素人集団のあまりのレベルの低い議論に驚くばかりだ。ばかげた素人談義は税金の無駄。即刻解散、いや仕分けの対象にするべきである。
 伊丹は住宅密集地にある。必死の騒音対策や飛行制限をしてきた歴史がある。僕もあの騒音の下で育ってきた。大阪の子供たちが眠る上を「これからは24時間四六時中飛行機を飛ばせ」とほざく成長戦略会議っていったい誰のため?何がしたいのだろうか?
 航空会社の経営支援のため?それ以外、どうみても思いつかない。橋下知事だけでない、さすがに地元も激怒である。
 これほど地元を無視した案は無い。というか税金を使ったたちの悪い悪ふざけとしかいいようがない。
 羽田ハブ発言を機に夜間制限を取り払おうとした成田・千葉に味をしめた航空会社の陰謀かもしれない。大阪府民よ、知事とともに立ち上がれ。伊丹は絶対に廃港に持ち込もう。
 国営空港の横暴は許さない。まるでこれは伊丹の普天間化である。航空会社救済のために大阪の子供たちを犠牲にしていいのか。危険でうるさい伊丹・・いったい民主党のどこが「コンクリートから人へ」なのだろう?
ーーー
橋下知事激怒「命をかけて大反対」 伊丹民営化活用案に2010年2月8日

 関西3空港問題に関する国土交通省成長戦略会議の5日の論点整理で、大阪(伊丹)空港を民間に売却してフル活用する案が示されたことについて、大阪府の橋下徹知事は8日、「民営化して関西空港と競わせるなら命をかけても大反対」と激しく批判した。 橋下知事は将来的に伊丹廃港としながらも、廃港までは伊丹を活用して関空の経営を支える構想を掲げる。一方、成長戦略会議は伊丹を民営化して都市近接の空港としてフル活用する案を示した。 橋下知事は「騒音闘争の再燃だ。それなら関空をつくらず、伊丹を24時間空港にすればよかった」と指摘した。

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登録日:2010年 02月 09日 01:04:45

●橋下改革2年を振り返る

以下は読売
こう見る 橋下府政2年<上>
 6日に任期の折り返しを迎える橋下知事。2年間の府政運営をどう見るか。有識者や政治家らに聞いた。

◇「府庁の外」再生に力 <上山信一さん 慶応大教授、府特別顧問>
上山信一さん ――2年間の府政運営は。
 知事は本質的な課題のとらえ方が早い。府には金がなく、普通に行政改革をやってもダメなことにすぐ気が付いた。だから府庁の中より府庁の外の再生が必要と、国内総生産(GDP)を増やすことや、教育水準を上げることを考えた。学力テスト開示や伊丹(大阪)空港廃止に取り組むのは、そういう背景がある。

 ――府と大阪市の連携は簡単ではない。一方で、知事は府市再編を打ち出した。

 府市連携は、昔からずっと言われ続けてきた課題。知事も難しいことは十分わかっていたと思う。水道や府立・市立大の統合などは、100のうち10とか5とか少し動いたが、逆に限界も見えた。市が乗ってこないことがわかったから、次のステップ(府市再編)に行くしかないことが、はっきりしたのではないか。

 ――改善すべき点は。

 伊丹廃港などは、もう少し説明する必要がある。府民は、大阪経済が活性化しないと、暮らしの水準が下がることがよくわからないし、空港が経済発展の道具というイメージもない。空港が物流基地や産業基盤であることや、関空を育てる必要性などをもっと府民に説明しなければならない。

 ――支持率は高い。

 ただ、支持の半分ぐらいは「知事が言うから、まあいいか」という感じだろう。しかし、「知事が言うから」と、何でも対応していると、権力は必ず腐敗する。健全な監視の目が必要だ。

◇「出る杭」の姿勢応援 <原口一博総務相 民主党衆院議員、佐賀1区> 

 ――政府の地域主権戦略会議のメンバーにも選んだが、橋下知事の評価は。



原口一博総務相 変革は政府だけではできず、地域主権の先頭に立つパートナーが必要だ。橋下知事は、因習にとらわれない広い視野を持っている。例えば国直轄事業負担金の問題も、指摘すれば大阪府の予算が減らされるかもしれないのに、あえて廃止を訴えた。有言実行の強いリーダーだ。

 ――知事の発信力は。

 非常に強い。それは自分を安全地帯に置いて、批判だけをする人ではないから。むしろ大事なことだと思えば、自分から率先して危険地帯の中に飛び込んでいく。そういうところが共感を呼ぶのだろう。

 ――支持率も高い。

 視野が広くダイナミック。内向きで、お互いに足を引っ張り合うような政治に飽き飽きしている人もスカッとするのだと思う。「出る杭(くい)は打たれる」と言うが、あそこまで出ると「行くところまで行って下さい」という気持ちになる。

 ――知事は、府と大阪市の解体・再編構想を打ち出した。

 僕が出しゃばることではない。だが、大阪は、最も潜在能力が高く、成長が見込める有力な場所。大阪の良さは、自分の地域、文化に対する強烈な誇りとこだわりだ。地域に対する愛情のないところに発展する芽はない。大阪の事を東京(霞が関)に決めさせてはいけない。

(2010年2月4日 読売新聞)

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登録日:2010年 02月 04日 12:32:54

プロフィール
上山信一
(男)
慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。国交省政策評価会(座長)、大阪府と大阪市の特別顧問、新潟市都市政策研究所長、日本公共政策学会理事、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。府立豊中高、京大法、米プリンストン大学修士。著作等 ツイッター@ShinichiUeyama
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