●ミュージアム評価とは(その①)

評価とは受けるものではなく、自ら行うもの
ミュージアムにとって評価とは何か。「たかが評価、されど評価」とでもいうべき存在だ。ミュージアムは利潤追求、拡大再生産の施設ではない。入場者数や収支だけで良し悪しは評価できない。その価値は収蔵品(作品、コンテンツ)と企画力で決まる。また美や感動は数字だけで割り切れない。だから“たかが評価”である。だがミュージアムのスポンサー(財政当局など)は数値による評価結果を重視する。彼らは自分の感性や評判に左右されず客観的な評価指標を通じて資金提供先の実態を把握する。実績値が低ければ価値も低いと見る。だから“されど評価”だ。評価は無視できない。
1.評価なくして支援なし
 考えてみればミュージアムはお客に不親切かつビジネスとしても非効率な業態だ。リアルな現物を見せるのでお客が現地に出向く必要がある。法外な料金を取るわけでもない。お客の数も単価も限られビジネスとしての発展性に乏しい。ミュージアムの対極にあるのがテレビである。テレビはお客の代わりに現地に行って映像情報を宅配する。バーチャルな情報だが多くの人に提供できる。こちらは高収益産業である。ともあれミュージアムの経営は入場料だけでは成り立たない。補助金や寄付金が必要だ。だが今度は病院、学校、老人ホームなど公共サービスとの資金獲得競争になる。議会では「なぜ老人福祉やSARS対策よりも博物館の改築が大事か?」「なぜ学校改築よりも美術館の建設が先か?」といった疑問が出る。政治も絡み“業界”を超えた競争に晒される。こうなると実績数値を示すしかない。ミュージアム評価で「入館者数」が偏重される理由がここにある。「入館者数」は選挙の得票数に通じるからだ。財政当局は前年比の収支改善度合いも要求する。先進国では官民、分野を問わず毎年、生産性が上がっている。ミュージアムにも当然、それが求められる。来館者満足度も大事だ。高ければ赤字を選挙民が容認していると抗弁できる。ミュージアムを評価する指標はほかにもたくさんある。こうした指標はミュージアムの外に対して存在価値と仕事ぶりを納得してもらうために使うと割り切る。数値の向上を主眼に経営すると歪みが生じる。だから「たかが、されど」と達観する必要がある。

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登録日:2007年 04月 22日 21:24:28

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プロフィール
上山信一
(男)
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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