●関西サミット、なぜ負けた?

 昨年9月、私は大阪にサミットを誘致するのは「あほちゃうか」とこのブログで警告した。9・11直後にワシントンDCで暮らした。その体験からするとわが故郷・大阪での開催なんて120%ありえない。外務省の知人も「大阪?冗談?」と笑っていた。テロの危険を考えると京都も大都会だから現実味を感じなかった。
 だが「オール関西が一丸で京都に誘致」というなら失敗しても誘致活動自体の意義は大きかった。「京都一本勝負」を関西道構築に向けた京阪神の宥和と共同行動の第一歩とする。さらに言えば「関西道サミット」だとブチあげれば(半分、脅迫だが)官邸も説得できた可能性すらある。
 サミットの誘致準備を関西各県で仲良くやる。それを機に関西道のカタチを作っていく議論も始まっただろう。そうすれば関西道が北海道の次の道州制特区として実現できたかもしれない・・・。かえすがえすももったいないことをしたものだ。
 あろうことか何と長男の大阪が次女京都を虐めるという失態だ。そして結局、北海道に取られてしまった。お兄ちゃんにいじめられた妹の怒りは怖い。関西道推進派としてはこういう気分だ・・「京都の人は内にこもりはるし・・。おおこわぁ。いややな・・」(冗談ですが)。
 さて大阪の政財界は関西全体の恨みに対し責任をどうとるのか?知事をバッシングすればいいものではない。大都会に誘致しようという国際感覚の欠如、判断ミス、京都に譲るタイミングの喪失など問題だらけだが知事はそれでも自分のポリシーに沿って動き回った。誘致すると決めた以上は必死でがんばった。知事の見識不足を補えず、またノー天気にも誘致決議だけして後は何もしなかった議会、財界こそ問題だ。大阪人の彼らの責任こそ重い。
以下は読売。
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誘致失敗  幻の関西サミット<上>大阪流「一本化」空回り  首脳会合会場 京都と綱引き 誘致委も有名無実に 

23日夕、府庁の関西サミット誘致課の電話が鳴った。「北海道に正式に決まりました」約2年半にも及んだ誘致活動に終止符を打つ、外務省からの知らせだった。知事への一報のため、公館に走る担当課長の胸に、不思議と悔しさはこみ上げてこなかった。「結局、そうなってしまったか――」
開催地決定を間近に控えた20日、頭を下げる太田房江知事の姿が、外務省にあった。「なにとぞ、大阪でのサミットをよろしく」相手は「関西(支持)派」と言われる麻生外相。知事は「選挙演説みたい」と苦笑しつつ、「京都に決まっても一丸となって全力で支えますので」と結束力をアピールしてみせた。北海道と京都が有力視される中、「京都なら関西サミット実現で、なんとか面目が保てる」(大阪府幹部)。そんな目算があった。だが、安倍首相の考える「美しい国、日本」の舞台は北海道・洞爺湖だった。
1993年、2000年と誘致に失敗。3度目は許されない中、府が新たな仕掛けとして考えたのが、財界や京都、兵庫を巻き込み、「歴史・文化の原点 関西」と銘打って、政府にアピールする方法だった。「関西がまとまれば、より強力に訴えることができる」(府幹部)とは表向きの理屈で、歴史遺産や迎賓館を抱えた京都のブランド力を最大限に利用したい、そんな“下心”があった。05年4月には3府県で誘致委員会を組織。手を携え活動する枠組みを整えた。が、協議は入り口からつまずいた。メーン行事の首脳会合開催地を巡り、京都と綱引きになってしまったからだ。関西として何を「売り」にするのか、どんな手段でPRするのか。毎回1時間程度の会議で、具体的な戦略が議論されることは少なく、A4判20ページのパンフレットが作られたのがほとんど唯一の成果だった。首脳会合をどこに誘致するのかが、最大の懸案のように語られた。昨夏、府は「会合は大阪、歓迎夕食会は京都」という折衷案をひねり出し、京都に「差し向かいでの協議を」と望んだが、きっかけすら見いだせなかった。調停役を期待された誘致委会長の秋山喜久・関西経済連合会会長が「必ずしも一本化しなくてよい」とさじを投げる中、秋以降は「OSAKA CASTLE SUMMIT(大阪城サミット)」と大阪色を前面に打ち出したPR作戦に乗り出した。9月の第4回会合以降、誘致委は二度と開かれることはなかった。落選の報を受けて、記者に取り囲まれた太田知事は言い切った。「警備面が重視された。大阪と京都で一本化できなかったことは関係ない」
が、府議ら関係者の思いは別だ。「大阪と京都が張り合い続けるややこしい地域を、国も開催地として決断できなかっただろう」「知事は常々『関西は一つ』と唱えている。それなら(首脳会合は)京都に譲ればよかったのに」24日には外務省から府に「サミットの関係閣僚会合のうち、財務相会合を大阪で」との打診があった。京都では外相会合、神戸では環境相会合が開かれる方向だ。担当者は「ベストの結果ではなかったが……。一応、成果は得られた」と胸をなでおろした。だが、「一丸」を旗印にするはずだった誘致活動は、肝心なところで足並みが乱れる関西の〈本質〉を露呈してしまった。ある府議はつぶやいた。「大阪のリーダーシップが欠如していることが知れわたってしまった。今後、府が先導して、関西で何かをしようと考えても、到底無理だろう」北海道洞爺湖町に決まった来夏のサミット。「三度目の正直」もかなわなかった(2007年4月25日 読売新聞)

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登録日:2007年 04月 25日 08:51:52

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プロフィール
上山信一
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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