最大規模のリストラを敢行する大阪市役所――最前線からの報告――

 去年の2月、「大阪市役所の改革を手伝ってほしい」と関市長と大平助役(当時)から頼まれた。それから約1年、筆者は毎週1~2日は大阪市役所に通い、改革をプロデュースしてきた。市長・助役と相談しつつ、改革本部を根城に総力戦を展開する。情報公開を巡っての深夜の攻防戦、時には一日数回の記者会見など息をつく間もなかった。だがそれもようやく山を越えつつある。
 本年3月3日、財界人と学者からなる「市政改革推進会議」が発足した。そこでここ一年の改革の成果を整理・報告した。この1年の努力の結果、向こう3年で過剰な人員・予算を削ぎ落とし、他都市並みの財務状況構造になる目処がついた。「横浜市に比べ人口比で2倍」と言われる職員数も5年後にはほぼ同水準になる。市長の辞任、再選挙、再当選を経て労使の癒着も断ち切られた。情報公開条例も抜本強化し、公開の可否は市長自らが判断するという制度に改めた。 
 この程度のことは“改革以前”の“正常化”に過ぎない。だが過去が悪すぎた。「1年でよくここまで来た」と感慨深い。改革プロデューサーとしてはほっと一息である。
●なぜ、改革が必要だったのか?
 去年の今頃、民放某テレビ局の街頭インタビューである市民が「大阪市役所は大阪市から出て行け」と言った。この言葉は当時の市民感情を如実に表す。窓口でぷいと横を向かれたという苦情。誰の目にも明らかなハコモノ過剰投資。5兆円を超えても増大し続ける公債残高。さらに自由な発言すら許さない労組による職場統制と人事支配である。・・・国鉄末期、いやソ連末期にも似た症状が噴出していた。
 改革のきっかけは区役所「カラ残業」の内部告発だった。続いて労使で違法な「ヤミ年金・退職金」制度を作っていたと判明。さらに公費による背広支給など職員向けの過剰な福利厚生の姿が次々と明るみに出た。
 だがマスコミで話題の職員厚遇は氷山の一角でしかない。財政は破綻していた。加えて労使は癒着。情報はことごとく隠蔽するという組織風土体質が問題の温床にあった。議会もチェック機能を果たさせなかった。それどころか今でも政務調査費の使途明細の全面公開を拒んでいる。市民の批判にもかかわらず地下鉄無料パスをいまだに返上しない議員すらいる。
 私は過去20年、数々の巨大企業のリストラを手がけてきた。その経験でいうと規模の大きな組織の改革は難しい。加えて行政機関の場合、経済原則だけでは物事が決まらない。自治体の経営は国の制度や選挙など外部要因にも左右される。大阪市の職員数は4万人を超え普通の市の人口規模を上回る。超巨大組織の経営破たんである。この改革は極めて難しい仕事になると思った。そこで私は改革の成功条件として次の4つを掲げた。
 条件①労組に半ば奪われている経営権を市長・当局側が奪還すること
 条件②情報公開を徹底すること。問題は全て外部に明らかにし、外圧をてこに体     質を変えること
 条件③職員と地元財界だけでは抜本改革はできない。市役所と利害関係を持た     ない人材を広く全国から登用する。また住民参画の場を設ける。
 条件④改革が進めば守旧派議員、さらには大阪府や国(省益)との摩擦が出て     くる。その際には広く全国に問題の本質を訴えること
 関市長も大平助役も本気だった。市長は「命賭け」とまで言明された。かくして大改革が始まった。目標は不正の是正や財政再建にとどまらない。市役所のDNA体質そのものの転換である。
●「市政改革マニフェスト」という手法
 企業であれ行政であれ、改革に当たって一番大事なのはトップの決意である。改革屋を標榜する私のポリシーも「トップが本気で取り組む改革だけを支援する (そうでないものは必ず頓挫する)」というものだった。
 ところが去年の2月の時点で「関市長が本気で改革に挑む」と信じる人は少なかった。もともと助役の出身だ。2年前(2003年11月)に労組と与党の推薦でいわば旧体制維持のために担ぎ出された。組織ぐるみの選挙運動で当選した人だった。職員厚遇問題の発覚後は労使協調路線との訣別を示された。だがその他は「未知数」だった。
 だが市長とじっくり話し、すぐにこの人は「この人は大阪のゴルバチョフになる」と確信した。即座に「改革マニフェスト」をつくるよう提案した。マニフェストは通常、選挙の際に候補者が作る。だが今回は選挙と無関係に市役所が市長の任期中に作るべきだと進言した。
 理由は3つだ。第1に市民からの信頼回復だ。市民に対し緊急に市役所の改革案を示す必要があった。
 第2に、関市長の強い決意を組織内外に示す。それには「いつまでに何をどこまでやるか」を明示するのが一番だった。
 第3には市長選挙への準備だ。全国を揺るがせた前代未聞の不祥事だ。いつ市長辞任、選挙になってもおかしくない。そこで誰が市長になっても直視すべき重要課題をデータと事実とともに「市政改革マニフェスト」に明示する。どの候補者も無視できないはずだ。仮に市長が途中で変わっても本質課題への取り組みが骨抜きにされないよう、問題点を広く文書化・公開しておくという狙いだ。
 かくして昨年4月、全国自治体の中でも極めて異例の「市長在任中のマニフェスト作り」が始まった。そして半年後のり、9月末、ついにその素案(市役所案)が完成・公表された。
●「コンプライアンス」「ガバナンス」「マネジメント」の3つの改革
 「改革マニフェスト」では市役所の体質そのものの改革を目指した。具体的には3分野、38の問題を列挙。さらに87の処方箋を出した。通常のマニフェストに比べはるかに大部かつ詳細なものだった。住民にとってのわかりやすさという点では落第点に近い。だが狙いは今まで隠蔽されていた市役所の実態と問題点を事実とデータをもとに公式文書化することにある。そうすれば今後、市長が変わろうが何が起ころうが改革は後退しない。今から10年前、三重県庁は改革に際し、「事務事業評価」をやり、それを情報公開することで組織文化を変えた。大阪市役所も「改革マニフェスト」に課題を詳細列挙し公開する。情報公開をテコに改革への奔流を一気に作り出そうと考えた。
 ちなみにさて3つの改革とは次のものだ。、
 ①コンプライアンス改革
   不正防止のための内部通報制度、行政オンブズマンの設置、徹底した情報  公開の義務付けなどがその骨子である。
 ②ガバナンス改革
  大阪市役所は他の自治体以上に縦割りの弊害が大きかった。市長やその   補佐機関の権限は限られ、各局があたかも“関東軍”のように個別プロジェクト  にまい進していた。局を超えた人事異動も限られ、まるで霞ヶ関の中央省庁ま  がいの局益追求をする。是正には「市長とその補佐機関へのスタッへの権限集 中の集権化」と同時に「現場第一線への権限委譲」の2つが同時に必要だった。  まずは市長室と改革本部に権限を集中化させ、予算・、人事はもとより資金・  や資産の管理などを集中管理させていく。その上で各局にはの現場発の改善運 動にじっくり取り組んでもらおうと考えた。
③マネジメント改革
   財政は事実上破綻していた。毎年の経常経費をも公債発行で賄うという事態  に陥っていた。ひたすら出費を削り、人員を整理し、遊休資産を活用する。キー  ワードとして「身の丈改革」を打ち出した。
   大阪市の予算規模は一般会計が約1兆7千億円である。このうち地方税でま  かなえるのは約3割分でしかない。おまけにこの8年間、税収が減り続けてい   た。一方で経常支出は増え続ける。今回の改革ではこれに急ブレーキを     かけ、5年間で経常支出を2割削減する目処をつけた。
   手法は様々だ。まず教員などの例外を除き新規採用を5年間凍結すると決   めた。さらに学校給食の民営化などを決めた。また全国ではじめて環境事業   (ごみ収集)、文化施設の独立行政法人化などを決めた(但し総務省、厚生労  働省、文部科学省など中央省庁は関連法令の改正に消極的。官邸のリーダー  シップと全国世論の後押しをお願いしたい)。
   市の予算には、このほか地下鉄、上下水道などの特別会計が約2兆7千億   円ある。これらは長期的に収支均衡する建前で投資されてきた。だが一般会   計からの補給で赤字を補うものも多い。これらについてもプロの経営コンサルタ  ントによる分析を経て投資抑制と効率改善を決めた。中央卸売市場などの業務  の外部委託や地下鉄民営化なども決めた。

●市長の辞任と再選挙、そして再選
 約6ヶ月の作業を経て改革マニフェスト案が公表された矢先の昨年10月、突然市長が辞職した。再立候補し市民の信を問うという。市民は驚いた。春の段階で不祥事の責任をとって辞任というならわかる。だが辞めないと決め、厚遇問題や不正解明に努力されてきた。改革マニフェスト案ができ、市民やマスコミの大多数から支持されていた。労組や守旧派議員の抵抗も目立たなかった。ところが市長は辞任。そして11月に投票、再選された。大平助役も市長と一緒に辞職した。元の弁護士の仕事に戻るという。これにも市民は驚いた。

●疑問となぞ
 関市長がなぜあの時期に辞職・選挙を決断されたか。深層心理はわからない。選挙なしでも政権維持はできた。だが今後の改革の阻害要因が見え隠れしていたのも事実である。選挙でそれを断ち切るという意図は理解できる。現に市長選挙を経て労組との癒着は完全に断ち切られた。市長の意向を無視して局や区役所の経営運営方針を組合と協議する幹部はいなくなった。議会との健全な緊張関係の構築である。
 辞職から3ヵ月後の1月、大平前助役は「自分が辞職した理由は中からの改革だけでは大阪市役所は変わらないと思ったから」とプレスの取材で答えた。「議員による口利きや市政運営への過剰介入は改革の大きな障害」とも証言した。議会も議員も市政改革の対象になっていない。制度上、議会は市役所とは別の機関だからだ。市長も行政組織も改革を促すことすらできない。議員は市民の代表である。市長をチェックするための機関という建前もある。だが議員が権限を悪用し、行政をゆがめる場合、いったい誰がチェックすればよいのか。 
 たまたま市長が優位な位置関係にある場合はよい。あるいは不祥事直後などで外部の監視の目が行き届く時はよい。だが中長期的に見て議会、そして議員のあり方が大阪市の市政改革の阻害要因になる可能性が大きいというのが大平前助役の問題提起である。
 今のところ、議会は改革には賛成である。だが総論賛成を経て各論の見直しとなるとどうか。またコンプライアンス改革やガバナンス改革の貫徹に向けてどういう動きになるか。「今後は議会改革が大阪市役所の改革の成否を決する」という見方はあながち間違っていない気がする。
(注)本稿は筆者の個人としての意見であり大阪市役所の見解ではない。
 〇筆者紹介
上山信一(慶応大学教授、大阪市市政改革本部本部員・改革推進会議委員長、、大阪府特別顧問)
大阪市出身。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪府特別顧問等も兼務。

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登録日:2006年 03月 13日 02:56:38

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プロフィール
上山信一
(男)
http://www.pm-forum.org/ueyama/
慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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