●企業経営と行政経営

今日の企業経営はきわめて複雑かつ高度化している。さまざまな手法と専門用語が次々にあふれ出る。その中でも近年の特徴は経営戦略よりも企業統治や企業倫理にかんする手法が発達してきたことだ。最近話題の「コーポレート・ガバナンス」、「ディスクロージャー」、「IR(インベスター・リレーションズ)」、「コンプライアンス」、「CSR(企業の社会的責任)」といった領域である。こうした企業統治や企業倫理の手法は主に欧米で発達してきた。背景には2つのことがある。
 第一の要因は、欧米社会が日本より早く成熟経済に入り、限られた資源をより効率的に使うしくみが必要になった。マネジメントの質を上げていくために従来は市場の分析、マーケティングといった製品開発や現場の仕事に直轄する手法が求められた。だがそれが一巡するといっそうの差別化のためには人材戦略や資源配分のしくみ、あるいは資金調達の手法などのレベルアップが必要になる。だが資源調達となると人材の場合は雇用者に、また資金の場合は金融機関や投資家に対して会社の状況や将来戦略を説明しなければならない。また調達した人材や資金を有効に活用していること、そして不正や無駄を抑止する監視体制も備わっていることを示さなければならない。ここから、企業統治やディスクロージャー、そして企業倫理における革新が生まれた。
 第二の要因は、企業のオーナーシップが金融機関や機関投資家から一般の個人投資家に広がったことである。典型的な現象が間接金融から直接金融へのシフトだ。かつては主に金融機関から資金を借りていた企業が、いまは自ら社債や株式を発行し一般投資家から資金を集める。さらにその背景には、年金基金の巨大化や401Kなどの年金投資制度の充実がある。企業のオーナーはかつては富裕層や他の企業だった。それがいまはなけなしの資金を投資する一般大衆にまで裾野が広がってきた。そうなると当然、企業の業績や戦略に関する明確でわかりやすい説明が必要になる。また、会社の経営についても経営者に任せっきりにせず、社外取締役を登用するようになる。さらに外からは格付け機関が格付けをする。そして証券アナリストが毎期の業績を評価する、といった二重三重チェックの仕組みができてくる。
 このように企業の経営はオペレーションが高度化、複雑化する一方で、逆に企業統治や情報関係のほうはますます外に開けたわかりやすい存在になってきた。

 さて、政府のほうはどうか。政府は人びとから税金を強制的に徴収して成り立っている。そのため税の使い途は議会の議決を経て民主的に決める。「代表なくして課税なし」「財政民主主義」といった言葉はその原理を体現する。そして議員や大統領、首長は住民が直接参加する選挙で選ばれる。選挙の際にはもちろん政策やビジョンを広く示す。またこのような選挙と税金の制度の上に成り立つ政府の情報は原則すべて公開するという原則が構築されてきた。かくして政府の経営は、その本質に照らしオープンでかつ外に対して開かれたものであるべきなのである。
 ところが現実はどうか。日本でも欧米でも次の2つの理由で政府の情報の公開は不十分だった。
 第1に、政府がやっている仕事はあまりにも広範囲で、かつ複雑多岐にわたっている。小さな村役場でも小中学校、道路、下水の建設から犬の予防注射や老人会の支援まで手がける分野は実に広い。また活動形態の様々だ。直接自ら作業をするもの(窓口業務など)、補助金を出すもの、規制をかけるものから税の滞納の取立て訴訟まで様々だ。かくして政府の仕事は外部の人間にはたいへんわかりにくい。企業の場合、いくら多角化した企業といっても、もとは何か特定の分野の専門から始まっている。しだいに周辺に事業を広げたり海外で展開するくらいだ。広げても川上や川下に展開する程度で、いずれにしても合理的根拠に基づいて事業は広がっている。しかし行政の仕事はまったくそうではない。いわば何でもありで、総花展開の極みともいえる。考えてみれば政府の仕事というものは、民間企業や市場経済ではカバーできないものの誰かがやらなければならないことを拾い集めて成り立っている。手がける分野はきわめて広く、かつ必要とされるノウハウも高度な通信技術から心理学、ファイナンスまで多岐にわたる。かくして政府はあまりにもいろいろなことを手がける。そのために逆に全体として何をやっているか理解されにくい。また説明もたいへん難しい存在なのである。
 第2に、企業経営と違って政府の仕事の場合、何がいいかを評価する物差しがなかった。もちろん選挙は政府のあり方を評価する重要な手段だ。新聞、テレビなどの報道もそうだ。だが、いずれも主としてすでに話題の争点となっている事項について情報が集められ広く一般に知らされる。財源や人材の大部分を使っている地味なふだんの仕事についてとりあげられることは少ない。
 かくして人々の生活に身近なはずの政府の仕事ぶりはあまり人々に知らされず、結果としてどんどん進化する企業のディスクロージャーと大きな差がついてしまったのであす。だがこうした動きに対して20-30年前からメスを入れていこうという考え方がでてきた。いわゆるニュー・パブリック・マネジメント(NPM)の考え方である。もともと欧州そして米国で始まったこの考え方は90年代半ば以降は日本でも急速に取り入れられはじめた。官から民への流れや情報公開、行政評価、マニフェスト運動などは全てこの延長線上にあるといえる。

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登録日:2007年 11月 03日 22:08:41

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プロフィール
上山信一
(男)
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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