● 公務員の専門性への疑問

 内閣人事庁の構想など公務員改革の案がまたでてきた。これからの「公務員」について元公務員のわたしの考え方を紹介したい。
 わが国では一般に公務員は優秀だと見なされてきた。歴史的経緯を見ると、明治政府は全国から選り抜きの人材を、東京大学を筆頭とする一流大学に集めた。エリート教育を施し、卒業後も恵まれた地位を保証して(キャリア官僚制度など)、官庁に配置した。かくして能力も意欲も高い人たちが国家を背負って仕事をする体制ができた。高度成長期までこの仕組みはある程度は有効に機能した。
 だが最近は必ずしもそうではない。優秀な人材の多くが外資系企業やベンチャー、医師や弁護士などを目指す。また官庁に入った後の能力開発の限界も見えてきた。能力開発の限界の原因の一つは、頻繁な人事異動だ。技術職や現場職員は別として、一般事務職の場合、二、三年で様々な職場をまわる。動物園を担当していた人が福祉に移ったかと思うと、二、三年後には教育委員会で小学校の統廃合をやったりする。こうした頻繁な人事異動は、特定の業者や利害関係者との癒着を防ぐには有効だ。ゼネラリストとしての経験を積むためにも優れた制度とされてきた。
 だが、最近はゼネラリストとしての強味よりも専門性の不足からくる弊害の方が大きい。結果として、公務員集団、そして官庁組織は素人集団になりつつある。ところが多様かつ複雑な現代社会の問題はゼネラリストとして培った汎用性のある判断力や問題解決能力だけでは解けなくなっている。
 公務員に専門性が育たないもう一つの大きな理由は、競争環境に置かれないことである。もちろん、省庁内での出世競争はある。だが企業のような組織を挙げての業界他社との競争はない。企業人の場合、専門性を持った職業であればあるほど、個人の能力を切磋琢磨するキャリアパスが用意される。例えば金融にしろ、法律にしろ、専門家の多くは複数の職場を渡り歩く。あるいは複数の職業を経験した後に専門職につく。組織の枠を超えたキャリアパス作りのルートがある。
 ところが公務員の場合、いろいろな部門をまわるとはいっても、所詮、同一組織の中だけだ。出向を通じた他流試合にしても所詮は、身分保証された上でのことである。ともすれば井の中のかわずになってしまい、庁内で積んだ経験程度では企業の競争社会でキャリアを重ねた人たちに太刀打ちできない。
・公務員の専門の虚構
 さらに、よく考えてみれば、「公務員の専門性」という想定自体がフィクションに過ぎない。ある日突然、人事異動で来た人が、たとえば「○○省○○企画課専門官」といった肩書きで仕事を始める。一定の能力を持った人物だし、仕事はマニュアル化されている。だから一応の仕事はできる。だが、はたして本当に質の高い仕事をしているのか疑問がある。今までまったくよその部署にいた人が、突然その分野の専門家として仕事をしているのである。
 マックス・ウェーバー以来の官僚制の考え方では、官僚制において仕事をしているのは官僚組織あるいは官職であって個人ではない、とされる。仕事には個人裁量が介在する余地はない。また、すべての公務員は同一規格の能力を持っていて、担当官によって仕事の品質の違いはないとされてきた。そのことで政府の正統性が担保され、ひいては法の下の平等が実現されるとされてきた。ところが、現実はそうではない。もともと官僚制に内在していた矛盾が近年の業務の高度化、複雑化によって次第に露呈しつつある。
 さらに言えば、公務員を採用するよりどころとされてきた公務員試験の存在基盤も疑わしくなってくる。憲法や財政学といった試験科目については精通しているに越したことはない。だが、それを勉強してきたから市民にとって役に立つ判断がきっちりできるという保証はない。むしろ、学生時代に老人介護のボランティアをした、中古車のセールスをした、といった人たちの方が市民の苦労がよくわかる。また、実務で必要とされる憲法や財政学の知識は、必ずしも大学時代に学ぶ必要がない。就職後に習得しても良いはずだ。一九世紀以来の官僚制度、そして官僚の専門性という前提そのものが、もはや時代遅れになりつつある。

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登録日:2008年 02月 02日 00:40:53

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プロフィール
上山信一
(男)
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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