●オーケストラの公共性⑤

(続き)
すでに先進的な芸術団体は、演奏活動のみならず新たなフィールドで活動をはじめている。それで経営的にも成功している事例を紹介する。
・兵庫芸術文化センター管弦楽団
 兵庫県は芸術文化の発信拠点として、また阪神淡路大震災からの復興のシンボルとして2005年10月に兵庫県立芸術文化センターをオープンさせた。兵庫芸術文化センター管弦楽団はこのホールの専属オーケストラで、メンバーは、主として35歳以下の若手演奏家で構成される。日本以外からも、アジア、ヨーロッパやアメリカから広く募集を行っている。最も特徴的なのは、3年間しか在籍をすることができず、入団から3年後には「卒業」しなければならない点である。つまりこのオーケストラはアカデミーとしての要素も持つ。また設立当初からアウトリーチ活動(文化芸術普及活動)に対して非常に積極的であり、年間20回以上の出前演奏会を実施している。また「スーパーキッズ・オーケストラ」と題して小学1年生から高校3年生までの子供たちを集めて、芸術監督の佐渡裕氏とオーケストラメンバーの指導のもと演奏会を開催する、といった事業も実施している。メンバーの平均年齢は27歳(2006年度)、50人弱のメンバーの約半数が外国人であるという珍しさも手伝って2006年の実績報告書によると29事業46公演で56,459人の入場者数を記録しており、地元西宮をはじめとして広く知られつつある。
・神奈川フィル
「アートを活用した新しい教育活動の構築事業」は2006年4月から神奈川県、神奈川県教育委員会、NPO法人STスポット横浜が三者で主催している事業である。県立高校等でアーティストがのべ60回程度の授業を行う。「アーティストによる事業実施事業」と「教育関係者等への普及事業」が主な柱だが、アートと学校教育の連携をシステム化した点が特徴的である。神奈川フィルはこの事業において打楽器奏者を高校の先生として派遣している。オーケストラのメンバーが団を通じて招かれ、しかも演奏以外の活動を行うことは珍しい。さらにこのような派遣を単発ではなく、年間を通じて長期で実施しているケースは新しいモデルとしてみることができる。
・オーケストラの新しいモデル
これら2つのモデルに共通するのは、いずれも目的が演奏だけにとどまらないことである。前者は「芸術家育成機能」、後者は「学校教育的機能」とも言うべき、従来のオーケストラには無いものを備えている。さらにこのモデルはオーケストラとして新しい機能を備えることによって組織的経営的にもメリットを獲得することに成功している。見方を変えれば、新しい方法で行政からの資金を引き出している事例ともいえる。
 神奈川県の事例のように、教育の現場では教育課程を編成し、指導計画を策定する際に地域の芸術家や文化団体と連携したいというニーズは高い。教育事業への進出などの取り組みは、すでに多くのオーケストラにおいて行われているところである。ただ、そのほとんどオーケストラにとってはヴォランティア的に行われているケースが多く、経営的にとてもプラスになっているとはいえない。しかし学校訪問などは地域社会への貢献になると同時に、未来のオーケストラ人口を増やし、聴衆の裾野を広げる。
・行政の意識改革
 行政側もこのようなオーケストラ側の思惑を上手に汲み取り、従来の発想よりもオーケストラの意義を広くとらえるべきだ。オーケストラには多くの公的資金すなわち税金が投入されている。行政もオーケストラが社会に貢献できる分野はもっと幅広いことに気づく必要がある。
・まとめ
オーケストラは誕生から300年以上が経つ現在でも脈々と受け継がれており、明治期に日本が受け入れたように、世界各国へといまなお広がりを見せ続いている。誕生はヨーロッパで、しかも一部の貴族の娯楽のためのものであったにも関わらず、現代日本においては芸術文化だけでなく教育や福祉、都市再生などより身近な、領域に広がりつつある。
 しかし、芸術文化に関わる人々は概してその素晴らしさだけを訴える。支援する側もされる側も幅の広い意義や価値についての議論をしてこなかった。
 しかし今日では価値観の多様化が進む。様々な局面で説明責任が求められる。特に行政からの支援については、これまで成長の影に隠れていたものが明るみに出た結果、説明を果たすことができずに続かなくなってしまったものも多い。オーケストラと行政の双方は既得権益の維持、あるいは前例踏襲を脱却すべきだ。まずはオーケストラに求められる役割・公共性を客観的に認識する。そのうえで、将来の可能性について考え、自らの役割やミッションを再提起する必要があるのではないだろうか。(おわり)

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登録日:2008年 05月 05日 08:28:28

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プロフィール
上山信一
(男)
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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