●事業分析から道州制へ

この10年で自治体は大きく変わった。不祥事を機に情報公開制度が、財政危機から行政評価が普及し、不正や無駄遣いが減った。だがこれまでの改革は財政部門や国の指導による上からの予算・人員の投入抑制や市町村合併が主だった。企業の経営改革では経営者が「選択と集中」を旗印に事業の存在意義と仕事のやり方を見直す。現場との対話からイノベーションや合従連衡の案も生まれる。これからの自治体は先端企業の改革手法に学ぶ必要がある。
●“上から”“丸ごと”の限界
ひと言でいうとこれまでの自治体の経営改革は「おおざっぱ」なものだった。確かにこの10年で公共事業がピーク時の半分に減るなど、予算・人員の削減、施設廃止などが進んだ。だが改革の原動力は財政危機を背景とした予算と人員の投入の「総量規制」だった。政治の意思に基づく見直しよりも「ない袖は振れない」「退職者の補充はしない」という財政・人事部門の“開き直り”をてこに、全部門に一律の削減を強いる場合が多かった。当初はそれでよい。だが何年も続けると随所に歪みが出る。
国も制度面から自治体に改革を促した。例えば市町村合併や財政健全化法である。一定の効果はあった。過去5年間に市町村の数は3200あまりから1800余に減った。確かに人口数千人規模の自治体運営は非効率だ。だが合併すれば健全かつ持続可能になる保証はない。企業改革の場合、いきなり会社同士を丸ごと合併させる場合は少ない。通常は一部の事業の業務提携や合弁から始める。信頼関係ができてから合併する。合併特例債などで上からインセンティブを与え、全国一律に上から目標を設定する手法は手っ取り早い。だが後で無理が出る。
上からの「総量規制」、丸ごとの「合併」は一定の成果を出した。だが行き詰まりが明らかだ。今後は本格的な経営改革の手法が必要だ。鍵となる概念は「選択と集中」である。企業経営の場合、得意分野に資源を集中させ、弱い分野からは撤退、あるいは外注する。そして全体の経営効率を上げる。自治体の場合も基本は同じだ。得意分野は自ら手がけるがそうでない分野は他の自治体、企業、NPOに任せる。ニーズが限られ、費用対効果が低い事業は廃止し他事業に資源を振り向ける。もちろん自治体の事業は企業とは異なる。非効率や手間だけの理由では廃止できない。しかし自治体は自ら事業を執行する必要はない。例えば複数の市町村で事業運営をする(ゴミ処理、病院など)、県から市町村に委譲する(河川管理など)、民間企業に譲渡する(宿泊施設など)といった工夫がある。住民に対する責任と自ら執行するか否かは分けて考える。これが自治体における「選択と集中」である。
●先行する大阪・関西
「選択と集中」による改革のさきがけとして大阪の例を紹介したい。大阪は経済面での停滞に悩む。税収が落ち込み、府も市も約5兆円の債務を抱え財政破綻に瀕している。大阪府は橋下知事の就任後、年間1100億円規模の大幅な収支改善策を決めた。全ての事務事業が検討の俎上に載せられ、選択と集中の観点から思い切った見直しがされた。その結果、例えば国際児童文学館の府立中央図書館への統合などを打ち出した。
最近では府の枠を超え、大阪市など府下市町村、他府県、国との連携の模索も始まった。例えば水道事業は大阪府と大阪市の事業を統合する協議が進む。大阪府は老朽庁舎の建替えをやめて大阪市が建てて経営破たんしたWTC(ワールド・トレード・センター)に移転させる案を発表した。また大阪府は伊丹空港(国営)の廃止や関西新空港(民営)と神戸空港(市営)を含む3空港の一体運用を提唱する。域内の3空港の経営一体化はロンドンやニューヨークに先例がある。さらに大阪府は上流の滋賀県が淀川水系のダム計画案の代替案を打ち出せば予算面で支援する方針だ。これらはいずれも大阪府のみならず関西全体の再生を考えた選択と集中の提案である。
「水道」「WTC」「空港」はいずれも地域における過剰なインフラである。需要増が見込めないなら転用・廃棄すべきだ。選択と集中は財政再建にも寄与する。「水道」「WTC」では市の過剰設備を府が安く使う。市に現金収入が入り府は出費抑制ができる。空港の場合、伊丹の跡地を売れば一兆円超が国の特別会計に入る。それを充てれば関西空港会社の債務が解消できる。「水道」も「空港」も統合によるスケールメリットが期待できる。高度な技術と設備をもつ公益企業体ができ、域外への事業展開や“外貨獲得”も期待できる。
●生産性分析が必須
自治体が「選択と集中」を考える際には、事務と事業のたな卸しと実力の評価が不可欠だ。具体的には公営バス、病院、観光振興といった事業ユニット別の生産性分析をする。例えば大阪市役所は筆者も参加して05年から08年にかけて主要事業全67個の生産性を分析した。多くの事業の人件費が他都市の2~3割増しだとわかった。例えば赤字に悩む市営バスは優良路線を独占する。走行キロ当り収入は民間平均より5割も多い。だが運送コストは民間平均より8割も高い。札幌市に倣って民間譲渡で赤字解消できることがわかった。市民病院事業では4つの市民病院の生産性を分析した。民間病院の平均、公的病院の平均との比較や診療科目別の需給状況も勘案して赤字の原因を、①政策医療に起因し容認できるもの、公営による過剰コスト、単なる運営上の非効率等に分類して洗い出した。分析の結果、一部の病院・科目の廃止や経営形態の見直しに至った。大阪市役所は事業の生産性分析の結果を全て公開した。やがてマスコミや財界がリードして水道の府市統合や地下鉄・バスの民営化の議論が始まった。さらに市長選、知事選の争点ともなった。今日の府市連携の動きは、地道な生産性分析のデータともとに民間出身の二人の首長(橋下知事、平松市長)が真摯な対話を重ねたたまものである。
経団連も大阪の動きに注目する。21世紀研究所は「行政の生産性」の研究に着手した。同研究所は毎年の予算など行政のフロー面だけでなく、インフラ資産などストック面の生産性改善に注目する。例えば全国には数多くの公営住宅がある。過去50年間に約20円~30兆円がつぎ込まれたが自治体の財政危機で老朽化、スラム化に瀕している。福祉施設等への用途転換や廃止・縮小を検討すべきだが国の公営住宅法の規制があって改革できない。
「選択と集中」は即興的な政策イノベーションも生む。夕張市では財政破綻で市民病院をいったん廃止した。だが医師や有志が出資する公設民営の診療所として再生した。今では住民や企業の寄付では足りない資金を再び市役所が補助する。これこそが本来の「市民病院」の姿ではないか。
●道州制への近道
域内の自治体がそれぞれ選択と集中を追求していくと多くの事業に隣接自治体との連携や合弁の可能性が見えてくる。例えば関西では狭いところに6府県、4政令指定都市(大阪、神戸、京都、堺)がひしめく。それぞれが協調して選択と集中を極めると全体最適を達成する新たな自治の体制が作れる。例えば公立の大学や病院、卸売市場、各種試験場の経営統合がある。域内の産業、生活コストが下がり利便性も増すだろう。すでに関西では首長と財界が連携し、地方自治法上の「広域連合」の設立準備を進める。これができれば都道府県と市町村が対等で事業を行う体制ができる。観光や防災などの分野が候補にあがっている。道州制もこうした個別事業の連携の蓄積の上に実現させるべきだ。
欧州連合も最初は独仏の石炭と鉄鋼の共同管理から始まった。それが50余年をかけて拡大欧州連合や通貨統合に発展した。これに対してわが国政府が考える道州制は都道府県合併に近く、抜本的な改革手法とはいえない。まずは各地域の自治体が域内の事業と資産の分析をする。その上で事業や施設の統合・連携を考える。道州のあるべき姿はその先に設計すべきだ。道州制の設計は本来は各地域で行うべき作業である。中央の机上の議論に任せていては実現しない。そのためにも自治体は自らの事業の生産性分析に取り組むべきである。

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登録日:2008年 10月 08日 10:32:07

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プロフィール
上山信一
(男)
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慶應義塾大学総合政策学部教授、改革コンサルタント。専門は大企業・行政・NPO等の経営刷新。近年は地域再生も手がける。大学では「経営戦略」「公共政策」等を教える。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。大阪市生まれ。50歳。中央省庁・自治体の各種委員、企業顧問等を兼務。京大法、米プリンストン大修士。趣味は登山、鉄道、料理。メール:ueyama@pm-forum.org
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