どう言ったら良いのか考えなくてはいけないのか?
【8月15日 AFP】2001年、中国は人権の改善と報道に対する規制緩和を掲げ、2008年の北京五輪誘致に成功した。しかし、開幕まで1年を切った北京駐在のメディアは、「報道の自由」について報道しながらも、依然として地元当局の厳しい監視に直面している。(c)AFP
五輪まで1年を切ったとの事でイベントが北京で開かれているらしいが
報道の自由を緩和する「新法」が出来ても、それを約束に五輪を招致する
ことに成功しても、それが守られていない?のは、どういうことか?
五輪の時だけきちんとやれるという理屈なのだろうか?
トラブルが必至のような気がする・・・
サッカーでも最終予選が開かれようとしているが、先日行われた
4カ国対抗の試合でも(例に出して関連付けるのは間違いかも
しれないが)、あまりにも国際社会の常識とかけ離れたことを
やりすぎてはいないだろうか?
教育と時間が必要?何の為にたくさんの人達がいるのか?
多くの人を教育するのには、確かに時間がかかるのだろうが、
本当にきちんとした教育が出来ている証拠を提示できているのか?
報道する人が、それを報道できる体制になっていないのならば、
その事すら、報道できないのでは?
中国の方々には中国の方なりの考えがあるのは、認めるが、
どういう事なのか説明してもらいたい気分になる。
あるいは、
こちらが、どう言ったら良いのか、考えなくてはいけないのか?
やるべきことをやれていないのは、双方に問題があるせいだとしても、
五輪に向けて 「競技とは関係ない所でのやるべき事」 をやれるのは、
政治の世界の方々ではなかろうか。
頼むよ~、日本の政治家の方々。そういうリーダーシップの取れる人なら
ちゃんと応援したいと思うし。
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登録日:2007年 08月 19日 20:52:52
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