2006年 09月

From NY - 2001年、9月11日、世界貿易センター崩壊後、その直後の現場を見た私は、、、

<特集:9.11同時多発テロから5年>一夜明け、全国各地で犠牲者を悼む声 ‐ 米国

【ロサンゼルス/米国 AFP】ニューヨークとワシントンD.C.で起きた同時多発テロの犠牲者を悼んで、祈りを捧げるロサンゼルスのTimothy小学校の一年生ら。学校の教師らが同時多発テロについて全校生徒に伝えると、 校庭に作られた祭壇には生徒の手による絵や詩、花などが飾られた。(2001年9月12日撮影)(c)AFP/Lucy Nicholson

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ホコリと灰に埋まった路を歩いて我々は
避難を始めた。

周りからは、何とも言えないツーンとしたきな臭い強い、
においが漂っていた。
何センチもつもった灰と、おびただしい数の
色々な書類が道ばたに降ってきたようだ


ロビーから外を見渡すと、周りは、
まるで爆弾が炸裂した戦争映画の一シーンのようだった。
全てが、茶色の ホコリと灰に埋まっていた。
太陽が黄色く見えて、山が噴火したような感じだった。
外では、消防士と警察の人たちが何人か見かけれたらが、
何故かうつろに見えて、ひっそりとした雰囲気だった。

ロビーから出て、となりの建物を見ると、その角が
無理矢理裂かれた感じで、壁肌が黒く焼けただれて、
ぐんにゃりと曲がった鉄金が無惨にむき出しになっていた。

我々の建物は、幸いな事に、ワールドトレードセンターの
第7ビルが、ツインタワーと家の丁度、間にあったので
この建物が、シールドになってくれたおかげて無傷だったのだ。
しかし、そのワールドトレードセンター第7ビルの、
真ん中の階から炎が出ているのが見えた。黒い煙が
立ち込めたようで、人は既に避難していなかったようだが、
炎がどんどん広がっていくのが見えた。

周りからは、何とも言えないツーンとしたきな臭い強い、
においが漂っていた。嫌なにおいだった。
何センチもつもった灰と、おびただしい数の
色々な書類が道ばたに降ってきたようだ。 証券会社の
便せん、そしてレポートの書類や、コンピューターの
プリントアウトもあった。
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登録日:2006年 09月 26日 12:17:04

From NY - 2001年9月11日 世界貿易センター崩壊の瞬間ー そのとき私たちは、、

<特集:9.11同時多発テロから5年>世界貿易センターに旅客機が激突、その時ニューヨークは...

【ニューヨーク/米国 AFP】旅客機を激突させるというテロ攻撃が行われた世界貿易センタービル(World Trade Center)ツインタワーの一方が崩壊後、事故現場から逃げ出す人々。(2001年9月11日撮影)(c)AFP/Doug KANTER

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私は子供達を部屋にいれてビデオをつけて落ち着かせると。
自分の書斎へ行ってコンピューターを立ち上げてメールをチックし始めた。
私の書斎の窓も南側に面しているので、燃え広がってているツインタワーが
見上げられた。 その時行った沢山の迷惑メールの処理は、ほとんど
意味のない作業だったが、自分の目の前で起こっている現実が
理解できかなったようだ。


ファインダーには大きなものが何か落ちてくるのが見えた。
よく見るとそれは、人だった。 こっちにも、あっちにも人が
落ちてくる映像が見えた。 



しばらくして、コンピューター から離れると、
また、書斎の窓から、手持ちビデオの映像を始めた。
ビルの上の階に炎が広がっているようだった。
そのまま撮り続けていると、ファインダーに何か大きな
かたまりのようなものが、落ちてくるのが映った。
よく見るとそれは、人だった。 

それから、こっちにも、あっちにもと言う感じで、
人が落ちてくる映像が見えた。 ズームをしてみると、
ロープをつかんでいたが、疲れてそのままずり落ちた人、
体が丸く下向きになって頭から落ちていく人、
男女二人が、手をつないで一緒に落ちていく人たち、、、
煙と炎に絶えられなくなったのか、どんどん飛び降りていた。
まるで地獄の様な光景だった。
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登録日:2006年 09月 20日 13:00:49

From NY - 2001年 9月11日、同時多発テロ、世界貿易センター崩壊 の瞬間

<特集:9.11同時多発テロから5年>史上最悪の日 - 米国

【ニューヨーク/米国 3日 AFP】2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の実行犯19人による同時多発テロは、民間航空機4機をハイジャックしてニューヨークとワシントンの主要な建物に激突させるという、米国本土に対する攻撃では史上最悪なものとなった。
≫続きを読む…
(c)AFP/SALIENT STILLS/WHDH

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© Kenny Powers


丁度、週末から、911のメモリアル行事が始まり、前日には
ブッシュ大統領も、ワールドセンター跡地のグラウンドゼロに
来ていたので、私の住んでいる辺りは警察やSPの警備でいっぱい、
車も規制されて、とにかく色々凄かった。 TVでこのメモリアルの
報道を見た人も多いと思うが、私の住んでいる場所は丁度北側に
なる。 

とにかく前回の話の続きを始めよう。


私は、上の方に黒く穴があいて煙がでているワールドトレード
センターを見ても、まだ起こっている現実が理解できなかったようだ。



恐怖で青ざめて、べッドルームに突っ立っている女房を見ながらも、
私は、まだぼんやりしていた。 現実が理解できなかったのか
彼女が言っている事は、ピンとこなくて、脳には
ストレートに入ってきてなかったようだ、

窓から見上げれば、北側のタワーの上の方に
黒く穴があいて黒い煙がでていた。
煙は、私の見ている後ろ側に流れていたので
最初は、それほどの惨事という印象はなかった。

私は、穴の開いているタワーを見ながら、
どうやって、あの火を消すのかな、、、
皆は、屋上から逃げるのかなあ、、、穴は、どうして
修理するのかなあ、、、とぼんやり考えていた。
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登録日:2006年 09月 14日 04:12:43

From NY - 2001年、9月11日、同時多発テロ、世界貿易センター崩壊の現場。

<特集:9.11同時多発テロから5年>4機ハイジャックの経過 ‐ 米国

【米国 AFP】「9/11委員会報告書(The 9/11 Commission Report)」には、ハイジャックされた4機の離陸から不幸な最後を遂げるまでが記載されている。
≫続きを読む…
(c)AFP/GRAPHICS

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© Kenny Powers


世界貿易センター (ワールドトレードセンター)、
その名前を聞くと、まるで昨日の様に2001年9月11日の
ビルの崩壊シーンが脳裏に湧いてしまう。 実際に直面している時は、
突然に消えてなくなってしまったようで、唖然と見ていたが、
後から、繰り返しそのイメージが波のように襲ってきて、
今でも時々その時の映像を思い出す事がある。


9月11日の世界貿易ビル(ワールドトレードセンター)での
出来事は、まるで昨日の様に、ビルの崩壊のイメージが脳裏に湧いてしまう。


今年も、夏が終わり、そろそろ9月、11日に近づいてきた。
ワールドセンターの同時多発テロの記念日だ、
家の窓からは、夜空に向けてイルミネーションのビームが
見えている。 思えば、あの日の同時多発テロの出来事から
既に5年の年月がたってしまったのだ。
私の人生でも長かった一日で、その時の出来事は
忘れる事が出来ない。当時の色々な出来事の場面が
今でも鮮明に蘇ってくる。 

今までこの経験を話す良い機会に恵まれなかったが、
自分のブログをスタートさせた折角のチヤンスなので、
あの時の、私の経験を少し語ってみようと思う。
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登録日:2006年 09月 10日 09:51:14

From NY - クラブパフォーマンスから、劇的な変化をとげ、どんどん脱皮して行ったマドンナ

ヨーロッパ・ツアー中のマドンナがパリで公演 - フランス

【パリ/フランス 28日 AFP】5月21日から「コンフェッションズ・ツアー(Confessions Tour)」中のマドンナ(Madonna)が27日、パレ・オムニスポール・ドゥパリベルシー(Palais Omnisports de Paris Bercy)でコンサートを行った。今回のワールド・ツアーでは米国、カナダを周り、英国、イタリア、ドイツ、デンマーク、フランス、オランダ、チェコ、そして日本での公演が予定されている。日本では9月16,17日に大阪で、9月20、21日に東京で公演予定。写真はパフォーマンスを披露するマドンナ。(c)AFP/BERTRAND GUAY

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83年の12月の最後のクラブ パフォーマンスから、マドンナは、
新しい状況を迎え、変化していった。 成長してどんどん新しく脱皮して
いったとも言えるだろう。

12月、ボストンでマドンナから、映画出演の話を聞いていた。
カー ワッシュ-Car Washという70年代に大ヒットした映画の、
有名監督したアート リンゾンから、彼の新しい映画への出演依頼があり、
その中で、パフォーマンスをする役をもらったと言っていた。
また別では、当時新人のマシュウー モディンが主演する
ビジョン クエストという映画の中で、役をもらって、
自分の曲を歌うなどの オファーの話も聞いていたようだ。


一枚目のアルバムの後、マドンナは、レコード会社と交渉して
自分のアーティスト契約の条件を変えてしまった。


この後、84年になってから、マドンナの回りは大変忙しくなってきた。
一枚目が予想よりも売れた事もあり、新しく依頼したマネジャーとともに
ワーナー レコードを相手にして、2枚目からのレコーディングの契約条件
を変える為に、業界の大物弁護士を使って要求、大きく彼女よりに
条件を変える為に、すばやく再交渉に持ち込んだようだ。
彼女は一枚目の時に交わされたアーティスト契約には、満足していなくて、
色々と不満があったようだ。 

因に、アメリカの音楽業界では、アーティストが売れてくると、
レコード会社相手に 契約されている条件をアーティストよりに
変へるように要求する為、会社に訴えて、内容を調整する
ケースがある。 勿論売れなかった場合、その逆も多い。
中には、交渉がうまく行かず、レコード会社と決裂して
契約解消となるケースも良くあるが、このマドンナの場合は、
破格な改善要求に対して、レーベルも認め、大幅に譲歩して
条件を飲んだようだ。
まあ、これがマドンナって言えば、マドンナらしい。
結果的に考えると、マドンナはそれ依頼売れ続けている訳で、
この時のワーナー側の判断は正しかったと言える。


マドンナの2枚目のアルバムのレコーディングは
ボーカルのピッチを変えて編集されていた。

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登録日:2006年 09月 02日 12:15:45

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プロフィール
YUKI WATANABE
YUKI WATANABE
(男)
大学時代から ピンク・レディー、キャンディーズ、松任谷由美のコンサート、イベント等を企画、制作、同時に海外の音楽制作や、音楽出版を手がける。

80年代に、アメリカに移住。ニューヨークのアートや音楽シーンに加わり日米の交流を図る。以来、ダンステリア、マーズ、パラディアムなど、数々のダンスクラブをプロデュース。色々なジャンルでアーティストマネージメントも手がける。

現在、TVやラジオの番組、映画の製作、エンターテイメント関連のイベントのプロデュース、プロモーションのコンサルティング等担当。
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