From NY- 今アメリカで大きな話題となっている映画ー硫黄島からの手紙ー

数百通の手紙から硫黄島で戦った男たちの姿と心が蘇る

61年前、日本軍と米軍は硫黄島で戦った。
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AFPBB News


画像

映画、硫黄島からの手紙が、今急速に話題となっている
今回のブログで、この映画の公開にいたる裏話を
含めて、語ってみよう。


1月7日に発表されたニューヨークタイムズ紙では、
タイムズの映画評論家達からこの映画の監督の
クリント イーストウッドが 名誉あるアカデミー賞の最優秀映画や、
渡辺謙が、ベストアクターの有力候補として、
大きく取り上げられている。

全編が外国語映画としては大変珍しい上に、
今までにも数々の映画関係の優秀作品賞に輝いていて
[最近では、アメリカの映画業界関係からの後押しもあり
3月のアカデミー賞の本命候補作としての噂が高い。

この作品、硫黄島の2部作の後編として製作された、
ワーナーブラザーズとドリームワークスの映画会社が
資金を提供、スティーブン スピルバーグが
エキゼクティブ プロデューサー、そして
クリント イーストウッドが監督となった、
ハリウッド製の、日本語映画。 

しかし、ワーナーブラザーズの当初のプランは
少し違っていたのだ。 


彼らの最初の計画は、同じく イーストウッドが監督
して、昨年先に公開された、アメリカ人から見た、
硫黄島の戦いを描いた、一作目の「父親たちの星条旗」を
今年のアカデミー賞の候補作品として予定していた。

一作目がアカデミー賞候補となった後の
宣伝用の余波-BUZZとして、この2部作の後編が、
2月9日に全米での公開の予定になっていたのだが、
一作目の「父親たちの星条旗」が公開されても、
全く話題にならず、興行収益も伸びなかった。 
ニューヨークでは、公開後直ぐに打ち切られたくらいで、
関係者の間では、アカデミー賞を狙う計画が危ぶまれていた。

ところが、続編として予定されていた、この
硫黄島からの手紙の映画が、先に日本で封切りとなって、
大好評を得た事で、急速に話が変わってきたのだ。



日本での評判の良さに激励されて、クリントイーストウッド自身が
ワーナーブラザーズに交渉して急遽アメリカでの公開を
早めたのである。

折からワーナーブラザーズは、最初からこの映画は、
低予算の日本語版映画としての扱いぐらいしか
考えていたので、一般公開にしても、期待していなかったらしく、
限られた特定の映画館だけでの公開予定だった。
そのため、イーストウッドからの話を聞いて、
公開を早くする変更は問題なくにOKとなった。

それから、監督 クリントイーストウッドの躍進が始まる。
公開を早める事が決まった直後から、彼は映画の公開の
宣伝をかねて、大忙しとなる。


ケーブルテレビCNNのトークショーとして長年権威がある、
ラリーキングのホストする番組、CBSテレビの看板司会者
デヴィッドレターマン、NBCの人気もの、ジェイレノーなどの
沢山のナイトショーや特別番組にゲストとして出演し始めたのだ。

私はある晩、ケーブルのチャンネルサーフィンを
していた、何も見たいものがないと、意味も無く
テレビの チャンネルをぐるぐるまわしていていく
事なのだが、その時、偶然に、CNNのラリーキングの
番組にイーストウッドがゲストで出ているのを見つけた。 
彼の、もの静かな口調で語っている姿を見て、
嘗てのダーティハリーを思い出して懐かしく
良い雰囲気で年をとったという感じがした。

この番組には、ゲストとして渡辺謙も招待され
イーストウッドと同席して、中々の流暢な
英語でトークショーで話をしていた。
ホストの、ラリーキングは、何度も硫黄島での
彼の栗林中将の役の演技を絶賛されていた。
因に、渡辺謙は、トムクルーズと一緒の
ラーストサムライに出演して以来、
個性派俳優として名が知られてきている。


この番組を見てから、直ぐに映画を見たいと思って、
早速新聞の映画案内を調べたが、ニューヨーク市内では
たった2件しか、上映していなかった。



通例の封切り映画より上映館がずーと少ないが、
取り合えず、何日か後の平日を選んで、
近くのイーストビレッジの 映画館に行った。

比較的空いている昼過ぎを狙って、映画館に入ると、
しばらくして劇場の席が埋まってきた。
250人位のキャパのスペースで、
客はアメリカ人系多かったようで、勿論、
日本人らしきアジア系も多く見に来ていた。


 私は往年の黒沢明が良く使っていた印象派の映画スタイルを
思い出した。




ハリウッド製作だが、完全な日本語映画なので、
英語の字幕が 流れていた。
時々、日本語と英語の翻訳でのニュアンスのずれや
日本語の奥深さを省略されて英語化された部分が見受けられ、
結構、雑だなーと思わせる翻訳字幕だったので、
本当にアメリカ人達に意味が伝わるのかと
考えさせられる場面がいつくか見受けられた。

映画のストリーは、硫黄島での旧日本軍の死闘が繰り返され、
戦うことのむなしさ、戦争の不条理を深く感じさせてくれた。
命令されるまま、意味もなく死んでいった兵士たちへの
鎮魂の思いにとらわれるが、今まで見た、日本製の
戦争映画で感じさせらる、どろどろした悲しみの
押しつけではなく、イーストウッド監督が
アメリカ人として見た側の戦いで、モノクロ映像が、
私の脳を隔離させて、現実離れした、独特の叙情感が
あったようだ。 その時、私は往年の黒沢明が良く
使っていた印象派の映画スタイルを思い出してしまった。

上映が終わった後、見に来た人たちのリアクションを
観察してようとしたが、何故かしーんととして空気が
流れて、皆座席に座り込んだ感じで、直には立ち上がらなかった。。



場内の明かりがついいて、しばらくして やっと
客が動き始め、私もロビーに向かって席をたった。
来ていた人を観察したが、アメリカ人系の客は、
年をとった感じの人達が大勢来ていたようだ。
車いすに引かれて、見に来ていた老人もいた。

ロビーに出ると、凄いつらい映画だったねと話していた
夫婦や、良く出来た映画だと友人達と話している
白髪のアメリカ人男性達の声が耳に入ってきた。
彼らは、同じ時期にともに戦争を経験した人達
だったのかもしれない。 
皆は、言葉が少ない感じだったが、
映画の反響は良かったと思った。

外に出ると既にニューヨークは薄暗い夕暮れ時になっていた。
ハウストンストリートの、忙しい人通りの光景と
車の行き交う音が私を現実に引き戻してくれた。

コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2007年 01月 08日 17:18:52

コメント

突然こんな所に登場してすみません・・・お久しぶりです。
去年、年賀状を出したら戻ってきたので
よろしければご連絡ください。よろしくお願いします。

studio-koizumiのスタッフです。 @ 2008年 11月 29日 13:14:24

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プロフィール
YUKI WATANABE
YUKI WATANABE
(男)
大学時代から ピンク・レディー、キャンディーズ、松任谷由美のコンサート、イベント等を企画、制作、同時に海外の音楽制作や、音楽出版を手がける。

80年代に、アメリカに移住。ニューヨークのアートや音楽シーンに加わり日米の交流を図る。以来、ダンステリア、マーズ、パラディアムなど、数々のダンスクラブをプロデュース。色々なジャンルでアーティストマネージメントも手がける。

現在、TVやラジオの番組、映画の製作、エンターテイメント関連のイベントのプロデュース、プロモーションのコンサルティング等担当。
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